82.あれ?まだ皆来ないみたいだね
『着いたのです』
それなりの距離を走ったところで、アルビナスたちが足を止める。
近いわけではないが遠すぎるほどでもない距離。
「……え?
ここ?」
「マジか」
クラリスたちが驚いたのは距離の問題ではなかった。
そこは、彼女らが通い慣れた場所だったからだ。
「……学院か」
シリウスが門の先にそびえ立つ立派な校舎を見上げる。
彼には城ほどに大きいその見慣れた学院が、今は得体の知れない怪物のように感じられた。
雲行きが怪しいのもその一因を担っているのだろうか。
「……行こう」
そして、カイルの言葉に促されるように、彼らは学院の門をくぐっていった。
門をくぐり、石畳で整備された校舎までの道のりを歩く一行。
そんな一行の行く手に2人の人物が立ちふさがる。
「……え?」
「……な、なんで」
「なんでここにいるんすか!」
「……ジョン君、クレアさん、クラリス殿下。
すいませんが、あなた方はここから先には行かせられません」
「そーゆーこと」
そこにいたのはミサの屋敷と王都にいるはずのスケイルとカークだった。
「……貴様ら、どういうつもりだ」
「……いや、あれは」
2人に怒りの眼差しを向けるシリウスをカイルが止める。
『……洗脳されているのです』
「洗脳?」
アルビナスの言葉にシリウスは振り向く。
「人の心に侵入するサリエルと、人の記憶に作用する力を持つミカエル。
奴らが力を合わせれば洗脳操作ぐらい訳ないだろう」
カイルが憎々しげに拳を握る。
今回の件にサリエルが関わっていることを改めて思い知らされたからだ。
「……つまり、あの2人は洗脳されて、ここで俺たちを足止めするように命じられたってことか」
「正確には、クラリス殿下とジョン君とクレアさんの3人のようだが」
シリウスの言葉にカイルが頷きながら答える。
「……従わなかったらどうなる?」
シリウスが剣に手をかけながら尋ねる。
どうやら、自分が2人を無力化できないかと考えているようだ。
『それはやめた方がいいのです。
使命の未達成に対して罰則が設けられていた場合、最悪彼らの命に関わるのです』
「……ちっ」
アルビナスの解答を聞き、シリウスは舌打ちしながら剣から手を離した。
「……お兄様、心配ないよ」
「……クラリス」
「いくらミカエル先生たちが相手だからって、簡単に洗脳されて主に刃を向けるような未熟な従者には私がお仕置きしておくから……」
「ク、クラリスさん?」
クラリスの背後にゆらりと青い炎が揺らめいたように感じて、思わず敬語になってしまうシリウスだった。
どうやら、スケイルたちは一番怒らせてはいけない人物を怒らせてしまったようだった。
「この2人は俺たちで何とかします!
クラリスにもケガなんてさせませんから、王子たちは先に行ってください!」
「そういうことです」
「……おまえら」
ジョンとクレアも剣を抜いてシリウスたちを促した。
「……頼んだぞ。
……だが、あんまり酷い目には遇わせないでやってくれ」
「もちろんです!」
「そんな簡単にやらせてくれるお2人でもないですからね」
「……すまない」
「そーですよー。
なるべく酷い目には遇わせないですからねー。
なるべく、ね。
うふふふふ」
「……お、おう」
そして、笑顔が固定されたクラリスに引きながら、シリウスたちは先を急ぐのだった。
「私たち以外は行かせて良かったの?」
シリウスたちが行ったあと、クラリスがスケイルに尋ねた。
「構いません。
俺たちが命じられたのはあなた方3人の足止めですから」
「……」
「さあ、日ごろの成果を見せていただきましょう」
「……! ……スケイル、あなたもしかして」
「……では、そろそろ始めましょう」
クラリスは何かに気が付いたようだったが、スケイルが杖を取り出し、カークが剣を構えたので切り替えざるを得なかった。