77.うちのメイドとサルサルさんのセカンドコンタクトだね
「……っいしょっと!」
「これで全部なのです?」
「かな~」
深夜、ミサの屋敷に侵入してきた輩を今日も華麗に仕留めるアルビナスとルーシア。
「ルーシア、毒の加減がうまくなったのです」
「へっへーん!
そぉーでしょー!」
ルーシアが得意気に鼻を擦る。
即死の蜘蛛であるルーシアは2種類の毒を操る。
文字通り瞬時に生物を死に至らしめる即死毒と、相手の身動きを封じる麻痺毒。
休眠前にエサの鮮度を保ったまま溜め込むために麻痺毒があるのだが、ルーシアは麻痺毒の扱いがうまくなく、よく獲物を即死させてしまっていた。
だが、ミサと関わるようになって麻痺毒の方が使うことが多くなったため、人知れず毒の扱い方を練習していたのだ。
以前の演習時にカークが麻痺毒をくらったのは運が良かったと言えるだろう。
「でもアルビナスもすごかったじゃない!
なにあれ!」
「人化してる時は元の姿の時より能力が低い。
だから、それを補えるようにしたのです。
まあ、元の姿に戻れば早い話なのですが……ひゃっ!」
苦笑するアルビナスにルーシアがバッ!と抱きつく。
「分かる!
分かるよ!
私も一緒!
ミサはたぶんこっちの姿の方が好きだからね。
こっちでいたいと思うのはよく分かる!」
「……一緒ですね」
ルーシアの言葉を受けて、アルビナスは照れくさそうに微笑んでみせた。
「……でも、今日の奴らはいつもよりぬるかったのです」
表情を戻したアルビナスは足元で伸びている侵入者たちを見下ろしながら呟く。
「あー!
それ私も思ったー!
私たちがやり過ぎて人手不足になっちゃったのかなー?」
「……だといいのです」
「お2人とも~!」
そんな2人に走って近付いてくる男が1人。
「あれは、たしかサル!」
「サリエルです!
ミサさんよりひどいですね」
サリエルは膝に手をついて息を切らした。
「……なぜあなたがここに?
持ち場はどうしたのです?」
アルビナスは勝手に持ち場を離れたサリエルを強く睨み付けた。
たとえ重要度の低い場所でも安易に持ち場を離れるようなヤツは信用できない。
サリエルの行動はアルビナスに不信感を抱かせることにしかならない……だが、
「大変です!
裏門から大量の侵入者が!
2手に別れて左右の入り口から侵入するつもりのようです!」
「なっ!」
「なんですって!」
サリエルの言葉に、アルビナスはサリエルへの不信感以上の緊急性を感じた。
「裏門の見張りはやられてしまい、私は端っこにいたので平気でしたが1人ではどうにも出来ず、お2人の力を借りようと思って呼びに……あっ!」
サリエルの言葉を聞き終わる前に、アルビナスとルーシアは走り出していた。
目配せをしただけで、2人は別々の方向に走っていた。
「ここで寝てる奴らは私が捕縛しておきますからー!」
しかし、その声が届いていないかのように2人は速度を落とすことなく消えていった。
「……《解毒》、《起床》」
「……う」
「……あ、サリエルさん」
アルビナスとルーシアが見えなくなると、サリエルは解毒と気付けの魔法を使って倒れていた男たちを目覚めさせた。
「……急ぎますよ。
あの状態ではたいした時間は稼げないでしょう」
「「「「はい」」」」
サリエルの号令のもと、男たちは正面玄関からミサの屋敷へと侵入していった。
サリエルと数人の男たちがミサの屋敷を駆ける。
目指す先は当然ミサの部屋。
「!」
その途中で、1人の女性がサリエルたちの行く手を阻む。
「……やはり、あなたはそちら側だったのですね」
「あなた、たしかフィーナさんでしたか」
フィーナは深く暗く沈んだ目でサリエルを射抜くように睨み付ける。
それは、普段ミサに見せる笑顔からは到底想像できるものではなかった。
そしてその両手には短剣が握られていた。
「……よく分かりましたね、と言おうとしましたが、その目。
なるほど、あなたも闇に生きる者でしたか」
サリエルが悲しそうに笑った。
「……私は旦那様に拾われなければ、とっくに堕ちきっていたでしょう。
そんな旦那様に命じられたミサ様のお世話。
何より、太陽のような笑顔を私にも向けてくれるミサ様を、私はこの命をもってお守りする」
「……ふむ。
戦力は十分とのたまうからどれほどかと思っていましたが、なるほど、あなたがいるからなんですね。
元暗殺者か何かですかね。
なかなかにとんでもない手練れのようだ」
隙のない立ち姿と容赦ない殺気にサリエルはフィーナの手強さを感じ取った。
「そういうことです。
おとなしく捕まることをオススメします。
屋敷をあなた方の汚い血で汚したくはないので」
「ふむふむ。
これはまともに相手するのは面倒だ。
時間もないし、これを使うとしましょう」
「……なにを」
サリエルは懐から紫色に光る珠を取り出した。
それが光ると同時にサリエルの姿がその場から消えた。
「隙あり。
《催眠》」
「……なっ! ……く……そ……っ」
フィーナの真後ろに現れたサリエルはフィーナの後頭部に強制催眠魔法を叩き込んだ。
フィーナはそれに抗おうとしたが、脳に直接送り込まれた魔法には抵抗しきれず、その場に崩れ落ちる。
「……ふむ。
やはりミカエルさんの転移魔法は優秀ですね。
念のためにその力を込めた宝玉を預かっておいて良かったですね」
「サ、サリエルさん。
この女は戦利品としてもらってもいいんすかね?」
サリエルに同行している男の1人が倒れるフィーナを覗き込みながら息を荒げていた。
「……私に殺されてもいいならご自由に」
「ひっ!
す、すいません!」
恐ろしい殺気を男に向けたサリエルはすぐに殺気を収め、つかつかと先に進んでいってしまった。
「アホ。
空気読め」
「す、すんません」
他の男に諌められた男はサリエルの様子に戦々恐々としながらサリエルについていくのだった。
「……醜い心を持つ人類の手も借りなければならないとは」
サリエルのその呟きを聞いている者はいなかった。