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EP.2『繋ぐよりも剣を振れ』

「……」


 手を、繋ぎたい……。


「クレア。どうした?」


「い、いえ……」


 クレアがそう思うようになったのはいつからだろうか。

 カークとクレアは将来を誓い合っている。

 だが、それはまだまだ先の話。

 カークは騎士団に入ったばかりだし、クレアはまだ学生。

 ふたりとも、まだその時ではないと考えている。


「……」


 そう。

 頭では分かっているのだ。

 まずは自分も騎士となり、カークに並び立つ。そして、互いに騎士として立派に身を立てる。

 そのときこそ、一緒になろうと。

 クレアはカークとともに、そう誓い合ったのだ。


「本当に大丈夫か?

 熱でもあるのではないか?」


「っ!?」


 ふいに近付き、おでこに手を当てられる。

 カークのごつごつとした手から優しく温かい熱が伝わる。

 クレアは自分の体温が瞬時に上昇するのを感じた。


「か、かなり熱いぞ!?

 やはり休んでいた方が……」


「い、いえっ! 問題ありませんっ!

 これは、その、えっと……カ、カーク先輩と会う前に運動をしていたからであります!」


 身体中が熱いが、カークに触れられている部分が何よりも熱かった。

 ずっとそのままでいてほしいと思うのに、今すぐに手を離してほしいと思うジレンマ。

 身体が、心がもたない。


「あ、なるほど」


「あっ……」


 と、思っていたらカークはあっさりとクレアの額から手を離した。


「……」


 いざそれがなくなってしまうと、途端に寂しさを感じる。

 まるで、自分の体の一部がなくなったかのように熱が引いていく。


「ま、それなら良かった」


「ひゃっ!」


 が、カークはすぐに離した手でクレアの頭にポンと手を置いた。


「おまえにはいつでも元気で、健康でいてほしいからな」


「……っ!!」


 ここでその笑顔は反則だろう! と、クレアは心のなかで叫ぶ。

 いつも仏頂面で堅物なカークが見せるクシャッとした笑顔。

 クレアはそれが何より大好きだった。


「もうっ!」


「いたっ!

 な、なぜ突然殴る!?

 ミサかっ!」


「うるさいですっ! 先輩は、もう! うるさいですっ!!」


「こ、こらっ! やめろっ!」


 ふたりはそんなやり取りをしながら今日も孤児院へと足を運ぶのだった。













「きゃー!!」


「な、なんだいあんたたちっ!!」


「「!!」」


 ふたりが孤児院の入口に着くと、すぐに子供たちと老シスターの叫ぶ声が聞こえた。


「クレアっ!」


「はいっ!」


 ふたりは顔を見合わせて頷き合うと、弾かれたように走り出した。


 声は孤児院の裏にある広い敷地から。

 そこは農作物を育てていたり、子供たちの遊び場やカークたちとの訓練場としても使われている広い土地だった。




「おいっ! さっさと連れていけっ!」


「くそっ! おとなしくしろっ!」


「やだー!」




 カークとクレアが孤児院の裏手に着くと、見知らぬ男数人が子供たちをどこかに連れ去ろうとしていた。

 老シスターは男に殴られ、地面に倒れている。


「何をしているっ!」


「カーク兄ちゃん!」


 その場に急行するカークを見つけ、男に担がれた子供が声を上げる。


「げっ! 騎士だとっ!?」


「バカなっ! 今日は合同訓練で騎士団はいないはずだ!」


「……と、考える愚かな輩のために、一部隊は必ず王都に残ることになっているのだ」


 カークが剣を抜きながら状況を観察する。


 敵は8人。

 全員が武器を持っている。

 まだ来たばかりのようで、子供たちは全員この場にいる。

 男たちに抱えられた子供が3人。

 他は逃げてくれている。

 男たちはこちらに注目している。


「だ、だが! 相手は騎士ひとりと女ひとりだ!

 いくら騎士でも8人相手じゃどうにもなんねえだろ!」


 男たちはどうやらカークたちに立ち向かうことにしたようだ。


「……」


 カークはそんな男たちを見渡しながら、静かに剣を持っていない左手の方を前に向けた。


「……《そよ風の簒奪者(フェアリーハンド)》」


「うおっ!」


「なっ!」


 カークの使った魔法は男たちが担いでいた子供たちを、静かにその手から奪い、ゆっくりと宙を漂ってカークたちの後ろに着地させた。


「……皆。シスターのところへ」


「あ、うんっ!!」


 子供たちも混乱していたが、カークの言葉に、我に返ったように駆け出し、クレアの治癒魔法で回復したシスターのもとに集まった。


「くそっ! こいつ魔法剣士かっ!」


 カークの手強さを悟った男たちはそれぞれ武器を構えた。なかには魔法を唱える者もいる。


「……この国に、まだおまえらのようなクズがいたとはな」


 王太子の尽力によってアルベルト王国の治安はかなり良質なものとなっていたが、まだ取りこぼしがあったようだ。

 カークは8人もの敵をひとりで倒すべく剣を構えた。


「……《燃え盛る地獄の憤怒デモンデスヘルファイア》」


「……え?」


 が、背後でとてつもなく不穏な呪文が聞こえて、思わず振り返った。


「ク、クレアさん?」


 そこには、自身の最大攻撃魔法である巨大な黒い炎の球を出現させたクレアの姿があった。

 抜いていた剣も投げ捨て、両手で火球を支えている。


「許さん。

 カーク先輩と守っているこの施設を、子供たちを傷付け、拐おうなどと。

 消し炭さえ残さずに消し去ってやる」


「お、おい! クレア落ち着けっ!

