93.不穏の始まりと嵐の終わり、だね
その後、しばらくして。
「え?
カイルたち、国に帰るの?」
カイルが改まって話してきて、何かと思ったら突然そんな話をしてきたんだよ。
「ああ。
サリエルに野暮用が入ってな。
俺は王太子という立場上、平時はサリエルの同行がなければ国外で活動ができないんだ。
だから残念だが、留学はここまでという運びになったんだ」
「そうなんだね。
せっかく落ち着いたのに残念だね」
「まあ、期間は短かったが学びたいことは学べたし、見たいものは見れた。
一番の目的にはそれなりに近付けたしな」
「そっか。
それなら良かったね」
カイルがあたしの方をじっと見てくる。
一番の目的ってのが何なのか分からないけど、得るものがあったのなら良かったよ。
「そういや、その肝心のサルサルさんはどこなんだい?
あの人にも挨拶しておきたいんだけど」
「ん?
ああ、あいつならミカエルに呼ばれてたよ。
なんか話があるらしい」
「ふーん。
まぁ、ナントカナントカ同士、積もる話もあるのかねー」
「魔導天使な」
「あ、それそれ。
なかなかイカした名前だよね。
魔導天使(笑)」
「……おまえは、よく今までミカエルに殺されなかったな。
魔導天使への侮辱は王族への不敬と同じレベルで裁かれるんだぞ」
「え?
そうなのかい?
じゃあ、これからはバレないようにイジらないとね」
「……ミサはホント、良い度胸してるよ」
「はは、よく言われるよ」
「……ミカエルさん、失礼します」
「ああ、サリエルさん。
すいませんね、呼び出したりなどして」
ミカエルの研究室にサリエルが入室する。
どうやらミカエルが呼び出したようだ。
「いえ、それは構いませんが、突然どうしたのです?
まだ何かやり残していましたか?」
サリエルが首をかしげる。
ミカエルの手伝いをして、カイルの当初の目的であったミサへの接触も果たし、想定外の収穫もあった。
サリエルにはこの国での活動の必要性はもうなかった。
「……やり残し、そうですね。
このまま野放しにはしておけない、といったところでしょうか」
「……はぁ」
サリエルはミカエルの言うことがピンと来ず、右目につけたモノクルに手を当てた。
「……ミサさんが記憶喪失なのは知っていますね?」
ピクッと、モノクルに当てたサリエルの手が止まる。
「……ええ。
ミカエルさんから説明していただきましたから」
そう答えるサリエルの表情は窺えない。
「彼女はクールベルト家の裏庭で倒れていて、クールベルト夫妻によって保護され、そのまま養女として引き取られた。
そして、彼女にはそれ以前の記憶がない」
ミカエルはまるで一手一手詰めていくかのように話していく。
「サリエルさん。
あなたの特殊魔法は私と同じ精神干渉系の魔法でしたね。
それは対象に触れることで相手の心の隙間から入り込み、その深層心理を看破するもの。
つまりは読心術だ。
そして、それは表面上の思考だけでなく、さらに奥深くに眠る記憶そのものを探ることも出来る。
それは例えば、気を失っている者なんかだとより深くまで潜れる類いのものです」
「……」
「サリエルさん。
あなたはミサさんを拐う時、彼女に触れましたね。
特殊な力を持つ彼女のことを、あなたが調べていないはずがない」
「……」
サリエルは感情のない顔をしていた。
それは、彼が誰にも言わずに持って帰ろうとしていたものだった。
「サリエルさん。
あなたはミサさんの過去に何を見たのですか?」
「……ミカエルさんには敵いませんね」
サリエルはやがて諦めたように苦笑を漏らす。
「やはり何か見えたのですね?」
「……はい。
ですが、私はそれを誰にも話すつもりはありません」
サリエルはまっすぐにミカエルを見据えながら答える。
そこには覚悟のようなものが見受けられた。
「……それで国まで持って帰って、王に話すおつもりですか?」
「それは違います!」
「……!」
食い気味に否定してきたサリエルの態度にミカエルは驚きを隠せずにいた。
「……あれは、彼女のあの記憶は開いてはいけないものだったのです。
誰かに知られれば、彼女はきっと今のままではいられなくなる」
「……それはどういう……」
「……」
サリエルは話を収めるために少し考えたあと再び口を開いた。
「……ミサさんの過去、いや、あれは過去というより……いえ。
とにかく、私はそれを王にも、いえ、天にも話すつもりはありません」
「……天にも。
……それはつまり、それほどに重要な情報だと言っているようなものですよ」
「……ミカエルさんは、本当は少しは考えていたのではないですか?
