43.手を出してはならない禁忌の魔獣がいるみたいだよ?
「ふう。
さて、ここはどの辺りなのかね?」
あたしと王子はミカエル先生の転移魔法で魔獣の森のどこかに転移させられたみたいだ。
「……」
「……なに黙ってるんだい?」
王子が珍しく黙ってるよ。
あたしはてっきり森に着いた途端、
「優勝は俺様たちだ~!
いくぞ~!」
とかって暴れだすのかと思ったけど、
「……ミサ・フォン・クールベルト。
課題の紙をもう一度見せてみろ」
「ん?
はいよ」
あたしはやけに真面目な顔をした王子に、課題の書かれた紙を渡した。
「……あのクソ教師め!」
王子は紙を改めて見ると、そう言って、紙をぐしゃっと握り潰した。
「ど、どうしたんだい?
らしくないじゃないか!」
「……ふむ。
ミサ・フォン・クールベルト。
優勝は諦めよ」
「ん?
あ、はぁ」
というか、初めから優勝とかないけどね。
「……魔獣の森には、決して手を出してはならないと言われている魔獣が3体いる。
そして、そいつらを従わせるなど不可能なのだ」
ん?
なんか始まったよ?
「1体目は盲目の蛇。
目がないはずのその蛇の額に隠された第3の目を見て、帰ってきた者はいない」
「ん?
それなら、盲目ではないんじゃないかい?
それに、帰ってきた者はいないのに、どうしてそんなことが分かるんだい?」
「うっ!
……う、うほん。
つ、つぎだ」
あ、はいはい。
「2体目は即死の猛毒蜘蛛。
夏の終わりから冬の終わりまでという長い期間活動し、牙はおろか、爪がかすっただけでも全身に毒が回り、瞬時にその者の命を奪うという」
「え~と、あたしの知ってる季節と同じなら、今はまだ春だね。
良かったね。
ちょうど活動期間じゃないよ」
というか、先生はそのためにこの期間にしたんじゃないのかね。
「んなっ!」
王子がショックを受けた顔をしてる。
もっと恐ろしげに怖がってほしかったのかね。
仕方ない。
最後の1体は思いっきり怖がってあげるとするかね。
さすがに可哀想になってきたよ。
「……ふふふ、最後の1体はな。
その恐ろしい牙は人の頭など丸かじり。
爪を振るえば、人間など跡形も残らない、まさに恐怖の象徴!」
な、なんかスゴそうだね。
「まさにこの森の頂点!
その魔獣の字は!」
「あ、字は?」
「獄狼の王!」
ん?
「その名もケルベロス!」
うん、聞いたことあるね。
「ん?
ていうか、あんた、自分で倒したの忘れたのかい?」
「は?
何を言ってるんだ?
ミサ・フォン・クールベルトはアホなのか?」
いや、あんたに言われたくないよ。
でも、おかしいね。
あの時、たしかに授業でケルちゃんはこの王子と戦ったはず……。
あ、そうか!
ケルちゃんがあたしに懐いちゃったから、先生がクラリス以外の、皆の記憶を消したんだった!
だから、コレはケルちゃんのことを知らないんだ。
「あ、あー、えーと」
どうするかね。
なんて誤魔化そうかね。
「シャー!!」
「へ?」
そんなことを考えてると、あたしの後ろからでっかい蛇が現れた。
「なっ!
盲目の蛇!」
おおう!
噂をすればだね!
「ど、ど、ど、どうするんだい!
なんか、おでこの目を出させちゃダメなんだろ!?」
「くそっ!
仕方ない!
ミサ・フォン・クールベルト!
こいつは貴様の手に余る魔獣だ!
俺様が倒してやるから、よおく見ておけ!」
「おっけー!
頼んだよ!」
あたしは大人しく王子の後ろに隠れることにした。
盲目の蛇が大きな口を開けながらこっちに向かってくる。
「ん?
ふふ。
ふふふ、ふははははは!
そうだ!
俺様に任せておけ!
俺様は強いからな!」
え?
なんか気持ち悪いよ?
「今こそカッコいい所を見せるチャーンス!」
……あんた、心の声が駄々漏れだよ。
王子が剣を抜くと、その剣にバチバチと電気みたいなのが纏っていく。
「くらえ!
俺様電流バチバチ雷電剣!」
いや、ダサっ!
「ミサあぶない!」
「え?」
「へ?」
「シャギャッ……!」
王子が向かってくる蛇に剣を振るおうとしたら、森の陰から出てきた小さな男の子が蛇を蹴り飛ばした。
え?誰?
てか、男の子つよっ!
てか、なんで全裸!?
「ミサ!
大丈夫!?」
男の子はとてとてとあたしの方に歩いてくると、心配した顔であたしを覗き込んだ。
「え?
耳、と、しっぽ!?」
その男の子は頭から黒い耳を生やしていて、お尻の方からは黒いふっさふさのしっぽが生えていた。
男の子は耳をピコピコさせながら、しきりにあたしの顔を覗き込む。
いや、かわいっ!
ケモミミとか、え?かわいすぎないかい!?
しかも、男の子。
そして、全裸!
ぐふふ……っと、いかんいかん。
「えーと、君は、どこの子かな?」
あたしが尋ねると、男の子は少し考えたあと、にぱっと顔を輝かせた。
「ミサの子!」
「なにぃっ!?」
「な、なんだとぉ!?」
あ、王子はうるさいから黙ってて。
「えーと、うーんと、あれ?
初対面だよね?
あたしたち」
「んーん。
そんなことないよ~」
え?
そなの?
そうだったらごめんよ。
「シャー!!」
あ、蛇さん、忘れてたよ、ごめんね。
「おまえ!
まだミサいじめるのか!」
男の子は蛇の方に振り向くと、地面に四つん這いになった。
いや、全裸でそれはやめときな。
男の子だからって、いろいろ危険だよ?
「ガルッ!」
「へ?」
男の子は、人間とは思えない、獣みたいな声を上げると、全身にぶわっと毛が生えはじめて、身体がみるみる大きくなっていった。
そして、あっという間に大きな狼の姿になると、さらに首が3つに増え、しっぽが7本に増えた。
「あ!
ケルちゃん!」
あたしがそう言うと、ケルちゃんはこちらを向いてニッと笑い、盲目の蛇に向かっていった。
「シャ、シャー!!」
蛇は精一杯威嚇してるけど、ケルちゃんの方が圧倒的に身体が大きい。
「ガルァ!!」
「シャ、シャ~……!」
そして、ケルちゃんが大きな声で吠えると、蛇は恐れをなして、森の奥へと逃げていった。
蛇が完全に見えなくなると、ケルちゃんは再びしゅるしゅると小さくなって、さっきの男の子の姿に戻った。
「ミサ~!
やったよ~!」
ケルちゃんは嬉しそうに耳をピコピコさせながら、あたしに抱きついてきた。
「お、おおう。
すごいね、ケルちゃん」
あたしが頭を撫でてやると、ケルちゃんは嬉しそうにしっぽをパタパタさせた。
「と、とりあえず、何か着ようか。
ちょっと王子、あんたの上着貸してよ。
……王子?」
王子の方を見ると、
「こ、子供……そんな、まさか、嘘だ……こ、子供……」
何やら精神的ダメージを受けているみたいだった。
「……はあ。
どうすんだい、こっから」
途方に暮れて上を見上げると、木漏れ日が薄ら笑うみたいにあたしの目を差した。