 殺したら駄目だ!

 こいつらには法の裁きを受けさせる!

 だから生け捕りにしないとっ!」


「……」


 騎士団は基本的に罪を犯した者を、やむを得ない事態以外では原則として捕縛しなければならない。

 王の定めた法の下、正式に裁いていくために。


「……分かりました。殺しはしないのでご安心ください」


「っ!」


 クレアの目は完全に据わっていた。

 カークはこれはヤバいと慌てて振り返る。


「おまえらっ! にげっ……っ!」


 そして、カークの叫び声をかき消すかのように、その頭上を巨大な火球が猛スピードで通りすぎた。



「ぎゃーーーっ!!」


「ぐわーーーっ!!」



 すぐに男たちの悲鳴が辺りに響き渡ったのは言うまでもない。


「なにー?」


「見えないよー」


 子供たちに見えないように魔法で小さな土壁を作ったシスターはさすがだった。



「……う、ぐ」


「ほら! 先輩!

 生きてますよ! 手加減しましたからねっ!」


「……はぁ」


 その後、焼け焦げた男たちが動いているのを見て、クレアは嬉しそうにしていた。

 カークは呆れながら褒めてもらいたそうにしているクレアの剣を拾う。


「……まあ、やり方は兎も角として、子供たちも無事だったし男たちも生きている。

 よくやったよ」


「えへへ」


 刃先を持って剣を返そうとするカークにクレアは嬉しそうに照れ笑いしながら手を伸ばす。


「!」


 しかし、そのときカークの背後で男がよろよろと立ち上がっているのにクレアは気付いた。


「先輩っ!」


 クレアは慌ててカークに声をかける。

 男は魔法をカークに放とうとしていた。


「クレアっ!」


「!!」


 しかし、カークは渡そうとしていた剣をクレアに投げると、そのまま自分の腰の剣を抜きながらクレアに向かってきた。

 それを見てクレアもすぐに状況を理解し、投げられた剣を取ると、そのままカークの背後の男に斬りかかった。


「はぁっ!!」


「ぐあっ!」


 クレアの一刀は男が魔法を放つ前に男を切り裂いた。


「ぎゃっ!」


 同じくして、クレアの背後に迫っていた別の男もまた、カークに切り伏せられる。

 斬られた男たちはふたりとも、きちんと生きているようだ。


「どうやら魔法抵抗力の高いヤツがいたようだな」


「申し訳ありません。手加減を間違えました」


 頭に血がのぼって冷静な判断ができず、的確な対処ができなかった。

 あまつさえ、カークを危険に晒してしまった。


「……すみません」


 クレアは自分の愚かさを反省した。

 男たちを完全に拘束したあと、クレアはカークに頭を下げた。


「問題ない。

 結果として全て問題なく解決した。

 失敗を反省できているのなら俺から言うことは何もない」


「……先輩」


 カークは剣についた血を払うと鞘に納めた。


「おまえの背中は俺がいつでも守ってやる。

 だから、俺の背中はおまえが守れ。

 騎士は生きてこそ、この国を守れる。

 そうしていれば、失敗することもなくなっていくだろう」


「……はい。ご指導、ありがとうございます」


 クレアは深く頭を下げながら、その手に握られた剣を見つめた。


 自分を信頼し、背中を預けてくれる。

 剣を任せてくれる。


 それが、どれほど名誉なことか。

 どれほど、嬉しいことか。


「……ありがとう、ございます」


 クレアは溢れそうになる涙をこらえながら、ぐっと強く剣を握った。


「クレア。いつまでそんな物騒なものを握りしめている。

 子供たちが怖がる」


「あ……はいっ!」


 顔を上げると、カークは優しい顔で待ってくれていた。


「……いま行きますっ!」


 クレアは剣をしまうと、カークの横に走った。


 普通、こんなときは手を差し出してくれるものなのでは?


 そんな気持ちがないわけではない。


「……ふふ」


「どうした?」


 でも、それでもいい。

 いや、この人はそれがいいのだ。


「いーえ。なんでもありません」


「そうか?」


「はいっ!!」


 いまはまだ、手を繋ぐよりも剣を握ろう。

 この人の背中を守るために。

 この国を守るために。


 だって私は、騎士になるのだから。




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