36.王子は王様と話すことにしたみたいだよ
「……」
シリウスは緊張の面持ちで城の廊下を歩いていた。
『な~にを遠慮してんだい!
親子だろ!
父親だろ!
たまには本音でぶつかってみな!
王様だとか王子だとか関係ないんだよ!
親子なんだから、きちんと腹割って話すんだよ!』
「……余計なお世話だ」
ミサに言われた言葉を思い出し、シリウスは文句を言いながらも、ふっと頬をゆるめた。
こころなしか、緊張が解れたようだが、シリウスはそれには気が付いていないようだった。
「父上!」
シリウスは執務室にいる王のもとを訪ねた。
ドアをバン!と開けると、王と、部屋にいたミカエルが驚いたような顔をしていた。
シリウスはそれに構わず、ずんずんと突き進み、王の座る執務机の前に立った。
「シリウス君?」
ミカエルは心底驚いた表情だった。
それほど、今の事態は起こり得ないことだったのだ。
「シリウス!
貴様!
誰に許しを得てここに来た!
今はミカエルと話をしている!
さっさと出ていけ!」
王は憤怒の表情で立ち上がり、シリウスが入ってきた扉を指差した。
「……」
少しだけ黙っていたシリウスは、突然、その場に膝をつき、額を床につけた。
「な!何をしておる!」
目の前で突然に土下座をしたシリウスに、王は怒りながらも、戸惑っていた。
「父上。
ミサ・フォン・クールベルトとの婚約の話、お考え直しください」
シリウスは床に頭をつけたまま、王に懇願した。
「……なんだと?」
王も、シリウスの静かな声に、少しは落ち着きを取り戻したようだった。
ミカエルは黙って2人の会話を聞く。
いつもは売り言葉に買い言葉で、互いに文句を言い合っていた2人が話し合おうとしている。
しかも、あのプライドの高いシリウスが頭を下げてまで。
今は自分が口を出すべきではない。
ミカエルはそう思って、2人の動向を見守ることにした。
シリウスがまた口を開く。
「父上の考えを、私なりに愚考しました。
素行が悪く、腕っぷしだけの能無しである私を抑えることが出来て、なおかつ、国にとって重要で貴重な闇属性を持つミサ。
ミサは言わずもがな、私のことも、戦力として手放したくはない。
ならば、その2人を婚姻させて、国に縛ればいい。
違いますか?」
「……違ってはいない」
王は釈然とはしないが、正確に自分の思惑を言い当てられ、頷く他なかった。
「ですが、私にもミサにも意思がある。
気持ちがあるのです。
たとえ、その、私の方が2人の婚約に異議がなかったとしても、ミサは違う。
彼女は、私と婚約などしたくはないと考えています」
シリウスは少しだけ気恥ずかしそうにしていた。
「……王族の婚姻に、そんなものは関係ないだろう」
王は初めて見せるシリウスの様子に戸惑いながらも、王族としての在り方を誤るシリウスにため息をついた。
「仰る通りです。
ですが、私はそれを重視したい。
彼女の気持ちがないのに、王命だからと無理やりに婚約をするなど、到底、受け入れられるものではありません」
「……」
シリウスの真剣な声色に、王は黙って考えていた。
そして、
「……ならば、どうしたい?」
それは、王がシリウスに対して初めて向けた譲歩だった。
今までは頭ごなしにすべてを押し付けてきた。
シリウスもまた、王の命令だからと、黙ってそれに従ってきた。
王はシリウスの嘆願に、シリウスは王の譲歩に、互いに驚いていたのだ。
「……今しばし、猶予をいただきたいのです。
私はこれから、彼女をこちらに振り向かせるために尽力しましょう。
彼女がそれに応えた時、改めて、父上に婚約をお願いしに参ります」
「……顔を上げよ」
王に言われ、シリウスはゆっくりと顔を上げ、王の眼を真っ直ぐに見つめ、王もそれに応えた。
「おまえは、それほどまでに彼女のことが?」
王のその問いに、シリウスは少しだけ頬を赤らめ、気恥ずかしそうにしたが、すぐに立て直し、再び王の眼をしっかりと見つめ、
「はい」
とだけ答えた。
「……わかった。
好きにするがいい。
ただし、おまえが在学中のみという期限を設ける。
その期限内に彼女の気持ちをおまえに向けられなければ、おまえは私が決めた別の女性と婚約するのだ。
よいな?」
「……承知しました。
格別のご高配、心より感謝いたします」
シリウスはそれだけ告げると立ち上がり、再度、深々と頭を下げ、部屋をあとにした。
「……王よ。
良いのですか?」
シリウスが去ったあと、ミカエルが尋ねると、王はニヤリと笑った。
「うむ。
下手に押さえ付けて、ミサ嬢とともに造反されても困るからな。
どちらも抑えるには、これが適策だろう」
「まあ、そんなことだと思いましたよ」
ミカエルは相変わらずな王の態度に、やれやれとため息をついた。
「……だが、」
「ん?」
「あのバカ息子が一丁前に俺にたてつくほど、1人の女性に惚れるとは、正直、嬉しくも思う」
そう言って、王は気恥ずかしそうに頬をかいた。
「やれやれ、結局は親子ですね。
面倒なところばかり似ている」
「なんだとぉ!
貴様!王に失礼だぞ!」
執務室には、2人の笑い声が響いた。