73.暗躍
とある夜のこと。
その日は雲が多く、月が完全に隠れてしまっていた。
ここは学院のある王都の郊外、その一画。
「どうぞ、約束の金額です」
「おう、まいど」
金貨の入った袋を渡した者はフードを深く被っていて、その姿を窺うことは出来ない。
一方の男は姿を隠しておらず、傭兵のような格好で腰に長いナイフを差していた。
妙齢の男の眼光は鋭く、歴戦の積まれた経験を感じられるものだった。
「あなた方は金で動いてくださるので助かってます」
「へへっ。
俺たちは下手な権謀術数は使わねえ。
きちんと報酬がもらえりゃ、仕事はきっちりやる。
それだけだ」
「ありがたい。
では、引き続き頼みますよ」
「ああ、任せな」
男はそれだけ言うと、スッと闇に溶け込むように姿を消した。
「……」
フードの男もその場をあとにしようとしたところで、
「やあ。
こんなところで悪巧みかい?」
「!」
気配を消して様子を窺っていたカイルに声をかけられた。
「……すごいですね。
私に気取られずに、ここまで接近できるなんて」
フードの男は驚いた様子だったが、それでも極めて冷静だった。
「まあね。
サリエル仕込みの技だ。
一度だけならあんたにも通じると思ってね」
「……」
「それで?
さっきの傭兵崩れの何でも屋に何を頼んでたんだ?」
「……」
「引き続きってことは、もうすでに動いてたわけだ。
で、まだ目的を達成していない、と」
「……」
「それは、例の三大魔獣の子たちに邪魔されて達成できなかったのかな?」
「……!」
「……図星ってことでいいのかな?」
カイルはフードの男のわずかな反応も見逃さずにいた。
「表では守るような様子を見せて、裏では人を使って何をしようと言うんだい?
ミカエル先生?」
「……やれやれ、思ったよりやり手のようですね」
名前を呼ばれたミカエルは観念した様子でフードをパサリと取り払った。
雲間から現れた月の光に、ミカエルの青色の長い髪が照らされる。
「……」
「……それで?」
ミカエルの蒼い瞳に見つめられながら、カイルは冷静に話を続けた。
「……」
だが、ミカエルは黙ったまま右手をカイルに向けた。
差し出された右手が黒い光を纏う。
「おっと!
言っとくけど、俺に記憶操作は効かないぞ」
「……!」
ミカエルの挙動に身構えながらも、カイルは平然とした様子だった。
「魔導天使同士では特殊魔法は効かない。
そして、俺はサリエルから加護をもらってる。
つまり、あんたの特殊魔法である記憶操作から俺は守られるってわけだ」
「……ふむ。
なかなかどうして、意外とやるじゃないですか。
これは時期マウロ王国の国王への認識を改めなければならないですね」
ミカエルは追い詰められている身でありながら、心なしか嬉しそうにしているように見受けられた。
「……答える気はない、か?」
「……そうですね。
今はまだ、と言っておきましょう」
ミカエルの答えにカイルは肩をすくめる。
「なら、これだけは聞かせてくれ」
「なんでしょう?」
「あんたはミサの味方か?
それとも敵か?」
「……」
「……」
「……我々魔導天使の役割は国を守り、世界のバランスを取ること。
ひいては、それによって世界を守ることです」
「……それは、イエスかノーか」
「……さて、どちらでしょうね」
ミカエルはそれだけ言い残し、その場から姿を消した。
「……」
カイルはしばらくそこで考え込んだあと、ゆっくりとその場をあとにした。




