87.立て!立つんだ!ジョー!!って、言ってみたかったんだよ
「帝国にミサを引き渡す、だと?」
シリウスが眉間にシワを寄せて怒りを露にする。
拳を強く握りしめているのが端から見ても分かるようだった。
「ええ、そういうことです」
それに対し、ミカエルは実に涼しい顔で首肯した。
「……そして、それを父上も了承した、と?」
「そうですね。
いえ、王命ですから、どちらかと言えば王の意思を我々が代行している、と言った方が良いかもしれません」
「ふざけるな!
貴様!
自分が何を言っているのか分かっているのか!
ミサを、国民の1人を蔑ろにして、何のための国だと言うのだ!」
「……」
激昂するシリウスにミカエルは微かに口角を上げる。
「国民の1人を引き渡すだけで、残り全ての国民の向こう100年の平和が得られるのです。
そのための国です。
それが国です。
魔導天使は国のために在る。
そのためには王と思惑が違う(たが)こともありますが、今回は意見が一致したために迅速に実行に移すことが出来ました。
あなたもこの国の王子なら、どちらを優先するべきか分かりますよね?」
「……ぬ、ぐ。
しかし、俺はそれでもミサを見捨てるようなことは出来ない。
ミサも、俺にとって大事な国民だ……」
「それは、あなたがミサさんに個人的な感情を抱いているに過ぎません」
「なっ! ちがっ!」
「今さら違うということはないでしょう。
ですが、それは王子としてはあるべき姿ではありません。
大衆のために一個人を犠牲にする。
それぐらいの選択が出来なくては、あなたに王子の資格はありません」
「……だ、だが、それでも、俺は……」
ミカエルに責め立てられ、シリウスは俯いてしまった。
王子として、王族としてのあるべき姿と、ミサを守りたいという気持ちとに挟まれ、葛藤しているようだった。
『……そんなことはどうでもいいのよ!』
「……ルーシア」
シリウスが声の聞こえた方向にゆるゆると顔を向ける。
『そうそう!
僕たちはミサが好き!
だからミサを守る!
国なんて知らない!』
『……そうなのです。
すぐにミサを選べないようなヘタレは引っ込んでるといいのです。
ミサは私たちで取り返すのです』
「……」
アルビナスたちに良いように言われ、シリウスは再び俯いてしまった。
ギリリと、唇と拳が軋む音がする。
「やれやれ。
良いところでしたのに」
ミカエルはため息をつくと、懐から呼び出しベルのような木製の持ち手がついた鈴を取り出した。
『魔導具なのです!
何か分からないけど使わせたらダメなのです!』
『おけ!』
『やっちゃえ!』
それを見たアルビナスの号令に従って、3人がミカエルに襲い掛かる。
だが、その前にミカエルが持つ鈴が鳴らされる。
チリーンという小気味良い音色が屋上に響く。
『……え?』
『……これ、は」
「力が……抜ける……」
その音色を聞いた3人は魔獣の姿から子供の姿へと変化してしまった。
「さすがに三大魔獣を同時に相手するのは面倒ですからね。
あらかじめ魔獣の力を弱体化させる魔導具を作っておきました。
で、その状態のあなた方なら……」
「「「ぎゃっ!」」」
ミカエルが手をかざすと、アルビナスたちは見えない力に押し潰されるように地面に叩きつけられた。
「重力魔法で動けなくするぐらいなら問題なく出来るのですよ」
そう言って3人を見下ろすミカエルはとても冷淡な目をしていた。
「……く、そ……」
アルビナスたちは懸命に体を起こそうとしているが、力が減衰した状態ではこれ以上潰されないように抵抗するので精一杯のようだった。
「……さて、」
ミカエルは重力魔法を発動したままにして、シリウスの方をちらりと見る。
「……」
シリウスはまだ下を向いたまま動く様子を見せなかった。
「……はあ。
しょせんこの程度でしたか。
少しは期待したのですが、これではカイル王子の方がいささかマシかもしれませんね。
彼の方が、本当に自分が大切にするべきものを理解している」
シリウスの肩がピクリと揺れる。
「……とはいえ、この国の王子であるあなたがその体たらくでは、この国もたかが知れている。
それならば、やはりその場しのぎとはいえ、ミサさんで束の間の平和を買うとしましょう」
「……く、そ。
ま、て……なの、です」
アルビナスたちは動けない体に鞭を打って、それでも何とかしてミサの元に行こうとしていた。
「……彼らはシンプルでいい。
自分の本能に忠実で、自分のやりたいことに素直で。
……人間も、本来はそうあるべきなのかもしれませんね。
いつから人間は、こんなに愚かで頑固になってしまったのか……」
ミカエルは少しだけ遠くを見つめたあと、気を取り直したようにミサの元へと飛び戻った。
「……まあ、もういいでしょう。
茶番はこのぐらいにして、私は帝国に向かわせてもらいます。
あなたはそこで葛藤と後悔に苛まれていなさい」
「……れ」
「ん?」
ミカエルがミサを連れてその場を立ち去ろうとすると、空に広がる暗雲が濃くなっていることに気が付いた。
「黙れ!」
「……」
そして、いつの間にか抜かれていたシリウスの剣に、空から一筋の雷が落ちる。
バチバチと帯電する剣を掲げ、シリウスがゆっくりと立ち上がった。
「……良いのですか?
あなたのその行動は、国の決定に逆らうことになるのですよ?
王子として、王族として、あなたはそれで良いと?」
ミカエルの言葉を受けて、シリウスは剣をミカエルに向ける。
「……うるさい。
俺様は俺様のやりたいようにやるんだ。
俺様がこれが正しいと言えば正しい。
これがやりたいと言えば、それが正しくなるんだ」
「そんな無茶苦茶な」
シリウスの滅茶苦茶な言葉にミカエルも苦笑をこぼす。
「だから、俺様がミサを助けたいと思うのなら助ける。
国民の1人の犠牲の上に成り立つ平和などあり得ない。
俺様の個人的な感情だと言われようと構わない。
俺様がそうしたいと思ったからそうするんだ。
貴様や父上がそれを否と言うのなら、俺様は貴様らにも剣を向けてやる」
「……ふっ」
まっすぐにそう宣言したシリウスに、ミカエルは少しだけ嬉しそうにしているように見えた。
「…… 」
「……あん?」
「いえいえ、なんでもありません」
ふるふると首を振りながら、ミカエルは闇の魔力で作られた真っ黒な剣を出現させて掴んだ。
「いいでしょう。
ここまできたら、あとはそれを証明してみせなさい。
力なき正義など机上の空論。
久しぶりに稽古をつけてあげますよ」
「……ふん!
俺様は正義などと嘯くつもりはない!
俺様は俺様!
それ以上でもそれ以下でもないのだ!」
「……ふっ。
ようやくいつもの調子を取り戻したようですね」
「うるさい!
いいから死ね!」
そうして、2人の戦いの火蓋が切って落とされたのだった。




