78.いつでもどこでもぐっすり眠れるのがあたしの特技だよ
「……たいしたことなかったのです」
裏門から入り、屋敷の左右の入り口から入り込んでいた侵入者を撃沈させたアルビナスはふと違和感を覚える。
ここにいるアルビナスが倒した侵入者は3人。
おそらくルーシアの方も同程度の数だろう。
ミカエルと同じ魔導天使であるサリエルならば、この程度のレベルの人間なら余裕で倒せる人数のはず。
それなのに、わざわざ自分たちに助けを求めてきたのはなぜなのか。
「……もしかして、わざと道化を演じてるのです?
…………!」
アルビナスが答えに到達しようとしていた時、上階から一瞬だけ、とてつもなく冷たく鋭い殺気が発せられたのを感じた。
「……これはっ」
瞬時に収まったそれは、アルビナスが上階に向けて走り出すのに十分なほどの危険度を孕んでいた。
「ルーシア!」
「アルビナス!
今のって!」
そして、屋敷の1階の中央にある大階段でアルビナスとルーシアが合流する。
どうやらルーシアも先ほどの殺気を感じていたようだ。
「……たぶん、サリエルの殺気」
「えっ!?
それって、どういうこと!?」
「……嫌な予感しかしないのです」
アルビナスはルーシアの問い掛けに詳しく答えず、2人は急いで上階へと走っていった。
「フィーナ!」
上階に進むと、途中でフィーナが倒れているのをルーシアが見つける。
「《起床》」
「……う」
アルビナスがフィーナに手をかざし気付けの魔法をかけると、フィーナは顔を歪めながら目を覚ました。
「……はっ!
アルビナス様!
ルーシア様!」
「フィーナ。
サリエルは?」
アルビナスの短い問い掛けにフィーナはハッと我に帰る。
「そうだ!
あいつは敵と繋がっていた!
お嬢様が!
お嬢様が危ない!」
フィーナは慌ててミサの部屋へと走った。
アルビナスとルーシアもそれを追う形で再び走る。
「……ケルベロス。
こんな時ぐらい役に立ちなさいよ」
「……」
ルーシアの呟きを聞いたアルビナスはケルベロスに微かな期待を持ちながらも、それでも自分たちをうまく出し抜いたサリエルの手腕に、嫌な予感を禁じ得なかった。
そして……。
「お嬢様!」
「ミサ!」
「……っ!」
そこには、気を失ったケルベロスが少年の姿で床に横たわるだけで、他には誰もいなかった……。
少し前。
アルビナスたちがサリエルの殺気に気付いて1階を走っている頃。
サリエルたちはミサの部屋の前に到着していた。
「さて、ようやくですね。
まずは私が1人で先に入ります。
皆さんはここを見張っておいてください」
「わかりました」
男たちにそれだけ命じ、サリエルはドアを開けてミサの部屋へと侵入した。
「ヴウゥゥゥっ!」
その瞬間、ケルベロスが目を覚まし、ベッドから飛び降りて、四つん這いの状態でサリエルを威嚇する。
「これは難関だ」
サリエルはそう呟きながら懐に手を入れた。
ケルベロスはその動作とサリエルの手強さを察知し、魔獣の姿に変化し始めた。
「おっと!」
「ギャウッ!?」
サリエルはそれを見た瞬間に懐の転移の宝玉を発動。
ケルベロスの眼前に転移し、右手をケルベロスの額にかざした。
「《催眠》」
「ギャッ! ……ゥゥ」
そして、サリエルの強制催眠魔法でケルベロスもまた意識を失ってしまった。
「……ふう。
危ない危ない。
魔獣の姿の方が魔法抵抗力が高いですからね。
変化する前に決められて良かった」
ケルベロスを倒した今、サリエルを止める者はもういなかった。
サリエルがベッドに近付くと、ミサがスースーと寝息を立てていた。
「……この騒ぎでも寝ていられるとは、逆にすごいですね」
サリエルは呆れた顔をしながら扉の外の男たちを部屋に招き入れた。
そして、念のためにミサにも《催眠》をかけたあとに軽く捕縛すると、男たちに担がせて、転移の宝玉を発動させ、静かにその場を去っていったのだった。
「お嬢様!」
「ミサ!」
「……っ!」
アルビナスたちが部屋にやって来たのは、それから少し経ってからだった。