28.さて、準備は整ったね
演習場の森でクレアがスタンバイしている。
あたしたちはそれを少し離れた物陰から窺う。
「それにしても、あのケガ、ホントに大丈夫なのかい?
すごい痛そうだよ」
クレアは右腕と頬と膝を擦りむいている。
左腕なんて、ちょっと曲がってない?
「あれはテープに傷の触感を再現して貼り付けたのです。
左腕の歪曲は幻視です。
まあ、学生に見破られることはないのでご安心を。
さらに、魔獣は私が完全に調伏し、言うことを聞くように調教しました。
クレア君たちを見失っても、学院の結界をもとに、彼女らの居場所は割り出せます。
それに、万が一、魔獣が暴走しても、私が止めます。
指の一本さえ動かす暇もなく、ね」
わーお。
先生半端ないね。
ていうか、めちゃくちゃしゃべるね。
普段は怖いけど、味方だとこれほど心強い人はいないよ。
「あ、でも、俺たちがカーク先輩に見つかったらどうするんですか?
たしか、カーク先輩って探知もうまいですよね?」
ジョン。
もう答えは分かってるだろう?
「そんなこと、私がさせるわけないでしょう。
探知に引っ掛からない結界は、すでにこの場の全員に展開しています」
「そ、そうなんですね」
ほらね。
あの能天気なジョンまで引いちゃったよ。
優秀な大人に全力出されて、ビビっちゃう感じだね。
「ミ、サ、君?
何か思いました?」
「なんでもないです!
サーイエッサー!」
「ミサ!静かに!」
「あ、すいません」
10代のクラリスに叱られるあたしって。
ちなみに、今は実践魔法の授業終わりだ。
同じ時間に行われている実践武術も、当然終わり。
あたしたちは授業終わりに合流した形だ。
で、演習で遠出していたクレアが戻ってこない。
実践武術の先生はカクさんにクレアを探しに行くように告げる。
って流れだね。
当然、実践武術の先生にも説明済み。
先生はノリノリで協力してくれた。
うちの先生どうなってるんだか。
ちなみに、クレア救出後、クレアのケガはカクさんに治療してもらう予定だよ。
救護室に行っても、救護の先生はすでにそこにはいないからね。
なんでって?
救護のエカテリーナ先生は授業時間が終わったらすぐに家に帰って、精一杯身だしなみを整えないといけないからね。
それもなんでかって?
ミカエル先生から、放課後お食事でもいかがですか?って誘われたからだよ。
世界でも有数の魔術師で、国王からの信頼も厚いミカエル先生。
こんな優良株を逃す手はないからね。
まあ、ミカエル先生は嫌な顔してたけど、何とか乗り切るでしょ。
外面だけはいいし。
あ、嘘です。
ごめんなさい。
そんな、腕相撲でわざと負けたことに気付かないで喜んでる子供を見る大人みたいな目で見ないどくれよ。
まあ、エカテリーナ先生も、ミカエル先生のその蔑むような目でもっと見てほしいって呟いてるのを聞いちゃったことあるし、意外と合うんじゃないかい?
『クレアー!
聞こえるー?』
『ああ。聞こえるよ』
クラリスが頭の中でクレアに声をかける。
あたしたちにも声は聞こえるけど、クレアに声を届けられるのはクラリスだけみたいだ。
これはクラリスの得意な伝達魔法。
なんでも、思念波を光に変えて対象に送るとかいうよく分からない理論の魔法らしいよ。
うん、よく分からないから説明できないよ。
とりあえず、クラリスから、対象の誰かに考えてることを送れるらしい。
これで、こっちからいろいろ指示を飛ばす予定だよ。
魔法の無駄遣いだって?
ミカエル先生の華麗な魔法の数々を見ても、そんなことが言えるかい?
『予定通り、カークがクレアを探しに来てるよー。
たぶん、10分15分でクレアのとこに着くと思うー』
『あ、ああ。
分かった』
頭の中で思うだけでいいんだから、わざわざ呼び掛けるみたいに言わなくてもいいのに、遠くにいるクレアに、おーい!って感じで言っちゃうクラリス、いい。
それにしても、
『クレア。
緊張してるのかい?』
あたしの声を、クラリスがクレアに伝えてくれる。
『ミサか。
それはそうだろう。
こんなこと、私の人生で初めてだ』
くぅー!
人生初めての告白!
いいね~。
まあ、あたしも旦那から告白されたから、自分からしたことはないんだけどね。
そして、
『カーク君が来ましたよ』
ミカエル先生が感知し、クレアの元にカクさんが現れる。




