63.残念なバカが2人に増えたとさ
「ふむ、大陸歴867年はアルベルト王国と北のノーススノーが正式に国交を開始した年だな」
おお。
「1210年に起きた帝国による世界侵攻のことを彼らは世界浄化作戦と自称した」
へー。
「さらに……」
「……あー、カイル君?
別に指していないし聞いてもいないので勝手に答えないように」
うん。
授業だからって教室に戻ったあと、なんかよく分かんないけど、ミカエル先生が普通に授業を進めてるのに、この人なんか勝手に1人で答え始めたんだよ。
「どうだ!ミサ!」
え?
何が?
「博識な俺!
カッコいいだろ!」
お、おおう。
なんか、キュピーンって効果音が聞こえてきそうなぐらいに輝かしい笑顔だね。
「ふふふ、シリウスと学年が違うことを利用して、同じ授業を受けている今のうちにミサにアピールしておくのだ」
うん、丸聞こえだよね。
それ、心の声なのかい?
それとも盛大な独り言かい?
でもね、そろそろ静かにした方がいいよ。
なんで私がさっきからノーリアクションで黙ってると思う?
うちにはね、悪魔より恐ろしい魔王がいるんだよ……。
「さあ!
ミサ!
俺の叡智に酔いしれるがい……へぶふぉっ!」
「……少し静かにしましょうね」
……先生ナイスコントロール。
チョークってそんな弾丸みたいに投げられるんだね。
先生、瞳孔開いてるよ?
さすがにそれで笑ってるとすごい怖いからやめな?
「さ、授業を続けますよ」
そのあとは平和に授業を受けられたよ。
結局カイルが目覚めたのはお昼になってから。
まあ、座学は1つ下の学年の授業を受けなくてもいいレベルみたいだし、これからも午前はちょっと倒れててもらえると助かるね。
「ミッサ!フォン!クーーールベルトぉーーー!!」
「誰がミッサだ!」
「ぶほぁっ!」
食堂に行けば、うちとこの王子が足早に参上して、それにあたしがアッパーカットをくらわす。
もはやお昼の日常風景。
学院の皆ももう慣れたもので、まったく意に介さずに食事を続けてる。
「ミサミサミサミサ・シフォン・シートベルトー!!」
「いろいろ違う!」
「はぐぁっ!」
安全運転オッケー!じゃないわ!
そんで、新たな恒例行事の追加。
お隣のマウロ王国の王子が気絶から復活して参上。
それに後ろ回し蹴りをかますあたし。
さすがにまだざわつく生徒たち。
大丈夫、そのうち慣れるよ、みんな。
「ミサミサ!
大丈夫か!?
この軟派ヤロウにしつこく迫られてないか!?」
「てゆーか、ミサミサ言うな」
なぜだか、やたらとあたしを心配するシリウス。
なぜにこやつはそんなに毎日気にかけてくるのか。
あ、あたしが貴重な闇属性持ちだからか。
他国に行かれたらアルベルト王国にとっては損失なわけだしね。
王子としてちゃんと見張ってるわけか。
なかなか仕事熱心じゃないかい。
「軟派ヤロウとは心外な!
俺は俺の女を満遍なく愛することが出来るだけだ!
それに、誰彼構わず声をかけているわけではないのだぞ!」
なんか、残念な人だね。
こういうのが、皆に声をかけてるわけじゃないさ、なんてことを誰彼構わず言ってるんだろうね。
やだやだ。
「私デザート取ってこよ~」
「あ、クラリス、あたしも行くよ」
こんな感じで終始言い合ってる王子2人をスルーしてご飯を美味しく食べるのが最近の日課。
「あ、クラリス殿下、それなら私が取りに行きます」
「いーよ、もう立っちゃったから。
それより、スケイルもなんかいる?」
「あ、申し訳ありません。
では、プリンを」
「はいは~い」
「俺も行こう。
クレア、何かいるか?」
「え?あ!
すみません!
……えと、ではケーキを何か」
「了解だ」
「ほら!
ジョンさん!
あーんですわ!」
「じ、自分で食べられますって、シルバ先輩!」
「またまた照れちゃって~!」
「食べた気しないよ~!」
んで、シリウスに同行してるスケさんカクさんも一緒にご飯食べるのも日課。
それにあたしがニマニマするまでがセット。
ジョンは……頑張れ!
「はぁ~~~~……」
「おやおや、すごいため息ですね」
「……サリエル」
自身の研究室で大きくため息をついていたミカエルの元をサリエルが訪ねる。
「原因はなんだと思ってるんですか、まったく」
「心当たりはありませんね~」
サリエルのとぼけた顔に、ミカエルは再びため息をつく。
少し頬を膨らませているように見えるのは気のせいかもしれない。
「……はぁ。
それで?
今回の留学の本当の目的はなんなんですか?」
「あ~、それなんですけどね~」
ミカエルにじっと見つめられながら尋ねられると、サリエルは居心地悪そうに頭をポリポリとかいた。
「……魔獣の森の異変に関して、妙な噂がたってます」
「……!」
ピクッとミカエルの肩が揺れる。
「……はあ。
やれやれ。
どうやら心当たりがあるようですね」
サリエルは見当がついていたのか、苦笑いでため息をついた。
「……それを調べに来たと?」
ミカエルから黒い魔力がうっすらと立ち昇る。
「いやいや、怖い魔力漏れてますから。
まだ大丈夫ですから落ち着いてください」
「……」
サリエルに指摘され、ミカエルは殺気にも似た魔力を抑える。
「マウロ王国にも聞こえる噂。
魔獣の森に近い帝国にも当然届いているでしょう」
「……」
「うちはあの王子が興味を持ってしまいましてね。
何とか私も同行するようにねじ込みましたが、あのバカは勘が鋭い。
どうやら、一発で異変の原因を突き止めたようですね」
「……ちっ」
ミカエルは珍しくイラついているようだった。
「初めはうちの王子をおとなしくさせておけばいいかとも思いましたが、帝国の隣国であるアルベルト王国にいるよりは、いっそマウロ王国に一時的にせよ、避難させておくのも手かなとも思っています。
なので、私は王子の奇行を止めないでみようかと考えているのですよ」
「……その言い方。
もう完全に理解しているわけですね」
「そうですね。
あ、王子は知りませんよ。
私の能力あってのことなので。
それに、誰にも言うつもりはありませんから安心してください。
私はミカエルさんの味方です」
「……サリエル。
いいのですか?
あなたはマウロ王国付きの魔導天使でしょう?
王の命に反するのでは?」
「我々魔導天使は国を守るために在るのであって、王を守るために在るわけではない。
守るべきは王ではなく国。
ひいてはそれによって成される世界そのものです。
それを違えてはならない。
それを教えてくれたのは、他ならぬあなたですよ。
ミカエル先輩」
「……その通りですね。
心遣い感謝します」
サリエルにそう言われ、ミカエルは肩に入った力をふっと落とした。
「……まあ、それをはき違えた輩のせいで大変なことになっている国もあるのですが」
「……」
ミカエルとサリエルはその国がいずれミサたちに手を伸ばすであろう未来を想像して、2人で大きくため息をついたのだった。




