76.うちのメイドとサルサルさんのファーストコンタクトだね
「……まさかホントにウチまで来るとはねぇ」
「おや?
ご迷惑でしたか?」
「まあねぇ」
「ふふふ、正直に仰るところはとても良いですね」
にこやかに微笑んじゃって。
サルサルさんも良い感じに歪んでるねぇ。
ただしイケメンに限るとはよく言うけど、ホントにイケメンなら何でも許されちゃいそうで怖いね。
結局、学校はほとんど自習だった。
あたしのクラスはほとんどミカエル先生が教えてたから当然っちゃ当然なんだけど。
それにしても、先生はどこ行ったのかね。
今まで一度もお休みしたことないのに、よっぽど重要な所用だったのかねぇ。
「おかえりなさいませ。
お嬢様」
「あ、フィーナ、ただいま~。
なんか、隣の国のカイル王子のお付きの人的なポジションのサルサルさんがついてきたよ」
「そんな子猫がついてきたみたいなテンションで言わないでくださいよ」
「……すみません。
簡潔すぎて理解が追い付かないのですが」
やれやれと苦笑するサルサルさんと、頭に『?』が浮かんでるフィーナ。
だって、いろいろ説明するの面倒なんだもん。
「……なるほど。
屋敷の護衛のお手伝いに来てくださったと」
とりあえずリビングに案内して、おもにサルサルさんが状況説明。
それでフィーナもようやく理解してくれたみたいだ。
「……」
「……」
え?
2人とも黙って見つめ合ってどうしたの?
はっ!
まさか!
急なラブロマンスへの目覚め!?
いやいや、ダメだよ!
フィーナ、あんたにはミカエル先生がいるでしょ!
先生が帰ったあと、あんなに次はいつ連れてくるんだってうるさかったじゃないか!
この浮気者!
「……お心遣い、感謝致します。
ですが、屋敷の警備は十分行き届いております。
隣国の王子の側近のお手を煩わせるわけにもまいりません。
どうかご心配なさらず、王子のお世話に戻って差し上げてくださいませ」
ん?
「いえいえ、もしも、万が一、ということもありますでしょう?
戦力が増えるに越したことはないではないですか。
十分行き届いてる、とは言っても、実質三大魔獣に頼りっきりの状態でしょう?
それでは彼らの負担が大きくなるばかり。
それを少しでも軽くしてあげられれば、と思いましてね」
え、なに?
どったの?
「過分な戦力は敵の警戒を強めるだけでしょう。
一部戦力に頼ったシフトを取ってもおりませんので、心配無用でございます」
え?
なんで2人ともそんなに笑顔なの?
怖いんだけど。
「お嬢様」
「あ、はい!
なんでしょう!」
急にこっちに振られて思わず敬語だよ。
「この人には気を許してはダメです。
この人は私の敵です」
「あ、そなの?」
「ふふふ、そういうのは本人がいないところで言った方がいいですよ」
「恐れ入ります」
「いや、褒めてませんけどね」
「あらやだ。
ふふふふふ」
「あなたもなかなか面白い方ですね。
ふふふふふ」
「うふふふふ」
「ふふふふふ」
え?
怖いんだけど。
助けてクラリス。
あたしに癒しを!
「あらら。
結局、サルサルさんあんなとこの警備に回されちゃったよ」
あたしが夕食を終えて寝室に移動していると、廊下の窓からお屋敷の外壁の隅っこの方にポツンと立つサルサルさんがいるのが見えた。
フィーナとのやり合いの結果、重要度の低いあの場所の警備をすることに落ち着いたみたいだね。
「ミサ~!
早く寝よ~!
僕もう眠いよ~!」
「はいはい、いま行くよケルちゃん」
目をこしこししてるケルちゃんに急かされてあたしは寝室に入っていった。
今日はお父様とお母様は王様のお城に呼ばれてて留守にしてるんだ。
で、お兄様はその警護。
つまり、いまこのお屋敷にはあたししかいないわけだね。
ま、とは言っても、使用人の方々とかケルちゃんとかがいるから寂しくないんだけどね。
そういえば、前の世界では旦那が死んでからはずっと独り暮らしだったんだよね。
今のあたしは家族に囲まれてなに不自由ない生活を送ってるわけで。
別に前の暮らしに不満があったわけじゃないけど、たまにはちょっと寂しいなって思うこともないわけじゃなかった。
そう考えると今はドタバタだけど、けっこう幸せなんじゃないかなと思うのよ。
「こんな暮らしが、ずっと続けばいいね……」
「ミサ、なんか言った~?」
「……んーん、何でもない!
寝よ寝よ!」
なーんかフラグみたいなこと言っちゃったね。
らしくないことはするもんじゃないね。
あたしはただ元気に!
それで周りも元気!
皆で笑えればそれが一番!
それを邪魔するなら許さんぜよ!
それがあたしのコンセプト!
てなわけで、おやすみなさ~い!
「……はい、おやすみなさい」
屋敷の中の声は聞こえていないはずなのに、小さく呟くサリエル。
そんな彼が警備している外壁の外側を、今日も顔を隠した男たちが駆けているのだった。