34.いや、無理無理無理無理!
「ミサ・フォン・クールベルト!
貴様!もう来ていたのか!」
「なんだい、バカ王子。
来ちゃ悪かったのかい?」
また嫌味なこと言って、と思ったけど、どうにも様子がおかしいね。
いつもの、溢れんばかりの自信に満ちた顔が見る影もなく、王様の顔色を窺うような、不安げな顔だね。
「ユリウス。
なぜここに来た。
この時間の教育係は何をしている!」
王様が先ほどとは打って変わった厳しい声をあげると、メガネをかけた弱々しい男性が慌てた様子で部屋に駆け込んできた。
「わぁ~!
も、申し訳ありません!
お止めしたのですが、私では王子を止めることができずに~!」
メガネの男性は王子と王様を交互に見ながら、床にへばりついて、ブルブルと震えだした。
どうやら、この人がその教育係ってやつらしいね。
「ふむ、まあよい。
どうせバカ息子が勝手に飛び出したのだろう。
そなたは下がってよい」
王様に言われて、教育係の男の人はハハー!とか言いながら下がっていった。
「して、シリウスよ。
私の話を遮ってまで、どのような用件だと言うのだ?」
「くっ……!」
王様がものすごく冷たい目で王子を見下ろしてる。
父親が向けるものとは思えないね。
「父上っ!
なぜ突然、私と、このミサ・フォン・クールベルトが婚約しなければならないのですか!」
へー、王子、婚約するんだー。
ふーん、良かったねー……って、
「なんですとぉ~~~!!!」
この時のあたしの叫び声はきっと、国中に響いたと思う。
うん、きっとそう。
「まままままま、待ってよ!
ちょっと待ってよ!
え?
どーいうこと!?
なぜにあたしとこの王子がこんにゃく、婚約しなきゃならんぜよ!」
いかん、落ち着け、私!
自分でも驚くほど動揺してるぞ!
「ふむ。
シリウスに先に言われてしまったが、ミサ嬢。
そなたを呼んだのは他でもない。
そこなシリウスの婚約者になってもらおうと思い、来てもらったのだ」
「断る!」
「おい!
ちょっとは迷えよ!」
あ、王子、ツッコミも出来るんだね。
じゃなくて!
「なにさ!
あんたはそれでもいいのかい!?
あたしなんかがあんたの婚約者になって!」
「なっ……むっ!
よ、良くなどないわっ!」
ずいぶん間を開けたね。
そこは即答せんかい!
「だいたい、こっちだってお断りだよ!
あんたみたいに粗野で乱暴で、人の気持ちをまったく考えないようなろくでなし。
だ~れがすき好んで輿入れするかね!」
「うっさいうっさい!
俺だって、貴様みたいに人をすぐに殴るようなやつは好かないわ!
だいたいなんだ、そのしゃべり方は!
庶民の野菜売ってるおばちゃんと同じだぞ!」
「殴られるようなことをするあんたが悪いんだろ!
あたしはあたしの正義にもとるヤツは許さないからね!」
王様を放っといて言い合いをするあたしたちを、ミカエル先生がため息をつきながらなだめようとしてくる。
「2人とも、少し落ち着きなさい。
王の御前ですよ」
「ミカエル先生!
あなたもあなただからね!」
「おっと」
「このこと知ってて黙ってたんでしょ!
あたしゃ許さないからね!」
「やれやれ」
参ったなと言いながら頭をかく先生を無視して、あたしは部屋のドアまで歩いた。
で、部屋から出る前にくるっと振り返って、王様にビシッ!と指を向けた。
「王様!
あんたもあんただよ!
実の息子に対して、そんな目を向けるもんじゃないよ!
跡継ぎどうこうで決まりがあるのか知らないけど、そんなもの、どうにかしてまで愛してやる度量がないなら、何人も子供なんて作るんじゃないよ!
世の中にはねえ、子供が欲しくても出来ない人たちだっているんだからね!
とにかく、婚約なんてしない!
しないったらしない!
以上!」
それだけ言って、あたしは部屋を出た。
ドアを思いっきり閉めてやったら、少しだけすっきりしたよ。
モノに当たるのは良くないね。
ホントにそう思うよ。
あたしが去ったあと、王子が何か言いたげな視線をドアに向けてたけど、あたしがそれを知ることはなかった。