6.一番あざといのは誰だい?
「よっ!
おまえら、選択科目何にすんの?」
ホームルームが終わると、隣にいた男の子が突然話し掛けてきた。
「えっと、あんた……あなたは?」
いけないいけない。
言葉遣いには気を付けなきゃね。
もうだいぶ手遅れな気がするけど。
クラリスにはもう普通に話しちゃってるし。
「俺はジョン・ケーテル!
よろしくなっ!」
ころころ笑って、子犬みたいに可愛い男の子だね。
茶色の短髪が、なんだか柴犬みたいじゃないかい。
「ワタクシハ、ミサだ、ですわ。
よろしくお願いしますわ、ね」
「私はクラリスよ。
よろしく~。
ミサ。なんか話し方変じゃない?」
クラリス、静かに。
「そんな無理して畏まんなくっていいって。
どうせ、入学式の大立ち回りでバレバレなんだしよっ!」
「なんだ、そうかい」
からからと笑うジョンに、あたしは正直安心した。
あんなお嬢様しゃべりをずっと続けていける自信なんか、これっぽちもなかったからね。
お母様には、あとで土下座でもなんでもしておこうね。
「ジョンは選択科目なににするの~?」
クラリスが首をコテンと倒してジョンに尋ねる。
クラリス。それ、勘違い男を大発生させるから、ほどほどにしときなよ。
「俺は武術学と実践武術だ!」
ジョンが胸を張って宣言してる。
どうやら、ジョンにはクラリスの天然あざと攻撃が効かないみたいだね。
なにせ、他の子たちがあたしたちに声をかけようと機会を狙ってる所に、あっさり入り込んできたぐらいだからね。
相当のやり手か。
ただのバカか。
まあ、後者の気配はぷんぷんするけどね。
「俺の家系は騎士の家系なんだ。
だから、学院ではとことん腕を磨いて、卒業後は王宮騎士団に入団するのが俺の夢であり目標だ!」
「そうなんだ。
なかなかカッコいいじゃないか」
夢に向かって努力する男は嫌いじゃないよ。
「おう!
そうだろ!」
ジョンは腰に手を当てて、これでもかと胸を張ってのけ反っている。
あのバカ王子もこれぐらい可愛げがあればいいんだけどねえ。
「いたな!
ミサ・フォン・クールベルト!」
「なっ!
クソバカ王子!?」
噂をすれば何とやら。
先ほどの最低クソバカ俺様王子様がご登場だよ。
「お、おい!あれ!」
「シリウス王子だ!」
「きっとミサさんに復讐に来たんだ!」
「ヤバいぞ!
誰か助けてやれよ!」
「いや、無理だって!」
バカ王子の登場で教室がザワついている。
王子は廊下の窓に手をついてあたしを見据えている。
ずいぶん息が上がってるねえ。
もしかして、ホームルームが終わってから、ここまでダッシュしてきたのかい?
だとしたら、ずいぶんご苦労なこって。
「ふっふっふっ。
ついに見つけたぞ。
まさか、A~FまであるクラスのFクラスだとはな。
探すのが大変だったぞ」
ぜーぜー言ってるよ、この人。
Aクラスから順に飛び込んでいったのかね。
バカだから有りそうだね、この王子なら。
「貴様っ!
さっきはよくもやってくれたな!
なかなか良い度胸だ!
これから、楽しくなりそうだぁ!」
「やれやれ、わざわざそれを言うために来たのかい。
ほんとにおバカなんだねえ」
「な、なんだとぉ!」
顔を真っ赤にしちゃって、せっかくのイケメンが台無しじゃないかい。
「貴様!
俺様をナメてると痛い目を見るからなっ!
足を洗って待っていろ!」
「洗うのは首だろう。
カタギになるヤクザさんかい」
「かた?や?
ええい!
ワケの分からないことを言うなっ!」
勢いでゴマかしたよ、この人は。
「だいたい!俺様は貴様をだな……あだぁっ!」
「えっ!?」
バカ王子様が突然、頭をはたかれた。
今回はあたしじゃないよっ!
「ク、クラリスさん?」
そう。
クラリスが可愛い顔を精一杯怒らせて、バカ王子の頭を教科書でどついたんだ。
いやいや、あんたもけっこうやっちまってないかい。
「なっ!何をするっ!
クラリスっ!」
おや?王子様が困った顔してるよ。
知り合いなのかい?
「ミサにちょっかい出すのは私が許しませんよ!
お兄様!」
「お、お兄様ぁ~!?」
え?
このバカ王子がお兄様ってことは、クラリスってもしかして、お姫様、なのかい?
「お、おい、聞いたか、今の」
「シリウス王子の妹っ!?」
「いや、たしかに、アルベルト王国には2人の王子の他に、姫もいるって聞いたことがある。
とっくに王位継承権を放棄しているから、表舞台には出てきていなかったらしいが」
「クラリス様が、その……」
どうやら、他の生徒たちもクラリスがバカ王子の妹だってことは知らなかったみたいだね。
それを、こんなことで大々的に晒しちゃって良かったのかい?
当のクラリスは腰に手を当てて、頬を膨らませてぷんすかしている。
「ク、クラリス。
おまえもこのクラスだったのかっ!
い、いや、違うんだ!これは!」
「言い訳無用!」
「あだっ!」
おお!
2発目!
どうやら、このバカ王子は妹には弱いみたいだねえ。
「と、とにかく、あ、く、首を洗って待っていろ!
ミサ!
俺様を敵に回したことを後悔させてやるからなっ!」
いま、足って言いかけたよねえ。
「あー、はいはい。
期待せずに待ってることにするよ」
「うっ!
ぬぬぬぬぬ」
あたしがバカ王子に顔を近付けながらそう言うと、王子は顔を真っ赤にしながら去っていった。
「やれやれ、前途多難だね」
「ミサっ!」
「おわぁっ!」
クラリスがまたあたしに飛び付いてきた。
「ミサのことは私が守ってあげるからね!」
なんだい。
ずいぶんイケメンなこと言うじゃないかい。
女も惚れさせる気かい?
「俺様は、俺様はお前を見返すんだ。
お前を振り向かせるためなら、俺様は、頑張るぞ……」
真っ赤な顔のままずかずかと教室に戻っていく王子の独り言を聞いている者はいなかった。