75.魔王とアホの攻防だよ
「……まったく、あなたもしつこいですね」
「悪いな。
そういう性分なんだ」
路地裏を足早に進んでいたミカエルだったが、カイルが後ろを延々と尾行してくるので、溜め息をついて足を止めた。
ミカエルが話しかけると、カイルは物陰からスッと姿を現した。
どうやら、尾行がバレているのは承知の上だったようだ。
「私を尾行しても何も出ませんよ」
ミカエルは呆れ顔だったが、カイルはそれに肩を竦めるだけだった。
「だろうな。
だが、何か出すような行動が出来なくなる。
それだけでも十分に効果があるだろう」
「……なるほど。
やはり面倒な方だ」
「よく言われるよ」
ミカエルの言葉にカイルは苦笑する。
日はとうに沈み、すっかり夜の帳が降りていた。
王都とはいえ夜の路地裏は人もほとんどおらず、辺りはしんと静まり返っていた。
「それで?
いつまでこんなことを続けるつもりですか?」
朝からずっと後を尾けてくるカイルに、ミカエルは辟易していた。
何度も撒こうとしたが、カイルはしつこくついてきたのだ。
「あんたの企みが露見するまでかな」
カイルは笑顔だったが、そこには決して退かないという意志の強さが感じられた。
「……やれやれ、そこまでミサさんが大事ですか」
「……やはり、狙いはミサか」
カイルの鋭い視線を、ミカエルは肩を竦めてかわす。
「そうは言ってません。
あなたがここまで体を張っているのはミサさんのためでしょう?
それを素直にすごいと評しているのです」
「……ミサの能力は脅威だ。
俺はマウロ王国を継ぐ者として、国の脅威足り得る者を放ってはおけない」
「……なるほど。
つまり、兵器としてのミサさんが大事なので、手元に置いて管理したいと?」
「違う!
ミサのことが心配だからだ!
見くびるなよ!
ミサにどんな能力があろうと、俺はミサを娶る気なんだ!
何よりまずミサの身の安全をはかることが大事だ!」
「ははっ!
あなたはホントに、バカで素直で、まっすぐで。
王がマウロ王国とは友好国でいたいと仰っていた気持ちが分かりますね」
「……それを、おまえがぶち壊そうとしているんじゃないか」
「……さあ、それはどうなのでしょう」
「……おまえ、本当に何を考えているんだ?」
「……」
ミカエルはカイルの最後の問いには答えず、代わりに吹き込む夜風がミカエルの外套をはためかせた。
「……さて、そろそろいいでしょう」
ミカエルは両手をパン!と合わせ、改めて笑顔でカイルに向き直った。
「……何がだ」
カイルは突然緊張感をなくしたミカエルに警戒を崩さずにいた。
「なぜ、私が朝からずっとあなたのバレバレの尾行を許していたと思いますか?
本気で撒こうとするなら転移魔法を使えばいいのに」
「……」
ミカエルの問いに、カイルは眉間に皺を寄せる。
たしかに、ミカエルには転移魔法がある。
それを使えば、カイルにはミカエルを追うことが出来なくなる。
なぜそれをしなかったか。
それは、カイルに自分を尾行させ続けたかったからだ。
「……おまえ、まさか」
カイルはその結論に至り、褐色の肌の顔を青くした。
「あなたをミサさんから引き離すにはこうするのが一番ですからね。
一度、便利屋との現場を目撃したあなたは私を追わずにはいられない。
目ざといあなたならきっとそうしてくれると思ってましたよ」
「おまえ!
あの現場を目撃させたのもわざとか!」
「さあ、それはどうでしょう」
ミカエルは再び肩を竦めてとぼけてみせた。
「さて、ではここで1つ問題です。
私とあなたがここに留まっていても、ミサさんの屋敷は三大魔獣に守られています。
今までのように単純に人を送っても意味がないでしょう。
ならば、どうするか。
カイル王子。
分かりますか?」
「……ま、まさか」
カイルはその答えに気付いたようで、青かった顔をますます青くした。
「そう。
三大魔獣をも出し抜けるような力の持ち主を送り込むのです。
さらに、味方だと思っていたその人物が突然裏切ってきたらどうでしょう。
さすがの三大魔獣も後手後手にならざるを得ないでしょう」
ミカエルはそこまで言うと、わざとらしく周りをキョロキョロしだした。
「おや?
そういえば、いつもあなたの側を離れなかった側近の方は、いまどちらに?」
「……っ!」
カイルはギリッと歯ぎしりをして、慌てて踵を返した。
そして、ものすごいスピードでミサの屋敷に向けて走り出したのだった。
「……さて、あとはうまくやってくださいね。
サリエルさん」
その後ろ姿を眺めながら、ミカエルはそれだけ呟いた。




