3.くそ野郎はどこにでもいるんだねえ
「ここが高等学院だね。
ずいぶん立派な門構えだねえ」
今日は入学式だ。
無事に遅刻することもなく、パンをくわえたまま曲がり角でイケメンとぶつかることもなくたどり着けた。
やれやれ。
これからあたしはこんな若い子達と一緒に勉学に励むのかい。
周りを見ると、ピチピチの若い子達がキャッキャウフフとはしゃいでいる。
きっと、これから始まる学園生活に心踊らせているんだろうね。
あたしゃ、ぼろを出さないかひやひやだよ。
それにしても、みんなさっきから私の方をチラチラ見てないかい?
別にまだ変なことはしてないと思うんだけど。
醸し出すおばさんオーラを隠せてないのかね。
「お、おい!
誰だよ!あのものすごいキレイな子は!」
「なんですの!あの子!
とっても美人じゃないの!」
「新入生かな?
お近づきになりたいなー」
んん?なんか言ってるけど、遠くて聞こえないねえ。
さっきからあたしの周りだけ人が少ないし、なんか、遠巻きにされてないかい?
やだねえ。
先行き不安だよ、あたしゃ。
「ふ~。ここが入学式の会場かね……カシラネ」
会場は驚くほど広かった。
新入生だけで500人ぐらいいるんじゃないかね。
上級生は観覧席みたいなとこから高みの見物なんだね。
おや?新入生に比べると、だいぶ少なくないかい?
高等学院は3年制だから、2学年はいるはずなのに、全部で新入生と同じか、それより少ないんじゃあ。
今年は大量合格だったってだけかね?
しばらくすると、なんだか偉そうなおじいちゃんが壇上に上がってきた。
おじいちゃんって言っても、前のあたしとちょっとしか変わらなそうだけどね。
「え~、新入生の皆さん、入学おめでとう。
あまり長く話しても飽きてしまうだろうから手短かに。
これから君たちには大変なこともあるだろうけど、頑張って進学、卒業してほしい。
我々もそのために精一杯指導するつもりだし、困ったことがあれば、全力でサポートするつもりだ。
どうか挫けず、勉学に励んでくれたまえ。
以上!」
ほんとに短いね。
まあ、あたしも校長先生の長話は嫌いだったから、これぐらいだと好感持てるよ。
なんだか優しそうな人だし、正直、なかなかタイプだよ。
いや、あたしは旦那一筋だけどね。
これぐらいはいいだろう?
「え~、続きまして、本校の生徒会長の挨拶です。
それに伴い、教職員は全員退出願います」
はい?
司会役の生徒の声に従って、先生たちが会場を出ていく。
周りの新入生もざわついている。
いったい、なんだってんだい。
壇上に1人の男子生徒が上がっていく。
なんだか、ずいぶんイケメンだねぇ。
生徒会長だという男の子は背が高く、切れ長の目が気の強そうな印象を与える。
瞳は真っ赤な夕日みたいな色。
くせっ毛の金髪がなんだか可愛らしくも感じる。
「お、おい。
あの方は、この国の第2王子だぞ!」
「やっぱり素敵ですわ~」
王子だって!?
まさか王子様と同じ学院に通うことになるなんてね。
そんなことを考えていると、件の王子様が口を開いた。
「よ~こそ、ブタども!
貴様らはこれから俺様に気に入られるために媚びを売り続けるのだぁ~」
は?
「俺様がこの学院の支配者であり、生徒会長であり、第2王子でもある、シリウス・アルベルト・ディオス様だ!」
確かに、この国、アルベルト王国の王子様みたいだね。
「俺様は生徒会長になった時に決めた!
この学院を俺様のものにすると!
そして、貴様ら生徒の評価を、俺様が決めてやることにしたのだ!」
なんだか、とっても残念な王子様なんだね。
お父様は、この国の王様はとても賢く慈悲深い方で、常に民のことを考えていらっしゃる偉大な王だと誉めてたけど、子育てに関しては失敗しちゃったのかね。
「さて、諸君!
上級生の数が、貴様らに比べたらずいぶん少ないと思わないかな!」
うん。思ったよ。
「それはなぁ。
俺様が気にくわなかった奴を退学に追い込んだからなのだよ!」
なんだって!
「俺様ランキングで点数がマイナスになった者は次の学期テストまでに挽回しなければ、即退学なのだ!
はっはっはっはっ!」
俺様ランキングって。
いかんね。なんだかイライラしてきちゃったよ。
あたしはお母様に何度も言われた言葉を思い出す。
『いい?ミサ。
貴女はすぐに手が出る。
それは控えなければいけませんよ。
貴女が、誰かが虐げられているのを見ていられないという気持ちはよく分かります。
貴女が手を出すのは、すべて弱き者を守る時だけだということも知っています。
ですが、侯爵家の息女たるもの、慎ましやかに生きていかなければいけないのです。
いいですね。
くれぐれも、くれぐれも、手を出すようなことをしてはいけませんよ』
ほんとに、何回言われたことか。
でもねえ、これはもう性分なんだよ。
何せ、前世からのものだ。
そんなすぐには直らないものなんだよ、お母様。
でも、こんなあたしを拾ってくれた両親の顔に泥を塗るわけにはいかない。
ここは何とか抑えないと。
「さて、ここでデモンストレーションを見せよう!
おい!犬を連れてこい!」
ん?なんだい?
「こいつらは俺様に歯向かった家畜だ!」
「なっ!」
連れてこられたのは、首輪をはめられた男女が4名。
全員、床を四つん這い状態で歩いてきた。
着ている制服はみんなボロボロだ。
それを見た新入生たちがざわついている。
「こいつらはなぁ。
あろうことか、俺様の悪口を言いおったのだ!
この偉大なる王子であるシリウス様のだ!
よって、こいつらのポイントは一瞬でなくなった!」
そこで王子がニヤァと笑う。
「だが、慈悲深い俺様はこいつらを退学にさせないために、俺様の機嫌を直すチャンスをやった!
俺様は飼い主に忠実な犬が好きだ!
だから、こいつらに犬になるチャンスをやったのだ!」
王子がそう言うと、連れてこられた人たちが王子の周りを回りだして、ワンと鳴きだした。
でも、その中で1人だけ、何もせずにその場にうずくまっている男の子がいた。
「ああん?
どうした、ポチ。
健康管理はしてやってるだろ。
体調に問題はないはずだぞぉ?」
「……だ」
「あ?」
「もう嫌だ!
もうこんなことしたくない!
こんなことをするために、僕はこの学院に来たんじゃない!」
「は?」
「ぎゃあ!」
王子が、叫びだした男の子を殴り付けた。
思わず拳を握りしめる。
「も、もうやめる!
こんなとこ自分から退学してや、ギャッ!」
王子が今度は男の子を蹴り上げた。
「いいのか?
お前は片田舎の商人の息子だろ?
退学したら、お前の親の仕事をなくすぞ」
「そ、そんな……」
王子がとても冷たい目で男の子を見下ろしている。
『いいですか、ミサ!
ぜっ、たいに、手を出してはダメですよ!』
…………お母様、申し訳ないんだけど、ちょっと、それはムリかもしれないよ。
「貴様らは永遠に俺様のおもちゃなんだ……」
「いいかげんにしなっ!!」
「へ……? ぎゃぶふぉっっ!!」
王子のぽかんとした顔に、あたしは思いっきり拳をぶちこんだ。グーで。
「あんた!
高校生にもなって、いつまでこんなバカみたいなことしてんだい!」
お母様。
大変申し訳ありません。
あたしゃあ、やっちまったよ。
茂木多弥様作