84.クレアはやっぱりかっちょいいねぇ
《水蛇拘束》
「しまっ! ……んんっ!」
クラリスはスケイルが放った水魔法によって体を拘束され、口を塞がれてしまった。
「おりゃ!」
「……ぷはっ!
ありがと!ジョン!」
そこにジョンが飛び込んできて、剣でクラリスの口を覆っていた水を弾く。
《争いを治めよ、鎮火の光》
そして、クラリスは魔法を打ち消す魔法を発動して、自身を拘束していた魔法を消し去った。
「……ふむ。
なかなかやりますね。
やれやれ」
2人の連携にスケイルは感心しながらため息をついた。
3人を極力ケガさせずに拘束せよ、というミカエルからの指令は思いの外難しく、スケイルは攻めあぐねいていた。
「はぁっ!」
「……」
「クレア!」
そして、クラリスとジョンの元に、カークの剣を弾いたクレアも合流する。
「……なんか、カークさんいつもより弱くないか?」
ジョンがクラリスにこそっと呟く。
普段ならクレアがいるところでそんなことを言おうものなら、クレアがカークのすごいところを熱弁してきて大変なのだが、今はそれが聞こえたクレアは困ったような顔をしていた。
「それは私も思っている。
カーク先輩の剛剣はこんなものじゃない。
もっと速くて力強くて、もっとスゴいんだ」
「……それは多分、洗脳されてるからよ」
「……クラリス」
クレアの呟きにクラリスが顎に手を当てながら答える。
「スケイルの戦い方も、さっきからぜんぜん攻撃魔法を撃ってきてない。
防御とか拘束とか、そういうのばっか。
たぶん、私たちに大きなケガをさせないように命じられてるんだと思う」
「……それでか」
ジョンは虚ろな目をしたカークを見つめる。
カークが纏う魔力には殺気がまったく感じられなかった。
「さすがはクラリス殿下。
よくお気付きで」
「……っ! ……スケイル」
わざとらしく胸に手を当てて頭を下げるスケイルにクラリスが怒ったような表情を見せる。
「……なぁ。
なんでカークさんは一言も喋らないのに、スケイルさんはあんな、なんか普通の感じなんだ?」
「……スケイルはたぶん洗脳されてないわ」
「そうなのか!?」
クラリスの答えにジョンが驚く。
クレアも気付いていなかったようで、驚いたような顔をしていた。
「ふふふ、良いですね。
その察しの良さ。
王族としては申し分ないと言えるでしょう」
「……っ」
小馬鹿にしたようなスケイルの物言いにクラリスがギリッと歯を噛みしめる。
「その通り。
私はミカエル先生から説明を受けて納得し、先生の協力をすることにしました。
カークはまあ、どうせイエスと言わないだろうからと、こんな形を取ることになったようですが」
「……スケイル、なんで……」
クラリスはすがるような目をスケイルに向けたが、スケイルは右手をクラリスにかざした。
《水弾》
「クラリスっ!」
「きゃっ!」
そして、スケイルの右手から水の弾丸が射出されたが、クラリスはクレアに押し飛ばされて難を逃れた。
「こうなっては仕方ありません。
多少、手荒になってもあなた方を拘束させていただきます」
「……」
スケイルの言葉に合わせるように、カークが再び魔力を纏う。
「……スケイル」
「……クラリス、君は王子たちの後を追え」
「……クレア?」
悲しそうな声を出したクラリスにクレアがそう提案する。
「きっと最後に待つのはミカエル先生だ。
あの人には全員が束になっても勝てない。
唯一勝機があるとしたら、クラリスの光魔法だけだ。
回復補助の魔法で王子たちをサポートしてやってくれ」
「で、でも!
そしたらここはっ!」
困ったような顔をするクラリスの頭をクレアが撫でる。
「私たちなら大丈夫だ。
向こうは手加減しないといけないし、ジョンと2人で何とかなる。
クラリスはミサの所に行ってやってくれ」
「でもっ! ……わかった」
クラリスは見上げるように見つめていたクレアから視線を外して俯くと、ぽつりとそれだけ呟き、右手を上に掲げた。
《味方に喝采を、敵には罰を、明滅の光》
「……ぐっ」
「……」
クラリスから放たれた光は数メートル上の空中で留まり、小さな太陽のように光を放った。
その光を浴びたスケイルたちは苦悶の表情を浮かべた。
「これがある限り味方の身体能力は向上して、敵の動きは鈍るから!」
「ありがとう!
助かる!」
そして、クラリスはそれだけ告げながら校舎の方に走っていた。
クレアは手を振りながらそれを見送る。
「……行かせませんよ!」
スケイルはそれを見て杖を持った左手をクラリスに差し向けるが、
「行かせるんだよ!」
ジョンに動線に割って入られ、追撃をすることが出来なかった。
「ちっ! ……まあいいでしょう」
スケイルは舌打ちをしながら杖を下げ、クレアとジョンをじっと見据えた。
「2人で私たちの相手をすると言うのだから、覚悟は出来ているんでしょうね?
殿下と違って、あなた方にはそんなに手加減しませんよ?」
「……っ! おい、クレア。
これ以上、クラリスとスケイルさんを戦わせないためにクラリスを行かせたんだろ?
これ、大丈夫なのか?
けっこうヤバい魔力ぶちまけてるぞ、あの人」
スケイルから漏れ出した魔力に圧倒されるジョンはクレアの横に並び立ち、クレアにそう尋ねた。
それに対し、クレアは頬に一筋の汗を垂らしながら応える。
「クラリスが必要だろうことは本当だし、ここにいさせたくなかったってのも本当だ。
だが、大丈夫かどうかは、どうかな。
私にも分からない」
「おいおい」
「……だが、これでクラリスに遠慮せずに思いっきり出来るっていうのもある」
クレアはそう言って剣を構え直した。
「……はぁ。
たしかにな。
先輩相手に全力で戦いを挑めるまたとない機会かもな」
その様子を見てジョンも覚悟を決めたのか、剣を構えて魔力を纏った。
「……良い覚悟です。
……これならミカエル先生も納得するでしょう」
「「いくぞ!」」
そして、再び剣と杖とが激突することとなるのだった。
「……ふむ」
その頃、懐から取り出した懐中時計を見たミカエルがすっと立ち上がる。
「ミサさん。
そろそろ準備をしますよ」
「え?
あ、もうそんな時間かい?
おっけー、ちょい待ち」
オセロに飽きてクッキーを頬張っていたミサも立ち上がり、急いで口の中のクッキーをバリバリと噛みだした。
「いいですか?
あまり期待はしていませんが、あなたの演技力も大事な演出ですからね」
「ふがっ?
ふぁんふぁっふぇ?」
「……なんでもありません」
ミカエルはリス状態で話をまったく聞いていなかったミサにため息をつきながら、王子たちを出迎える準備を始めるのだった。