55.なんだかまた厄介事が起こるみたいだよ
ここはアルベルト王国の王城。
その中の、王の執務室。
人払いをしたその部屋で、王とミカエルが例によって報告を兼ねた話し合いを行っていた。
「……と、いうわけで、今回の演習は死者もなく、無事に終了しました。
課題を達成できなかった生徒もいますが、まあ、健闘はしていたので許容範囲でしょう」
執務机の前に立つミカエルの報告を、王は書類に目を通しながら聞いている。
「ふむ。
ご苦労だったな。
それで?
例のご令嬢はどうだったんだ?」
「ミサ君ですか。
ご指示通り、あの森の三大魔獣を従わせることに成功しました……」
ミカエルはそう報告したが、何やら含みがあるようだった。
王はそれに気が付き、顔をあげる。
「……なんだ?」
「……魔獣の森は西の大国との国境付近に存在します。
停戦協定を結んでいるとはいえ、火種は燻っている。
今回のミサ君への課題は、有事の際の戦力確保ですか?
森やミサ君に危険が迫っていると言えば、彼らは我々に力を貸すでしょうから」
「ふっ。
そんなことせずとも、奴らはすでにお前の協力下だっただろう?」
「いえ、私のはあくまで森を保護するという共通の目的のために成された盟約です。
そのままならば、おそらく彼らは森以外の窮地には無頓着だったでしょう」
「それが、今回の一件で変わったわけだ」
王はふっと口角を上げる。
「ミカエルよ。
王というのはさまざまな視点から物事を見ていかなければならないのだよ」
「……ご慧眼、お見それしました」
ミカエルは言いたいことのすべてを飲み込んで、ただ頭を下げた。
「……それよりも急を要する案件は他にある」
「……ああ、例の件ですね。
本気なのですね」
頭を抱える王に、ミカエルも察する。
「うむ。
どうやら、そのつもりのようだ。
あちらに頼まれれば、条約の関係上、こちらは断りづらい」
「ならば、お受けするしかないですね」
2人は揃って、はぁと溜め息を吐く。
「まったく、なぜ東の隣国との間に交換留学制度など設けたのですか」
ミカエルが呆れた様子でソファーに腰掛けた。
「あの時はまだ西の大国と一触即発の状態だった。
西を牽制する意味でも、東との講和条約をより早急に進める必要があった。
その効力を簡単に、かつ即時に示すことができたのが交換留学だったのだ」
王が珍しく冷や汗をかいている。
「はぁ。
今では学生がどちらの国の学院に進むのかをある程度選択できるようになっていたから忘れていましたよ、そんな条約」
ミカエルも自らの失念に頭を抱える。
「まさか、東のマウロ王国の第一王子自ら交換留学を名乗り出るとは、ですね」
ミカエルの言葉を聞いて、王はさらに顔色を青くし、それでも何とか目にきっ!と力を入れた。
「かの国の王太子は好色な上に珍しい物好き。
訪問する国々でさまざまな女性に手をつけたと話題になっている。
よいか、ミカエル。
けっして、けっして!
ミサ嬢をあの王子と引き会わせるでないぞ!」
王は最後には立ち上がって、ミカエルにそう厳命していた。
「……まあ、尽力はしますよ。
でもまあ、なんとなく無駄な労力に終わりそうな予感しかしないですがね」
溜め息をつくミカエルの様子に、王はすとんと椅子に再び腰をおろした。
「……私もだ」
そして、執務室に2人分の溜め息がいつまでも続いた。