ミサさんこそが我々魔導天使の探し求めていた存在だと。
だからこそ、これほどまでに彼女に肩入れをっ!」
「サリエルさん!」
「……っ!」
ミカエルに話を遮られ、サリエルは慌てて口をつぐむ。
「……話はここまでにしましょう。
そろそろ私の結界も限界です。
ウチの王太子の諜報や天網の目を逸らすのも容易ではないのです」
「……すみません。
つい熱くなってしまって」
サリエルは自分を落ち着かせようとモノクルをかけ直した。
「いえ。
あなたが私の側についていてくださって助かってます。
ミサさんのことは本当に誰にも話すつもりはないのですね?
私にさえも?」
「……はい」
「……」
「……」
「……わかりました」
サリエルの意思を確認したミカエルは研究室の扉を開けた。
それと同時にミカエルが張っていた結界が解かれる。
その瞬間、何とも言えない視線が部屋の中に侵入するような感覚に襲われ、サリエルは顔をしかめた。
「長々と引き留めてしまってすみませんでした。
これでカイル王子の留学終了の手続きは完了です」
「いえいえ。
とんでもない。
お手数お掛けしました」
そして、2人はすぐに表情を穏やかなものに変え、学院の教師と留学生のお付きという立場に戻った。
「ぜひ、最後にクラスの皆にも会ってやってください。
きっとあなたにもお別れを言いたいはずです」
「ええ、ぜひ。
それでは、私はこれで」
サリエルはそう言って、にこやかに部屋を出ていった。
「……」
部屋の扉を閉めたミカエルが自分のデスクに戻り、引き出しに入っていた手紙を取り出す。
「……やれやれ。
タイミングが良いのか悪いのか」
「カイル、サルサルさん。
元気にやるんだよ」
カイルたちの学院生活最後の日。
あたしたちは学院の門で2人にお別れを言っていた。
「サリエルです。
結局、最後まで名前を覚えてくれませんでしたね」
「え?ああ、そだっけ。
ごめんごめん」
あたしがへらへら笑うと、サルサルさんはなんだかすごい穏やかな微笑みを向けてきた。
え?なに?
雑に扱われる方が好きなタイプ?
それはそれでちょっと嫌だね。
「……ミサ」
「カイル」
クラリスとか王子とかとお別れを言っていたカイルがやってきた。
サルサルさんはクラスの女子に囲まれて別れを惜しまれてる。
「あのクソバカ王子に愛想尽かしたら、いつでも俺のとこに来ていいからな」
「ん?
ああ、そうだね。
あのクソバカ王子のバカの相手に飽きたらそうするよ」
そう言って、カイルと意地悪そうに笑い合う。
少し離れたところで、おい!聞こえてるぞ!って誰かが言ってる。
誰だろね。はじめまして。
「……」
「……ん?」
「……ミサ」
「……カイル? ……ひひゃっ!」
名前を呼ばれて顔を上げたらカイルがあたしのほっぺにチューしてきた。
「カ、カ、カ、カイルさん!?」
「おい!貴様!何してる!」
「は?
とりあえず殺そっ」
いやいや、なにしてんだい!
そんな久しぶりな! じゃなくて!
てかクラリスさん怖い!
「ははっ!
俺は諦めてないからな!
またおまえを迎えに来るから、それまで良い子で待ってろよ!」
「あ、ちょっ!」
カイルはそう言うと、風魔法を使ってフワッと宙に飛び上がった。
「やれやれ」
サルサルさんもそれに合わせて浮かび上がる。
「じゃーなー!」
「待てこら!
許さんぞ!」
「お兄様。
雷を落としましょ。
その上で国際問題として扱い、あいつらを永久に入国禁止にするの」
クラリスさん。
現実的で怖いんだけど。
「……やれやれ」
そうして、カイルたちは最後まで嵐のように去っていったよ。
これでしばらくはのんびり出来ればいいんだけど。
「……ま、そうはいかないよね、きっと」




