25.カークの悩みとバカ王子
「……はぁ」
通常の授業が終わり、生徒会の仕事を手伝いながら、カークは今日も溜め息をついていた。
ーー今日も実践武術に行くのか。気が引けるなーー
「どうした、カーク。
さっきから溜め息が多いぞ」
「あ、すみません」
シリウス王子に指摘され、カークは姿勢を正す。
「……はぁ」
そして、また無意識のうちに漏れ出る溜め息。
「カーク、貴様。
いい加減にしろ。
生徒会の仕事に集中できないぞ!」
「は!申し訳ありません!」
カークは王子がミサに見せつけるためのミサ校則をずっと考えていて、生徒会の仕事は全部自分がやっていることを知っていたが、スケイルよりも融通が利かないカークは王子相手にそんなことは言えなかった。
「……はぁ」
それでも気付いたら溜め息をついてしまうカークに、王子も呆れたように溜め息を吐いた。
「はあ。
仕方あるまいな。
貴様の悩みを話してみろ。
俺様が華麗に解決してやろう」
「はっ!
いえ!しかし!
わたくしのような雑兵の些末なことに、王子の知恵を頂戴するわけにはまいりません!」
王子の発言に、立ち上がって恐縮するカークだった。
幼い頃から騎士になるべく育てられたカークにとって、仕えるべく王子は絶対。
自分のことで、わずかでも手を煩わせてはならないという考えを持っていた。
「おまえは、相変わらず堅いな。
もう少しスケイルみたいにいかないのか。
……まあ、あれはだいぶ極端だが」
そんなカークの前では、シリウスも王子然としていた。
自分に忠義を尽くす騎士に応えようとする彼なりのプライドだ。
「細かいことは気にするな。
ほら。
言ってみろ」
「はっ!
有り難き幸せ!
実は、その……」
そして、カークは一連の事の流れを話した。
「……と、言う訳なのです。
それ以来、なんというか、その、気まずくなってしまって、どんな顔をすれば良いのか分からず、何となく逃げるような形になってしまいまして、いや、お恥ずかしい」
カークは言い終わると、頭をぼりぼりとかいた。
「王子?」
話が終わっても話そうとしないシリウスに、カークが首を傾げる。
「……触ったのか?」
「はい?」
「だから!
触ったのか!?
おなごの胸を触ったのかぁ!」
「ひぃ!
すいません!」
王子の怒気を含んだ殺気に、カークは思わず腰が引けてしまった。
「どうなんだ?」
「あ、で、ですので、あれは、事故みたいなもので……」
「触ったのかと聞いている!」
「触りました!
申し訳ありません!!」
「……そうか」
そして、シュンと覇気を抑えるシリウス。
「……これはもう結婚だな」
「えっ?」
シリウスの呟きを聞き間違いだと思い、聞き返すカーク。
「結婚だと言ったのだ。
そのクレアとかいう女。
まだ婚約者はいないのだろう?」
「あ、はい。
騎士志望なので」
「ならば、やはり結婚だな。
うら若き乙女の大事な部分に触れたのだ。
その責任は重い。
男として、その女と結婚するのだ!」
「い、いや!しかし!
軽く当たっただけでそんなっ!
お互いの家のこともありますし!」
「ええい!
言い訳するなっ!
けーっこん!けーっこん!」
「や、やめてくださいよ!」
「貴様!
王子である俺様に逆らうのか!」
「う!そ、それはっ!」
「はっ!
そんなことより、貴様に聞いておかなければならないことがある!」
シリウスは突然、ハッと思い出したように、カークに顔を近付けた。
「な、なんでしょう」
カークはシリウスの真剣な顔に、顔を引き締めた。
「どうだった?」
「……はい?」
「だから!
その、女の胸を触って、どうだったのだ!
どんな感じだったのだ!
柔らかかったのか!?
マシュマロか!?」
「…………」
カークは以前にスケイルが言っていたことを思い出し、そして、それを理解した。
『王子は初等部の子供だと思え』
その時はなんと不敬なことを言うヤツだと思ったが、カークはその通りなのだと悟ったのだ。
そう考えれば、結婚結婚うるさい王子の言動原理も理解できた。
「で、どうなのだ!」
迫ってくる王子に顔を背けながら、カークは自分の悩みがまったく解決していないことに、改めて溜め息を吐くのだった。