7.また王子(バカ)が来たよ
バカ王子襲来後のお昼休み、あたしとクラリスとジョンは3人で学院の食堂に来ていた。
お母様は弁当を持たせるって言ってたけど、あたしは学院の食堂のご飯ってのが気になったから、丁重にお断りしておいた。
たしか、後学のために、いろいろな食に触れておきたいのです、とか適当なことを言った気がする。
お父様がそれにえらい感動しちゃって、なんだか申し訳なくなっちゃったのを覚えてるよ。
「いやー、さっきは災難だったな!」
「ホントだよ」
「ごめんねー、ウチの王子がー」
ジョンが大盛りの肉盛りパスタをすすりながら、先ほどの出来事を振り返っていた。
クラリスはポテトをポリポリかじりながら頭をちょこんと下げる。
あたしはと言うと、ローストビーフみたいなのと、魚の煮こごり?みたいなのと、ジョンに負けず劣らずな山盛りパスタと、ケーキとケーキとケーキとケーキだ。
……なんか文句あるのかい?
この体になってから、胃もたれなんて言葉はどっかに行っちまったんだよ!
おまけに、食べても食べても胸にばっか脂肪が集まるもんだから、そりゃあ食べるよ!
前の世界じゃあ、学生時代はお金もあんまりなかったし、大人になったら爆食いしてやるぞ!って夢見てて、で、いざ大人になったらすぐ胃もたれしちゃって、あんまり食べられなくなってて泣いたからね!
食べれるウチに食べるんだよ、あたしゃ!
おまけに、ここの食堂はどんだけ食べてもタダ!
もう最高だね!
「ミサ!
お前やるな!
俺より喰う女は初めてだぞ!」
「ふっふっふっ。
ジョン。
お主もなかなかよのう」
「……私は食欲なくしたわ」
2人してバクバク食べ続ける映像に、クラリスは胃もたれしたようだ。
いらないなら、そのフィッシュ&チップスちょうだいよ。
「にしても、ジョン。
あんたすごいねえ。
バカ王子に目をつけられたあたしと、その王子の妹のクラリス。
それが分かっても、変わらずこうして普通に接するなんて」
ランチを食べ終わって一息ついたあと、あたしはジョンにそう言った。
クラリスもうんうんと頷いている。
「んあー?
別にそんなん関係ないだろー。
ミサはミサ。
クラリスはクラリスだ!」
胸を張るジョンと、おー!と手を叩くクラリス。
そんな平和な光景に、思わず笑みがこぼれた。
どうやら、さっそく良い友人が出来てしまったみたいだよ。
「見つけたぞ!
ミサ~!」
「げっ!
また出た!」
そうして、またまた現れたよ、バカ王子。
息をゼーハーゼーハー言わせてる。
またあたしを探して、いろいろ走り回ったのかね。
普通、食堂から探そうとすると思うんだけどねえ。
「ちょっと!
お兄……げっ!
スケイル!」
バカ王子に文句を言おうとしたクラリスだったが、同伴しているスケさんカクさんを見て、きゅ~と萎縮してしまった。
「ふっふっふっ。
クラリス。
貴様がスケイルのことが苦手なのはリサーチ済みだ!」
「クラリス姫様。
おてんばもほどほどにしてください」
「う、うぅ~~」
クラリスはスケさんに言われて、顔を真っ赤にして縮こまってしまった。
こりゃあ、苦手っていうより、恥ずかしがってるんじゃないのかい?
クールに細めの眼鏡を上げるスケさんは確かに素敵だよ。
それにしても、スケさんはスケイルって言うらしいね。
もう、スケさんだね。
てことは、もしかして……
「あの~、ちなみに、もう一方のお名前は~」
「俺はカークだ。
俺のことは覚えなくて良い。
ただのシリウス王子のお付き、それだけだ」
…………うん。カクさんだね。
やっぱりお供はスケさんカクさんじゃないと!
「カ、カーク様!
最年少で王宮騎士団に入団して、シリウス王子の供に選ばれたカーク様だ!
