80.ふふふ、眠り姫がようやくお目覚めだぜぃ
ミサがさらわれた。
その情報は関係者筋にのみ速やかに伝達された。
関係者とは、ミサの両親と兄。
シリウスとクラリス及びスケイルとカーク。
そして、クレアとジョンである。
カイルはミサが連れ去られてからしばらくしてミサの屋敷に着いており、アルビナスから詳細を聞いていた。
アルビナスが説明したのはフィーナがしばらく錯乱しており、まともな対応が出来なかったからである。
カイルもサリエルの裏切りにはショックを受けていたが、すぐに関係者に情報を伝えるよう提言するなど、事態解決に向けてすぐに切り換えを行っていた。
王や、ジョンたちの親に情報を伝えていないのは魔導天使であるミカエルとサリエルが犯人であり、誰が味方か分からない状態な上に下手に情報を広めれば国が混乱に陥る可能性もあり、何よりミサの有用性がバレる可能性が高いからである。
これもカイルの提言であり、シリウスやミサの両親もその案を採用することにしたのだった。
そして現在、情報を知る者たちが一堂に会していた。
夜はとうに明けており、朝日が地上を照らし始めていた。
場所はミサの屋敷。
秘密裏に集まるにはここがいいだろうと、国の端にあるこの場所が選ばれた。
彼らは危険な夜道を、それでも出来る限りの速さで馬車を走らせ、ここに集まったのだ。
「ああ……ミサ……」
失意に暮れるミサの母親を夫であるミサの父親が支える。
「くそっ!
ミカエルにサリエル!
あいつら、いったい何が目的でこんなことを!」
シリウスが怒りに任せてテーブルに拳を打ち付ける。
クラリスは青い顔で俯いたままだった。
ジョンやクレアはまだミカエルたちの犯行であることが信じられないといった様子だった。
スケイルとカークも動揺はしているが、主の手前、感情を押し殺して話の行く末を見守っているようだった。
「旦那様!
奥様!
申し訳ありません!」
「……フィーナ」
嘆く両親の足元で、メイドのフィーナは何度も頭を地につける。
ミサの兄が宥めるが、フィーナはいっこうに止める気配を見せなかった。
「私がいながら!
私が、旦那様にミサお嬢様のことを任されておきながら、このようなことに!
此度の失態。
我が命をもっても償いきれません!」
「フィーナ、少し落ち着いてくれ」
今にも自決してしまいそうな勢いのフィーナを、ミサの兄のロベルトは必死に落ち着かせようとしていた。
そこには、ただのメイドに向ける感情以外のものが感じられた。
ミサの両親も普段ならそれを寛大に許していたであろうが、今はそれに応える余裕もないようだった。
「……皆さん、少し落ち着きましょ……っと」
そんな混乱した場で、カイルだけは努めて冷静にいた。
そんなカイルの胸ぐらをシリウスが掴み上げる。
「貴様は呑気でいいな!
自分の国の事ではないものな!
自らの従者のせいだと言うのに、本当に呆れたヤツだ!」
カイルは激昂するシリウスにやれやれと溜め息を吐く。
「……怒って事態が解決するならいくらでも怒ろう。
俺を殴ってミサが戻ってくるのならいくらでも殴ればいい。
だが、今はそんなことをしている暇があったらどうやってミサを取り戻すかを考えたい。
そうではないか?
アルベルト王国第2王子シリウス・アルベルト・ディオス」
「……っ! くそっ!」
そのあまりの正論にシリウスは言葉を返すことが出来なかった。
王を継ぐ者としての格の違いを見せつけられたような気がして、シリウスはカイルを掴んだ手を離さざるを得なかった。
「……カイル王子」
そこで、今まで黙っていたミサの父親が口を開く。
「自国の利益を考えれば、今回のことを公にしてこの国の自壊を促すことも出来たはず。
いくら従者が関わっているとはいえ、そんなものはいくらでも握り潰せるでしょうしね。
ですが、ここに来るまでのあなたの対応はこの国と、ミサのことを思っての行動のように思えた。
それを、今は信じてよろしいのでしょうか?」
ミサの父親はまっすぐにカイルを見据えていた。
カイルはその視線に対して逸らすことなくまっすぐに応えた。
「俺は自国の利益をも考えた上で、この国にはこれからも安泰でいてもらいたい。
これは十分に自国のことを考えた上での行動だ。
この国のために動く。
それが利己的に自国のことを考えた上での王子の行動だと思ってくれればそれでいい」
「……それにしては、ずいぶんうちの娘に偏った助言の数々だと見受けられましたが」
そう言って苦笑するミサの父親に、
「……それは言ってくれるな」
カイルも苦笑で返すことで応えた。
王子という立場はあれど、今はミサを取り返すことを第一としたい。
父親の軟化した態度は、カイルのそんな意思を汲み取った結果と言えよう。
「……よし!」
「……クラリス?」
それまで青い顔で俯いていたクラリスが自分の頬を両手でピシャリと叩き、気合いを入れて立ち上がった。
「くよくよしてても仕方ない!
ミサ奪還作戦を立てて、さっさと皆でミサを助けに行くわよ!」
「……クラリス」
「……そうだな!」
奮い立つクラリスに、ジョンたちも賛同する。
黙ってはいるが、スケイルたちも嬉しそうにしていた。
「よし!
では、ミサ・フォン・クールベルトを奪還しに行くぞ!」
「「「おおーーーっ!」」」
そして、シリウスの号令に皆が応えたのだった。
「で?
ミサがどこにいるか見当はついてるのか?」
「「「…………」」」
「……やれやれ。
結局締まらないところが君たちらしいよ」
勢いだけ立派なシリウスたちに、カイルのツッコミは的確に突き刺さったのだった。
そして、それを見た大人たちの顔にも少しだけ笑顔が戻ったのだった。
一方、その頃。
さらわれた悲劇のヒロインであるところの眠り姫は、
「……ん?
うう~ん。
よく寝たね~」
ようやく目を覚まし、寝ぼけ眼で体を起こした。
「やっと起きましたか」
「……んあ?」
ミサが聞き覚えのある、でも朝イチでは聞くことのない声に首を傾げながら目を向けると、
「おはようございます、ミサさん」
「ほえ?
おはよーございます、ミカエルせんせー」
ミカエルが優しげな笑みを浮かべながら椅子に座っていた。




