57.ちょいとお邪魔させてもらうよ
「ふんふふんふんふ~ん♪」
馬車が揺れる。
御者が巧みに手綱を操り、馬は道を行く。
街道は整備されてはいたが舗装されているわけではないので、それなりに馬車の内部も揺れる。
そんな馬車の中で仰向けに寝そべり、陽気に鼻歌を歌う若い男。
身なりから、それなりに高貴な人物なのだと分かる。
「ずいぶんご機嫌ですね」
そんな若い男の横でローブを羽織り、正座している男性。
年は20代ぐらいだろうか。
真っ白な肌に金色の髪が映える緑色の瞳の男。
右目にはモノクルをつけている。
見た目の年の割にはずいぶん落ち着いて見える。
「まあな!
なにせ、久しぶりの外国遠征だ!
しかも武も魔も優秀なアルベルト王国!
これを楽しみ以外でどう表現しようか!
なあ!サリエル!」
「はあ。
あなたの目的はそれだけではないのでしょう?」
話を振られたサリエルが呆れたようにモノクルを直す。
「そう!
何より、女の子がかわいい!
ああ!
今回はいったいどんな素敵なロマンスが俺を待っているのか!」
男は興奮を抑えきれないといった様子で、寝そべっていた体を勢いよく起き上がらせた。
褐色の肌に、肩につきそうなぐらいの長さの黒い髪。
民族模様のバンダナであげられた前髪が揺れる。
「はあ。
少しは自重してください。
あなたはもうマウロ王国の王太子なのですからね、カイルさん」
「わーかってるよ~。
やれやれ、我が国唯一の魔導天使様は厳しいね~」
カイルと呼ばれた王子はたいして気に止めていない様子で手のひらをひらひらさせた。
「王子、それは一応国家機密なのですが……」
「あー、そうだったねー。
それはすまんね~」
「はぁ」
馬車内に2人だけで、かつ防音結界を張っていたので注意しただけで済んだが、そうでなかったら話を聞いていたかもしれない御者を始末しなければならなくなる。
サリエルはカイルの奔放さに振り回され、毎度ため息をついていた。
しかも、防音結界があることを知っているからそういうことをやってくるのである。
陽気で呑気に見せて、しっかりと冷静に頭が回る。
そんなつかみどころのない王子にサリエルは心労が絶えなかった。
「……何事もなければ良いのですが」
そんなサリエルの呟きは当然のようにぶち壊されるのだが。
それはわりとすぐのことだった。
突然、ガタン!と馬車が大きく揺れて止まる。
馬車を引く馬がヒヒーン!と鳴く声が聞こえた。
「おわっと!」
「何事ですか!」
サリエルが御者台側の布を上げると、御者が両手を上げていた。
「も、申し訳ありません。
盗賊です……」
御者は震える声でサリエルの方を振り向く。
御者にはあらかじめ盗賊の類いが出たら抵抗せずに馬車を止めるように言ってあった。
ここはアルベルト王国とマウロ王国の国境付近。
友好国である両国の間に関所の類いはなく、近場の町が入国手続きの場となっていた。
その弊害が盗賊などの野盗だ。
基本的に自国で起きた犯罪はその国で裁くが、国が違えば法も違う。
国境を越えれば手続きも必要。
そのため、国境付近の警備は複雑なものとなっていた。
現在、その部分をどうするかを王国上層部同士で協議しているようだが、現状ではそれが追い付かず、国境付近に盗賊や山賊が蔓延っているのが現状であった。
「まあまあ立派な馬車だなー!
きっと金目のものをたくさん積んでんだろーぜー!」
盗賊の頭と思われる男が大きな斧を肩にかついで叫ぶ。
「やれやれ、うるさいですね」
サリエルがふわっと馬車から降りて、震える御者の横に立つ。
「サリエルー!
手を貸すかー?」
「結構ですから、あなたは馬車に引っ込んでてください」
「ちぇー」
盗賊の数は30人ほど。
それだけの武器を持った男に囲まれているというのに、サリエルたちは至って冷静だった。
「ここには私とあの方しかおりません。
積み荷もありません。
あなた方が襲う利はないでしょう。
お引き取り願いましょうか」
サリエルが冷静に話すが、盗賊たちはそれを鼻で笑う。
「ふん!
どうせお偉いさんだろ!
そんなら、あんたらを人質にして身代金でももらうとするぜ!
おい!おまえら!
捕まえろ!」
頭の声におう!と応え、男たちがサリエルたちを捕らえにかかる。
「……愚かな」
サリエルがため息をつきながら魔法を放とうとすると、
「ちょぉっと待ったぁ~!!!」
「「「へ?」」」
「ぶあっ!」
そこに、ケルベロスに乗ったミサが登場し、盗賊の頭を吹き飛ばしたのだった。