ほ、本物……」
なんだか、ジョンがえらく感動して、ふらふらとカクさんに握手を求めに行っちゃったよ。
カクさんもまんざらでもない様子で握手に応じちゃって。
って、ちょっと待ってよ?
要の2人を封じられたあたしは今……
「ふっふっふっ。
ミ~サ~」
バカ王子と二人きり~~!!
ヤバいヤバいヤバい!
何がヤバいって、王子の目がもうヤバい!
ヤバいとか、そんな若者みたいこと言って、でもホントにヤバい!
ちょっと王子!
ホントに怖いよ、その目!
ちょっとイッちゃってるから!
「ミサ……ミサ……」
なんか名前呼びながら近付いてくるんだけど~!
え?なにこれ?
あたし何されんの?
え?死?
なんか、死の予感なんだけどっ!
「ミサ~!」
あんた~!助けとくれ~!
「これを見てくれ」
「……はっ?」
恐る恐る閉じた目を開けると、王子は1枚の紙をあたしに突き付けていた。
なんだい。
てっきり殺されるのかと思って、旦那に呼び掛けちゃったじゃないのかい。
「え~と、なになに?」
「お、おい!近いぞ!
髪がっ!良い匂いがっ!」
あたしは前の癖で、紙に顔を近付けていた。
あ、離れてても見えるんだった。
どうにも、目が悪かった頃の癖が抜けないねえ。
ん?なに真っ赤になってんだい?バカ王子。
また怒ってんのかい?
『俺様ランキングは廃止。
ポイント制も廃止。
代わりに、ミサポイントランキング制度を導入!』
紙にはデカデカとそう書かれていた。
「はい?」
あたしがぽかんと口を開けていると、バカ王子が得意気に笑いだした。
「そんなに驚くほど嬉しいか!
そうだろう!そうだろう!」
いや、たしかに驚いたけど。
「なんだい、これは」
あたしが尋ねると、バカ王子はさらに嬉しそうに胸を張った。
「よくぞ聞いた!
これは、全校生徒の評価をミサに対するポイントで決定するシステムだ!
この学院は、ミサのミサによるミサのための学院に生まれ変わるのだ!」
のだーのだーのだーのだー……
あたしの頭の中にエコーかかっちまったよ。
「な、何を、言ってんだい……」
いけない。
ツッコミもうまく出来ないよ。
「嬉しいか!嬉しいだろう!
これからは俺様のみならず、全校生徒がミサのために存在するのだからな!
ハーッハッハッハッ、ぎゃぶっ!」
気付いたら、あたしは王子の顔面に正拳突きを決めていた。
「今すぐ撤回しなさ~い!」
「なぜだ!やだっ!」
やだって子供かっ!
あ、子供みたいなもんか。
じゃなくて!
「こんなの嬉しくもなんでもないよっ!
いいから、さっさと撤回しなさい!」
「やだやだやだやだ!
や~だ~!!」
「ああもう!
駄々っ子め!」
バカ王子は手足をバタバタさせて、完全におもちゃを買ってもらえない子供になっていた。
「…………どうしても撤回しないのかい?」
「当然だ!」
「…………なら、現時点を持って王子のポイントをマイナスに。
そして、退学。
その後、このシステムの全面撤廃とする」
「そ、そんなぁ~~!」
崩れ落ちる王子。
「撤回しますね?」
「……うん」
勝った。
王子はスケさんカクさんを引き連れて、とぼとぼと帰っていった。
「やれやれ。
まったく、いきなり何を言い出すんだい、あのバカ王子は」
溜め息を吐くあたしに、ようやく正気に戻った2人が飛び付いてくる。
「すごいよ!ミサ!
またお兄様を撃退したね!」
「ああ!
やったな!
見事な会話誘導術だったぞ!」
褒めてくれるのは嬉しいんだけどねえ。
「……あんたら、王子に迫られてるあたしを放ってたよね?」
「「ご、ごめんなさ~い」」
ハモるんじゃないよ。