5.リスと出会ったよ
その後、突然講堂を出ていった王子様ご一行に驚いて、教師たちが入ってきた。
事情を把握しきれない先生たちは、とりあえず生徒たちを各教室に案内することにしたみたいだ。
「やれやれ、やっちまったねえ」
頭をかきながら、1人でとぼとぼと教室に向かっているあたしに、後ろから忍び寄る影があった。
「わあっ!」
あたしは突然後ろから飛び乗られて、思わず変な声が出てしまった。
「見てたよー!
すごかったね!
あなた!」
「な、なんだい」
慌てて後ろを振り返ると、小さな可愛らしい女の子があたしにしがみついていた。
どうやら、飛び付いてきたのはこの子みたいだね。
「カッコよかったよー!
嫌味なクソ王子様のことをスパコーン!って殴り飛ばすんだもん!」
少女はあたしからピョンっと飛び降りて、シュシュッとシャドーボクシングをしながらはしゃいでいた。
「あ、あなたは?」
「私?
私はクラリス!
ミサだよね!
私も新入生なんだ!
よろしく!」
なんだか、リスみたいな子だね。
二つ結びにしたブロンドの髪が、ぴょんぴょん飛び跳ねるのに合わせて揺れている。
毛先にウェーブがかかってて、艶々してて、とても素敵だね。
背の低さも相まって、なんだかちっちゃい子供に見えてきたよ。
「よ、よろしくね」
差し出された手を握ると、ぶんぶん振り回された。
やめとくれ、年寄りにはしんどいよ。
あ、今は若いんだった。
どうやら、クラリスも同じ教室らしい。
教室に入ると、あたしたちの周りに人が集まってきた。
「ミサさん!
すごかったね!
カッコよかった!」
「ぜひ!
一緒にお話しましょう!」
「いや、ミサさんは俺たちと話すんだ!」
「なによ!
ずるいわよ!」
「なんだよ!」
「好きです!」
「誰だ!どさくさに告白したの!
ずるいぞ!」
そんなに同時に話されても分からないよ!
「騒がしいですね。
とっくにホームルームは始まってますよ。
さっさと席につきなさい」
助かった!
先生が来たことで、生徒たちはしぶしぶ席についた。
教室は大学の講義を聞くような段のついた席ではなく、小学校とかの、平らな床に机を並べたタイプの教室みたいだ。
私は廊下側の真ん中の席。
こちらにも窓がついていて、窓を開けると廊下が見える。
「席近くて良かったねー」
前の席にいるクラリスがこちらを振り向いて声をかけてきた。
可愛らしい笑顔には確かに癒されるから、あたしも嬉しいよ。
「私は今年度の皆さんの担任を務めます、ミカエルと申します。
よろしく。
では、ホームルームを始めます」
先生は端的に自己紹介をして、話を先に進める。
ずいぶん御大層な名前だこと。
なんだか冷たそうな感じだねえ。
それにしても、ずいぶん美形な先生だね。
当然、前のあたしよりも若いんだけど、20代かね。
肌なんかもまだツルツルだよ。
長い青の髪を後ろで縛っちゃって、前の世界ならPTAに怒られるとこだね。
瞳も、蒼なんだね。
背も高いし、こりゃあ女子がほっとかないね。
実際、ポーッとしちゃって、先生の話が耳に入ってない子もいるみたいだ。
おっと、あたしもしっかり聞いとかないと。
なんせ、あたしのこの世界での常識は付け焼き刃だからね。
これ以上ボロは出せないよ。
「いいですか。
当学院においては通常科目の他に、
武術学。実践武術。
魔法学。実践魔法。
そして、戦術学があります」
先生が黒板に板書しながら解説してくれる。
手を使わずに、チョークを宙に浮かせて。
すごい手品だね!
あんまり詳しくはないんだけど、これが魔法ってやつかい!
なんとかポッターみたいじゃないかい!
にしても、そんなに科目を詰め詰めにして大丈夫なのかね。
履修単位とかどうなってるんだい。
夜中まで授業とかだったら、たまったもんじゃないよ。
「ちなみに、これらは選択制になっています。
5限までの通常科目終了後に、各講師の元で選択した科目を受けてもらいます。
最大で2科目まで。
最低でも1科目は履修してもらいます。
放課後、各科目の講師陣から科目内容の解説があります。
興味のある科目の教室に行ってみてください」
なるほどねえ。
ゼミみたいなもんかい。
それなら、まあ何とかなるかね。
さて、あたしは何にしようかねえ。
「ねえねえ!
ミサはどれにするの?」
クラリスが後ろを振り向いて尋ねてくる。
可愛らしく小首を傾げて、まったく、可愛いじゃないかい!
「そーだねえ。
ちょっとどんなのか想像つかないねえ。
クラリス。
あんたはどうするんだい?」
「私はねえ!
魔法学と実践魔法にするよ!
魔法はけっこう得意なんだ!」
「そうなんだね」
魔法かぁ。
前の世界じゃ、まったく馴染みのないもんだったから、どんなんか全然想像つきゃあしないよ。
かといって、運動が得意ってわけでもないから、武術系もちょっとねえ。
いっつも、町内会の運動会じゃあ皆の足を引っ張ってたからねえ。
戦術学?てのもよく分からないし。
「ミサは、魔法はとく……いたぁっ!」
「わっ!」
「ホームルーム中は静かに」
ミカエル先生が後ろを向いてるクラリスの後頭部にチョークを激突させた。
先生が空中に浮かせたチョークをけっこうなスピードで飛ばしたのを見てたあたしとしては、クラリスが大丈夫か心配になるよ。
女子にも容赦ないんだね、この先生は。
あんまり逆らわないようにしないと。
「だ、大丈夫?」
2人して先生に頭を下げてから、あたしはクラリスに尋ねてみた。
「うぅ~。
絶対たんこぶ出来たよ~」
涙目で後頭部を抑えるクラリス。
ごめんよ、その姿も可愛く思っちゃったよ。