56.閑話:3人の子とジョンの苦悩
「ミ、ミサ。
すまない。
もう一度言ってくれないか?」
「お父様。
だから何度も言ってるでしょ。
この白い振り袖の子が盲目の蛇さんで、この赤毛の子が即死の蜘蛛さんだよ」
「で、僕が獄狼の王!」
うんうん、よく言えたね、ケルちゃん。
「そ、それは知っているが」
う~ん。
お父様ってば、完全にビビっちゃってるね。
「まあまあ、いいじゃないですか、あなた。
この子たちもケルちゃんみたいに良い子たちなんでしょ?」
「お母様。
そうだね。
3人とも良い子だよ」
あたしがそう言って皆の頭を撫でてやると、3人は嬉しそうに目を細めた。
ケルちゃんは思わず出ちゃった7本のしっぽをフリフリしてる。
「なら、私は大歓迎よ!
ロベルトもミサももうほとんど手を離れちゃってるし、また子育てを出来るなんて嬉しいわ!」
両手を合わせてほくほく顔のお母様。
さすがだね。
「さすがはミサのお母様なのです。
美しいだけでなく、聡明なのです」
「ホントね!
ミサもキレイだけど、お母さんもすごいキレイ!」
あら、ついでにありがとね。
「そーだよ!
それに、ママの作るお菓子はすごく美味しいんだ!」
ケルちゃんはこっそり作ってもらってるよね。
バレてるんだよ。
「やーん!
みんなお上手ね~!
よーし!
ママ、すんごいケーキ作っちゃう!」
「「「わーい!」」」
そう言って、張り切ってキッチンに向かうお母様。
やっぱり母は強しだね。
それに比べて、
「ロベルトお兄様はいつまで剣を構えてるだい?」
男はホントしょうがないね。
「そ、そんなこと言っても、あの三大魔獣だぞ?
厄災とまで言われた魔獣が3体揃っていて、なんで母様はあんなに平然としていられるんだ」
「皆が無害だって分かってるからだろ。
とにかく、危ないからその剣をしまっとくれよ」
「し、しかし……」
「やれやれ」
ロベルトお兄様は騎士団として魔獣と前線で戦ってきてるから、ケルちゃんたちのスゴさがより分かるんだろうね。
とはいえ、こんないたいけなお子ちゃまに剣を向けるなんてダメだよ。
「……フィーナ」
「はい、お嬢様」
「え?
あっ!」
あたしが声をかけると、どこからともなくメイドのフィーナが現れて、ロベルトお兄様から剣を奪い取った。
「おー!早いわね!」
「すごい技なのです」
その動きに蛇さんと蜘蛛さんが声を上げる。
「メイドの嗜みでございます」
フィーナが恭しくお辞儀する。
いや、絶対普通のメイドさんはこんなこと出来ないでしょ。
フィーナも謎が多い人だね。
「あ!
そうだ、ミサ!
いつまでも蛇だの蜘蛛だのじゃ呼びにくいでしょう。
ケルちゃんみたいに名前をつけてあげなさいよ」
お母様が戻ってきて顔だけを覗かせてそう言うと、再びキッチンに戻っていった。
名前か。
たしかにそうだね。
蛇さん蜘蛛さんじゃ呼びにくいしね。
「名前かー。
2人って名前とかあるの?」
あたしが尋ねると、2人は上を見上げて考える仕草を見せた。
「私は、アルビノだからアルビナスって呼ばれてたのです」
ふむふむ、アルビナスね。
「私は特にないわねー。
あ、戦ったことのある騎士?みたいなヤツらはレッドクリムゾンとか、赤黒の悪魔とか呼んでたかも」
……騎士はあれかい?
あっちの世界の男の子がかかる厄介な病気にかかってるのかい?
黒き稲妻とか、蒼き龍の咆哮とか、姪の友達がよく話してたね。
んー、蜘蛛。
スパイダー、タランチュラ、アラクネ。
蜘蛛のくーちゃん。すーちゃん。たらちゃん、は怒られそうだね。アラちゃんも、なんか違うし。
「……あなたには、ルーシアって名前があるのです」
「え?
そうなの?」
蛇さんが呆れ気味に蜘蛛さんにそう言った。
なんだ、名前あったんだね。
「あ、そうだっけ?」
忘れてたんだね。
けっこううっかりさんみたいだね。
「おっけー!
じゃあ、蛇さんはアルビナスのアルちゃん!
蜘蛛さんはルーシアのルーちゃんで!」
「「はーい!」」
うんうん。
こうして、我がクールベルト家にかわいいかわいい妹が2人も加わったんだ。
「あ、ちなみに、私は400歳でルーシアは300歳なのです」
「僕は350歳!」
「……えっ?」
あたしは何も聞かなかったことにしたよ。
「いやー、悪かったよ。
ジョンたちのことを忘れてたわけじゃないんだけどさー」
「ふーん!」
演習が終わって、皆で食堂で団欒していると、ジョンがへそを曲げてしまっていた。
あまつさえ、あたしたちのせいで魔獣が大量に押し掛けて大変だったのに、あたしたちがジョンのことを忘れて皆で行動してたのを怒ってるらしい。
それで、今は皆でジョンのご機嫌を取ってるところだよ。
「ほーら、ジョン。
あんたの大好きなマウロ牛のステーキだよー!」
「ほら、ジョン!
私のケーキのイチゴもあげる!」
「わ、私は、えっと、そうだな。
け、剣を磨いてあげよう!」
「ふんふんふーん!」
ダメだね。
食べ物でつろうとするあたり完全に子供扱いだけど、本人は怒るのに必死で気にしてないからまあいっか。
しかも、ジョンがへそを曲げてる理由は他にもある。
「ジョン君!
来ましたわよ!」
「げっ!」
噂をすればシルバ先輩。
どうやら、演習でのジョンの頑張りを認めたとかで、ジョンを自分の婚約者にしようとしてるみたいなんだよね。
「さあ!
今日こそはワタクシの婚約者になってもらいますよ!
さあ!さあ!さあさあさあ!」
すごい圧だね。
でも、シルバ先輩は黙ってれば美人なんだし、ジョンは嬉しくないのかね。
「お、俺は、婚約者を作るつもりは、ないんです!」
騎士志望のジョンは政略的な結婚は望まないらしい。
シルバ先輩はかなり良い家柄のお嬢様な上に一人っ子だから、結婚したら婿として家を継がないといけない。
そうなると騎士にはなれないから、ジョンは押しの強いシルバ先輩から何とか逃げているらしい。
「そんなにも頑なとは、ますます気に入りましたわ!」
「なんで~!」
「それとも、どなたか心に決めた方でもいらっしゃるのかしら?」
「そ、それは……」
ん?
なんか、ジョンがこっち見てるね。
シルバ先輩に押されて離れちゃったからよく分かんないけど、助けを求めてるのかね。
「……べつに、いないけど」
「それなら何の問題もありませんですわねー!」
「わー!
抱きつかないでくださいー!」
……ジョン、ファイトだよ。
「……あー、時間だー。
そろそろ授業に行かなきゃー」
「わー、ホントだー。
急がなきゃー」
「え?
あ、あー、そーだなー。
行こーかー。
ミサ、クラリスー」
「お、おい!
待ておまえら!
見捨てる気か!」
ジョン。
死して屍拾う者なし、だよ。
その後、ジョンの機嫌が直るのに1週間かかったのは言うまでもないね。