79.え?あたしいつまで寝てんの?
「ミカエルさん。
連れてきましたよ」
「ああ。
ご苦労様です」
サリエルがミカエルのいる部屋に転移魔法で現れる。
ともに現れた男たちが抱えていたミサをそっと絨毯の上に下ろした。
「おや?
ミサさんはお休み中でしたか」
ミカエルがミサの顔を覗き込む。
ミサのキレイな金色の髪がさらりと頬にかかっており、ミカエルはそれを優しく耳にかけてあげた。
「ええ。
念のために《催眠》をかけてありますので、朝まで目は覚まさないと思いますよ」
サリエルにそう言われたミカエルが首を傾げる。
「それはおかしいですね。
ミサさんは闇属性なので、そういった状態異常系の魔法にはある程度の耐性があるはずですが……」
「え?」
そして、2人でミサを見やると、
「……むにゃ。
クラリス。
このプリン全部食べていーの?
わーい……」
ミサはむにゃむにゃ言いながら寝言を呟いていた。
「……これは、ただ寝てるだけですね」
「……この状況でまだ寝てるんですか?」
「……ぷっ!
ぶははははっ!」
2人が呆れていると、同行していた男の1人が堪えきれずに吹き出した。
「……んん」
「おっと!」
大声にミサが眉をしかめ、男は慌てて口をつぐむ。
彼は以前ミカエルが金を渡していた、便利屋のリーダーだった。
「なかなかたいした嬢ちゃんだな」
「……ロブロさん」
ミカエルにロブロと呼ばれた男は顎ヒゲをいじりながら楽しそうに笑っていた。
「嬢ちゃんのことを忘れちまうのがもったいない気がするぜ」
「……」
「おっと。
冗談だよ」
ロブロはミカエルに睨まれ、降参とばかりに両手を挙げてみせた。
「仕事が終われば俺たちのこの件に関する記憶を消す。
そこまで含めての依頼だからな。
だが、金はきちんと払ってもらうぞ?」
「もちろんです」
ミカエルはロブロの問いに深く頷くと、懐から金貨の入った袋を取り出し、ロブロに渡した。
懐に入るような金貨の量ではなさそうだが、どうやら魔法で収納していたようだ。
「言っとくが、俺たちが誰かから仕事を受けて報酬を得たっていう記憶だけは残しといてくれよ。
ワケわからんが突然金貨が大量に入った袋だけ持ってた、なんて仲間割れにしかならんからな」
「分かってますよ。
そのあたりは信用してください」
ミカエルに言われて、ロブロはふむと再び顎ヒゲを触る。
「まあ、信用はしてるさ。
これまでの金払いもそうだが、何より前にも同じようなことがあったからな。
あれもあんたの依頼だったんだろ?」
「……まあ、そうですね」
「なら問題はない。
その時も俺たちはそういう依頼だったんだろうって勝手に納得したからな。
俺たちは金さえ払えば細かいことは気にしない」
「ええ。
あなた方のその在り方には助かってます」
「へへ。
これからもご贔屓に」
ミカエルに言われ、ロブロは嬉しそうに指で鼻の下をこすった。
「では、サリエルさん。
私は彼らを送ってきますので、その間ミサさんをお願いします」
「……分かりました」
ミカエルはサリエルが頷いたのを確認すると、転移魔法で男たちと共に姿を消した。
男たちのアジトまで連れていってから記憶を消す処理を行うようだ。
「……」
1人残された部屋で、サリエルが悲しそうな顔でミサを見下ろす。
「……こんな茶番に付き合わせてしまって申し訳ないですが、あなたが本当に大変なのはそのあとですからね。
今から覚悟しておくといいでしょう」
「……むにゃむにゃ。
こら王子~。
バナナはおやつに入らないって言ってるでしょ~……むにゃ」
「……ふふ。
本当に、たいしたお嬢さんだ」
いつまでも眠り続けるミサに、サリエルは悲しそうな微笑みを浮かべた。




