67.お風呂でフィーナがまたアレで。アルちゃんはなにやらお悩みで
「……まあ、騎獣と思われたのなら良しとしましょう」
ケルちゃんに乗ってるとこをカイルたちに見られたことを説明したら、ミカエル先生は長いこと考えたあと、そう結論付けた。
先生自身がそう思いたかったっていう願望も込められてる気がするよ。
「ですが、これ以上は決してボロを出さないように!
私もいろいろと思うところはありますが、我が国としてはミサさんを手放すのは損失でしかない。
マウロ王国に少しでも渡せば、あの強欲王子は絶対にあなたを返さないでしょう」
人をモノみたいに言ってくれちゃって。
あたしだってここは気に入ってるし、恩のある両親やお兄様。
かわいいクラスメート。
そして何より、ケルちゃんたちと離れたくなんかないよ。
もう二度と、家族と離れるのはごめんだからね。
「……」
「……」
でも……うん。
「なんか、ボロを出す気がしてならないね」
「……まあ、私もそう思ってますよ」
ふふふ、気が合うね、セ・ン・セ(ハート)。
あだっ!
チョップはやめとくれ、チョップは!
「ふ~。
やれやれだね」
ミカエル先生が帰ったあと、あたしはアルちゃんとルーちゃんと一緒にお風呂に入ることにした。
いろいろ大変なことだらけで、それらを全部流してしまいたいという思いだよ、まったく。
あ、ちなみにケルちゃんはお兄様から混浴禁止令を出されてるから、1人悲しくお留守番。
あたしとしては少年なケルちゃんなら別に一緒でも構わないんだけど、お兄様とお父様が許してくれなかったんだよ。
「ああ……お嬢様。
今日もとってもお美しい……。
お嬢様のお体を綺麗にしてさしあげないと、わたくしの1日は終わりませんわ」
……このフィーナが良くてケルちゃんがダメな理由があたしには分からないね。
「……ねえ、ミサ。
私たちはここに来て大丈夫なのです?」
「ん?
どゆことだい、アルちゃん?」
なんだか不安そうな顔してるね?
「……隣国から王子が来てるってことは、私たちがミサと通じてることは絶対バレちゃダメなのです。
ただでさえ西の帝国とは緊張状態にあるですから、友好国の体裁を保っているマウロ王国との親和性を少しでも崩す可能性のあることはしない方がいいのです。
マウロ王国の王子はファーストコンタクトからミサに興味を持っていたですから、ミサの属性や私たちとの関係性を知られたら是が非でも欲しがるです。
ミカエルはそれを避けようとはしてるですが、念には念を入れて、私たちはしばらく森に引っ込んでた方がいいです?」
おおう。
アルちゃん頭いいね。
そんな国際情勢にも詳しいんだね。
……そんな不安そうな顔して、ホントは引っ込んでたくはないんだろ?
「……大丈夫。
大丈夫だよ」
あたしはそんなアルちゃんをそっと抱きしめてあげた。
「心配しないで、これからも好きな時に来たらいいよ。
ここはアルちゃんたちの家でもあるんだから」
「でも……でも、そのせいでミサがマウロ王国に連れてかれたら嫌、なのです……」
しゅんとしちゃって、アルちゃんはかわいいねぇ。
「あたしはどこにも行かないよ。
愛すべき家族がいるここにいる。
そんで、アルちゃんたちも私の大切な家族だからね」
「……ミサ」
ぎゅっと抱きしめ返してくれるアルちゃん。
大丈夫。
ここがあたしの帰るところだからね。
というか、皆がそうしてくれたんだよ。
「なになに~!
なんの話よ~!
私もぎゅーするー!」
「ずるいです!
私もぜひ!
その一糸纏わぬお姿でぜひハグを!」
「……アルちゃん。
ご覧の通り、これらを冷静に止められるアルちゃんが必要なのよ。
頼りにしてるよ」
「……わかったのです」
飛び込んでくるルーちゃんと、メイド服を脱ぎながら近付いてくるフィーナのおかげで、なんだかアルちゃんと何かを共感できた気がするよ。
ここはミサの屋敷の一画。
ミサの父親と兄が執務室にいた。
そしてそこに、少年の姿のケルベロスもいた。
「……いいか。
ケルベロス。
これからミサはいろいろな人間に狙われる可能性がある。
いや、ほぼ確実と言えるだろう」
「……」
静かに話す父親の話を、ケルベロスは真剣な眼差しで聞いていた。
「おまえたち三大魔獣がミサについたことで、ミサの有用性はとんでもないことになった。
それがバレれば、どんな手を使ってでもミサを手に入れようとしてくるだろう。
とくに西の奴らはな。
本来ならば、この屋敷への出入りも禁じて、おまえらとミサとの接触を絶つべきだろう」
そこまで言って、ミサの父親は相好を崩す。
「だが、君たちがミサを慕ってくれているのは十分に分かった」
そして、再び表情を引き締めると、バッ!と椅子から立ち上がった。
兄もまた、同じように立ち上がる。
「だから、父親としてお願いする。
どうか、ミサのことを守ってやってくれ!」
そう言って、2人はケルベロスに頭を下げた。
それは父として、兄として、その地の領主として、国の貴族として、騎士として。
あらゆる感情を引っくるめた上での願いだった。
「……僕は三大魔獣として、魔獣の森の長として、そして、獄狼の王として、森を守るのが一番の使命だ」
「……」
「……」
ケルベロスは頭を下げる2人の大人を前に、表情を変えずに両手を頭の後ろに置いて、後頭部を支えるポーズをとった。
「……でも、狼は家族を大切にする。
家族のために、その命でもって守り抜く。
そんで、ミサは僕の大切な家族だ」
その言葉を聞いて2人が顔を上げると、ケルベロスは照れくさそうに顔を赤くしていた。
2人が顔を見合わせてクスリと笑うと、その場の緊張が解れていった。
「ああ。
それで十分だ。
だが、君も私たちからしたら家族だ。
失ったら悲しい。
命をかけて、皆で生きる道を進めるように、皆で頑張ろう」
「…………うん」
父親に言われて、ケルベロスは真っ赤になった顔を隠すようにうつむいた。
その口元は微かに口角が上がっているように見えた。
「ケルちゃーん!
出たよー!
おやつ食べるからおいでー!」
「! いま行くー!!」
ミサの呼ぶ声を聞いて、ケルベロスは部屋を出ていった。
「……守りましょうね。
全員」
「……ああ、もちろんだ」
2人だけになった部屋で、父と兄はその決意を互いに交わしあった。