40.クラリスとクレアはかわいいねえ
「クラリス殿下、演習では、よろしくお願いしますね」
「ス、スケイル」
夜、お城の廊下を歩くクラリスを見つけたスケイルが声をかける。
「ねえ、スケイル。
ミカエル先生から何か聞いてない?」
「何か、とは?」
クラリスがこそこそと話してくるので、スケイルはクラリスの高さに合わせて屈み、耳を寄せた。
「クレアはカークと、お兄様はミサと。
なんだか、先生の作為を感じるのだけど」
「まあ、何かしらの考えはあるのでしょうね。
私は特に何も聞かされてませんが、きっと、相性などから総合的に判断されたのでしょう」
「あ、相性って」
「もちろん、属性や戦闘スタイルなどの相性ですよ」
「あ、そ、そうよね」
すると、スケイルが意地悪そうな笑みを浮かべ、顔を正面に向けた。
「どんな相性なら、良かったのですか?」
「なっ!」
突然、真正面に向けられたスケイルの顔に、自分の考えていたことを見透かされたような気がして、クラリスは顔を赤く染めた。
それでも、すぐに後ろに下がらずに、間近にあるスケイルの顔を見つめ返したのは、王女としてのプライドだった。
スケイルのメガネの奥のブルーの瞳が、クラリスの大きな瞳を見つめる。
「殿下。
演習当日は、殿下のことは必ずお守りします。
ですが、なるべく私の手を借りないように、頑張ってくださいね」
「わ、わかってるわ!」
にこっと優しく笑うスケイルに、クラリスも負けじと応えた。
「ふふ、では、当日を楽しみにしております」
スケイルはそう言うと、恭しくお辞儀をして、廊下を歩いていった。
「……くそう」
クラリスはその後ろ姿をしばらく眺めていた。
また別の日。
クレアとカークが木剣で打ち合いをしていた。
「踏み込みが甘い!
それでは避けられ、反撃をくらうぞ!
打つなら打ちきれ!
無理だと判断したなら、すぐに別の手を考えろ!」
「はい!」
息が上がっているクレアとは対称的に、カークは汗ひとつかいていなかった。
例の一件以来、クレアはこうして、よく打ち合いをしながら指導を受けていた。
「あっ!」
最後は、クレアが剣を弾かれ、喉元に剣を突きつけられて終わった。
「あ~!
勝てない!」
クレアはその場に座り込んで、空を仰いだ。
「だが、打ち合う合数は増えてきている」
「わぷっ!」
そこに、カークがタオルをふわっと落とす。
クレアはそれを受け取り、汗を拭き取った。
タオルからはふわりと爽やかな香りがした。
「筋は悪くない。
だが、どうにも剣筋が正直すぎる。
魔獣相手にはよくても、知性を有する相手には読まれやすい。
もう少し変則的な動きも取り入れなければ」
「う~ん。
なんというか、性に合わないんですよね」
クレアは悩ましげに首を傾げている。
「まあ、気持ちは分かる」
その様子に軽く笑みを浮かべ、カークはクレアの前に腰を落とした。
「俺も、かつてはおまえのように、ただひたすらに真っ直ぐな剣を目指し、一心不乱に剣を振ってきた」
カークが真っ直ぐにクレアを見つめると、クレアもそれに応えて、真面目に、話に耳を傾けた。
「でも、カーク先輩は今では変幻自在な太刀筋が得意じゃないですか。
いったい、何をしたんですか?」
「なにもしてない。
ただ、王子の側近護衛に選ばれて、考え方が変わった」
「え?」
カークは過去を思い出すように空を見上げた。
「俺がやられれば、王子が殺されるかもしれない。
スケイルもいるが、前衛である俺が死ねば、それだけ王子が危険に晒される。
それなのに、真っ直ぐ剣などというものにこだわっているわけにはいかない。
王子を守るためならば、そのために自分が生きるためならば、己のスタイルなど、如何様にも変えてみせよう。
そう、思ったんだ」
「……」
遠くを、遥か高みを見つめるかのようなカークの顔を、クレアは黙って見つめていた。
「とはいえ、おまえにもそうしろとは言わない。
無理に自分に合わないスタイルで剣を振っても、芯がぶれるだけだ。
折れない真っ直ぐな剣を望むなら、何にも負けない、誰よりも強い剣になればいい」
そう言って、カークはクレアの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「……はい」
クレアはされるがままで、小さく返事を返した。