85.早くおいで、あたしの天使~!!
『こっち!』
シリウスたちはケルベロスの鼻を頼りに校舎内を走る。
ケルベロスたち3人の魔獣はいつもより一回り小さい状態で、元の魔獣の姿になっていた。
いくら広くて大きな学院とはいえ、本来の大きさでは動きにくいからである。
能力的には通常の状態と遜色ないので、彼らはかなりの速度で校舎内を駆けていた。
『……私たちのスピードについてくるなんて、あんたなかなかやるじゃない』
人間大の大きさの蜘蛛の姿になったルーシアが並走するシリウスに感心したように話し掛ける。
「当然だ。
魔獣を討伐するのに、魔獣より遅くてどうする」
『ふふ、怖いわね~』
「……ふん」
魔獣は人を害する生き物。
『次期王となる第一王子を守る盾となり剣となり、人に仇為す魔獣は討伐せよ』
幼い頃より魔獣に関してそう教えられてきたシリウスにとって、人を助けるために魔獣とともに在る現状は複雑なものだった。
魔獣は冷酷で情などというものは持ち合わせておらず、人間はただのエサだとしか思っていないという認識が一般的なため、シリウスがそういった気持ちになるのも仕方がないといえるだろう。
一方で、ルーシアたちがシリウスたちに余裕をもって接しているのは、自分たちの力に自信を持っているということと、シリウスたちがミサに近しい人間だからということからであった。
あるいは、後者の方が比重は大きいかもしれない。
だからこそ、アルビナスはシリウスを良く思っていないというのもあるのだろう。
『一番上だ!』
そして、ケルベロスがミサの匂いの出所を嗅ぎ付けた。
「屋上か!」
『窓から行くのです。
外壁を伝った方が早いのです』
アルビナスに言われてシリウスが窓を開ける。
『にーちゃんは僕に乗って!』
「……頼む」
そうして、彼らは校舎の外壁から一気に屋上へと駆け上がったのだった。
「ミサ!」
「あ!
バカ王子!」
「ああ、そっちから来たのですか。
校舎内にいろいろ仕掛けをしておいたのに、無作法な方々ですね」
「……ミカエル」
そして、屋上に至った彼らを迎えたのは青い長い髪が揺れる魔導天使ミカエルだった。
「っ! はぁっ!」
「……くっ!」
「ふむふむ。
なかなか良いコンビネーションですね。
即席にしては悪くない」
その頃一方、サリエルの相手をしているカイルとフィーナは苦戦していた。
風魔法を駆使したカイルの剣や、特殊な暗殺術で死角から攻撃してくるフィーナの短剣をサリエルはやすやすと防ぐ。
息を乱す2人に対して、サリエルは汗ひとつかいていなかったのだ。
「ですが、まあしょせんはこの程度。
あなた方ではミサさんを護ることは出来ませんね」
「……このっ! ナメやがって!」
「……少し待て」
「なにをっ!
邪魔をするな!」
何合も打ち合ったあと、激昂しながら再度短剣を振り回すフィーナの肩に手を置いてカイルは考えた。
このままでは勝ち目は見えない。
何か手を考えなければ。
「……勝ち目、か」
そこでカイルは違和感を感じる。
ここでサリエルが自分たちと戦う理由はなんなのかと。
自分たちは怒りに任せてサリエルに剣を向けたが、サリエルはなぜ自分とフィーナをここで相手するのか。
サリエルはマウロ王国最強の魔術師。
国を支える魔導天使だ。
その気になれば自分たちなどとうにやられている。
だが、自分たちはまだ生きている。
それどころか、2人ともまだ十分に戦える状態にある。
サリエルが本気なら、とっくに自分たちは殺されているはずなのに……。
「……俺たちは、時間を稼がれているのか?」
「ん?」
カイルの呟きにサリエルがおやっ?といった表情を見せた。
「もう冷静になったのですか?
頭に血をのぼらせて一心不乱に向かってきてくれた方が楽なのですが。
そこなメイドさんのように」
「……っ! 貴様っ!」
「だから落ち着け」
サリエルの挑発にいちいち反応しようとするフィーナをカイルは押さえ付けるように宥めた。
「ですが、それではまだ及第点と言えないでしょう。
次期国王たる貴方には、まだまだ先を見通していっていただかないと。
その点で言うと、スケイルさんの方が一枚上手と言わざるを得ないでしょう」
「……スケイル、だと?」
「ええ。
彼は我々の計画の詳細を聞く前に、何となく違和感を察していたようですから。
だからあの時、王都で王子たちの不在をカバーするという任にいち早く就いたのでしょう。
あわよくば我々に接触し、その真意を確かめるために」
「……」
サリエルの言葉を聞いて、カイルは再び考える。
なぜ、サリエルはいまこんなことを言うのか。
言葉の内容も大事だが、そのタイミングも考慮しなければならない。
まるで自分たちを評価するように。
その考えを導くように情報を出してくる。
その真意を……。
「貴様っ!
さっきから教師の真似事のようなことを!
人をナメるのもいい加減にしろ!」
「……!」
肩に手を置いて抑えていたフィーナが声を荒げる。
だが、カイルはその言葉からある可能性に気付く。
「……サリエル。
おまえまさか……」
そして、カイルが次の言葉を紡ぐ前に、そこに彼女が追い付くのだった。
「カイル王子!
フィーナさん!」
「おやおや、お姫様の到着ですか」
カイルの言葉に口角を上げかけていたサリエルは現れたクラリスに笑顔を向けた。
「クラリス殿下。
お一人で来られたのですか?」
カイルが思考を一時停止させ、クラリスに視線を向ける。
「あ、うん。
クレアたちがスケイルたちを引き付けてくれて。
ミサのところに行けって言ってくれて」
「……そう、か」
洗脳された者がみすみすターゲットを逃がすだろうか。
あるいはそれは……。
カイルがチラリとサリエルに視線を送ると、サリエルはそれに気付いて微笑みを浮かべ、胸に手を置いて恭しくお辞儀をしてみせた。
「クラリス殿下。
あなたのことは通して構わないと言われています。
どうぞお通りください。
ミサさんとミカエルさんは屋上です。
シリウス王子たちも向かっていることでしょう」
「え?
いいの?」
驚いた顔をするクラリスにサリエルは笑顔で頷く。
その時、空が光り、学院の屋上に雷が落ちた。
「きゃっ!」
「うわっ!」
「……くっ!」
その轟音と光の明滅にサリエル以外の3人が驚く。
「……今のは、お兄様の?」
「ほらほら。
もう始まってしまうようですよ。
早くしないと終わってしまうかも」
「……」
クラリスは恐る恐る空を見上げていたが、サリエルに促されて校舎内へと走っていった。
「……」
「……」
クラリスの姿が消えたのを見計らって、サリエルが再び口を開く。
「では、我々も戦いを再開しましょうか」
「……いや、それは一度ストップだ」
「おい!」
剣を納めたカイルにフィーナが憤る。
だが、カイルはそれを無視してサリエルに尋ねた。
「……サリエル。
おまえたちの本当の計画を話せ。
これは王子としての命令だ。
俺はまだ、おまえが俺の命令を聞く状態にあると思っている」
カイルの言葉を聞いたサリエルが嬉しそうに笑顔を見せた。
「それはなかなか良いですよ。
わかりました。
ちゃんばらごっこはやめにして、お2人にはすべてをお話しましょう」
「……どういうことだ?」
「……」
そして2人はサリエルから今回の詳細を聞くことになるのだった。