8.絶対零度先生にロックオンされちまったよ
ミサランキング騒動のあと、今日はお昼を食べたら選択科目の説明だけらしいので、新入生は希望する科目の説明を聞くために、担当の講師の待つ大教室に行くことになった。
説明は前半後半の2回に分けられてて、前半に武術学、魔法学、戦術学。後半に実践武術と実践魔法の科目説明があるみたいだね。
「ここかね」
あたしは初めから選択する科目をほとんど決めてたんだ。
まず武術系はパス。
絶対についていけないから。
毎朝30kmマラソンをしながら学院に通っているジョンの話を聞いただけで無理だと判断したよ。
そうなると、残りは魔法学と実践魔法と戦術学。
で、いまあたしが入る教室は、
「ああ、ミサ君。
ようこそ」
「ミカエル先生!?」
あたしが選んだ戦術学の講師は担任のミカエル先生だった。
なんで戦術学にしたかって?
楽そうだからだよ。
それに、運動できない。そんなに頭よくない。魔法なんてさっぱり。
そんな三拍子揃ったあたしに残された道はこれしかなかったんだよ!
でも、ミカエル先生って、なんだか怖そうなんだよね。
どうしよう。
説明だけ聞いて、やっぱりやめますなんて言ったら印象悪いかね。
「君がここに来るとは意外でしたね。
さあ、どうぞ中へ」
なんだか、ミカエル先生もちょっと嬉しそうだし、これはもう逃げられそうにないよ。
「し、失礼しまっす」
教室に入ると、70人ほどの生徒たちがすでに着席していた。
けっこういるなと思ったけど、新入生は500人近くいるわけだから、3種類の科目に振り分けるとすると、ここはだいぶ少ない方なのかもね。
あたしは教室の真ん中らへんで、こちらに小さく手を振るクラスメートを見つけ、隣に座らせてもらった。
ジョンは武術学、クラリスは魔法学の説明を聞きに行っちゃったから、こういう時に知ってる顔があると安心するね。
「えっと、あなたは、クレアだったわね。
クラスメートがいてくれて良かったよ」
「こちらこそ、ミサと一緒の科目で嬉しいわ」
クレアは、何て言うか、とってもキレイな子だ。
目鼻立ちがはっきりしてて、キリッとした目がキツい印象を与えるけど、スラッとしててスタイルも良いし、肩甲骨ぐらいまでの黒髪を後ろで1つに束ねてるのも似合ってて、何だかキャリアウーマンって感じだ。
あたしはこういう子好きなんだよ、カッコよくて。
そんないつもクールな感じの子がクラスメートを見付けて、控えめに手を振ってくれたんだよ!
これを尊いと言わずに何と言うか!
って、前の世界で姪っ子に洗脳されてから、どうにもダメだね。
最初は気分じゃなかったけど、現代版宝塚だと思うと、若い子の気持ちが分かっちゃったのよ。
もう、クレアに執事服とか着せてクールにお世話してほしいもの。
「……サ、ミサ?先生がだいぶこっち見てるよ。
早く帰ってきな」
「はっ!」
いけないいけない。
つい妄想の世界に浸ってたよ。
うげっ!
先生めっちゃ怖い顔して見てるよ!
どうやら、いつの間にか説明が始まってたみたいだね。
ちゃんと説明聞いとかないと。
「それでは、もう一度初めから説明します」
先生は溜め息を吐いてから、再び説明をしてくれるみたいだ。
ホントに申し訳ないね。
「戦術学は、アルベルト王国の歴史を学ぶ上でも重要なファクターとなります。
また、停戦協定を結んでいるとはいえ、隣国各国との緊張感を軽視はできません。
いずれは軍部において、この戦術学の成果を発揮する日が来ないとも限りません。
武術や魔法を学ぶように、それを使う兵をまとめ、指揮する者に必要な素養。
それを学ぶのが戦術学なのです」
そう。
あたしが転生してきたアルベルト王国は、現国王の活躍によって平和を保ってはいるが、それまでは隣り合う国々でしょっちゅう戦争をしていたらしい。
それを危惧した現国王が各国に停戦協定をもちかけたみたいで、アルベルト王国は周辺国の中でも広大な国土と強力な軍事力を有してたから、他の国は大人しくそれに従ったみたいだ。
でも、ちょっと前まで戦争で殺し合いをしてた国同士だから、やっぱり油断はできないってんで、学院にも軍事関係の科目が導入されてるらしい。
あたしは戦争なんて、親が子供の頃に終わりかけてたってなぐらいで、そこまで詳しくないけど、皆それぞれにいろいろ理由があるのは理解してる。
まあ、楽そうだからって理由でここを選んだあたしが何か言えた義理はないけどねえ。
「指揮官がクズだと死ぬのは兵です。
そのため、戦では戦場をくぐり抜けた猛者が指揮官となることが常です。
ですが、現在、アルベルト王国においてはキャリア運用が試験的に導入されています」
……いかん。
眠くなってきたよ。
ミカエル先生。話が固すぎるよ。
入学式に始まり、前半に飛ばしすぎたせいで、ランチで膨れたお腹も相まって、あたしのまぶたは限界を迎えちまいそうだよ。
ダメダメ!
入学初日から、これ以上やらかすわけにはいかないんだよ!
頑張れ!あたし!
「はっ!」
「おはようございます、ミサ君」
「ミ、ミカエル先生……」
……完全にやっちまったね。
先生、そんな冷たい目で見下ろさないでくれよ。
その視線だけで心臓が止まっちまうよ。
「1回目の説明のあと、30分の休憩をはさんで、次の科目の説明があります。
今は休憩時間です。
まもなく次の説明が始まります」
「は、はあ」
周りを見回すと、教室には誰もいなかった。
「クレア君は実践武術に行くようなので、先に次の説明の会場に行ってもらいました。
あっちは会場が遠いのでね」
てことは、先生と二人っきり……
他の女生徒が聞いたら恨まれそうだね。
でもね、ここにいると、そんなこと微塵も思わないよ。
だって、絶対零度の視線で見下ろされてるからね。
めちゃくちゃ怖いんだけど。
「わひゃい!」
先生があたしの机にバン!と手を置いた。
びっくりして、思わず変な声が出ちゃったよ。
「私の話を聞かずに惰眠を貪るとは、良い度胸をしていますね」
「ひぇ……」
先生が顔をずいっと近付けてきた。
そのずいぶんキレイな顔に一瞬ドキッとしたけど、冷たい目ととんでもない圧に、そんなのはすぐにふっ飛んだよ。
「す、すいませ、いたっ!」
先生があたしにデコピンしてきた。
「お仕置きです」
先生がくすりと小さく笑ったような気がした。
「う~、体罰だよ~」
「たいばつ?」
あ、そんな言葉ないのかい。
教育委員会はなにしてんだい。
「まあいいです。
さらに居眠りの罰として、あなたは次に実践魔法の説明に来なさい」
「えっ!?
あたしはここだけにしようと!」
これ以上めんどくさそうなことを増やしたくないよ!
「担任命令です」
「……はい」
その氷河期みたいな目やめとくれよ。
逆らえる気がしないよ。
「さあ、そろそろ次の説明が始まります。
もう行きなさい」
「……はい」
そうして、あたしはとぼとぼと実践魔法の説明会場に向かった。