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EP(エピソード).1『繋ぐ』


「スケイルっ!!」


「ク、クラリスっ……様っ!?」


 両手いっぱいに花を抱えたクラリスの突然の出現に、スケイルは驚きを隠せなかった。


「では、私はこれで」


「ミ、ミカエル、さんも?」


「はい。ありがとうございました」


「……ご武運を」


 クラリスとともに現れたミカエルは軽く一礼すると、すぐに再び転移魔法で去っていった。

 ふたりの時間を邪魔しないために。


「ク、クラリス様……。な、なぜここに?」


「……」


 ミカエルを見送ったあと、クラリスはスケイルの質問には答えず、イタズラな笑みを浮かべた。


「……その呼び方にも、だいぶ慣れてきたわね」


「……っ」


 ふいに寄せられた愛らしい笑みにスケイルは動揺を隠すのに精一杯だった。


 ヒマワリのように溌剌としていて、太陽のように輝かしい。

 自分には眩しすぎるその笑顔を、けれども独り占めしたいと思うようになったのはいつからだっただろうか。


「……魔導天使が王族に、それも他国の者を殿下と呼ぶわけにはいきませんからね」


「……そうよね」


 魔導天使はへりくだらない。

 王国において唯一、王と椅子を並べることのできる存在。そして、魔導天使同士は同列。

 ゆえに、魔導天使となったスケイルはクラリスのことを殿下とは呼ばないし、ミカエルのことも先生とは呼ばない。

 クラリスに対して「様」とつけているのは、スケイルなりのせめてもの敬意の現れ。

 魔導天使としてはギリギリのラインと言えよう。


「……あ、と、その花々は?」


 少しだけ寂しげな表情をしてしまったクラリスに対し、スケイルは話題を変えることにした。


 彼女にはいつも笑っていてほしい。

 悲しい顔はしてほしくない。


 スケイルは自分の心の底にあるその気持ちを大切にしたかった。


「……貴方から花を受け取ったじゃない?」


「……はい」


 ジニア。ミサのいた国では百日草とも呼ばれる花。


『離れていても愛しています』

『必ず迎えに行く』


 ミサのいた世界と、滅びる前のこの世界でのそれぞれの花言葉。


「……この花たちはね、ミサに渡されたの」


「!」


「……ミサとミカエル先生に、貴方からもらった花の意味を聞いたわ」


「……」


 届かなくてもいいと思っていた。

 気付かれなくてもいい、知ることがなくてもいい。

 彼女が幸せになってくれるなら、笑顔でいてくれるなら、それでいい。


 スケイルがそう思って渡した花。

 気付いてほしいけど気付いてほしくない。

 そう想って花に託した。


「……ホント、貴方ってバカよね」


「!」


 だが、気付かれてしまった。

 知られてしまった。


 そうなったらもう……。


「……私が一番幸せなのは、笑顔になれるのは、貴方の側にいる時なのに」


「っ!」


 悲しげに笑う顔。

 抱えた花々。その意味。


 張り裂けそうな胸にわだかまっていた想いが弾ける。

 弾けるように、スケイルの体が動く。


「クラリスっ!!」


「きゃっ!」


 スケイルはクラリスを抱きしめていた。

 自分の飛び出しそうなほどの心臓の音を聴かせるかのように、クラリスを自分の胸に抱き止め、強く包み込んだ。


「……」


「……っ」


 少しして、クラリスがスケイルの背中に手を回す。


「……痛いよ、スケイル」


「あっ! すみません!」


 しばらくして聞こえたクラリスの言葉に、スケイルはバッ! とクラリスを離した。


「……もう。花が潰れちゃうじゃない」


「す、すみません」


 潤んだ瞳と色づいた頬でスケイルを見上げるクラリス。

 しかし、そのイタズラな笑みはとても嬉しそうに見えた。


「……わかってるよ」


「え?」


 クラリスはスケイルの胸におでこをコツンとつけて言葉を紡ぐ。


「今はダメなことぐらい、私にも分かる。

 新しい国の新しい魔導天使と、その人が所属していた国の王女。しかも大使。

 そんなの、アルベルト王国がこの国を実効支配しようとしてるようにしか見えない。

 特に、帝国の民だった人からしたら余計に」


「……」


 自己よりも民を。

 アルベルト王国の王族の矜持とも言える教え。

 スケイルもクラリスも、それをよく理解していた。

 理解していたからこそ、スケイルはあの花を贈ったのだ。


「でもね、もしも私があの花の意味に気付かなくて、他の男の人と結婚しちゃってたらどうするつもりだったの?」


「そ、それは……」


 それでクラリスが幸せなら。

 その言葉は、しかし改めてそれを想像すると、スケイルにはとても口にすることが出来なかった。


「……正直、嫌、です」


「!」


 それは初めてスケイルがクラリスに見せた本音だった。

 臣下として、今は他国の魔導天使として、決して表立っては口にしなかった想い。


「……貴女が、他の誰かと一緒になるなど、考えただけで泣きたくなります。

 全てを放り出して貴女を拐いに行きたくなります」


「……バーカ」


 クラリスが顔をあげる。

 頬には一筋の雫が伝う。

 しかし、その顔は何よりも幸せを感じている笑顔。

 スケイルが何よりも望む、大好きな笑顔だった。


「バカだけど、私も同じ気持ちだからしょうがないね」


「え?」


「私も、スケイルが誰かと一緒になったりしたら、きっと泣いちゃうし国を捨てて会いに行っちゃう。

 なんなら、相手の女の人をどうにかしちゃうかも」


「……それは、なかなか不穏ですね」


「ふふふ」


 それでも2人は国のため、民のために2人でどこかに逃げたりはしない。

 お互いにそれが分かっているから、そんな軽口も叩けるのだ。

 そんなところも、お互いに大好きだから。


「……待ってるね」


「……はい」


「待ってるから、早く皆を納得させられるだけの国にしてね」


「はい……」


「一刻も早くね」


「は、はい」


「よろしい」


 ピンクに染まった頬に流れる涙と、何よりも美しい笑顔。

 スケイルは、それを必ず守っていくと誓った。自分の手で。


「あ、ねえねえ」


「はい?」


「この花の意味、全部知ってる?」


 クラリスがそういえばと手に持っていた花を掲げた。

 ミサの魔力を受けた花々は萎れることなく、フワリと可憐で優雅な香りを漂わせた。

 クラリスは花に顔を近付かせ、その香りを楽しむ。


「いくつかは……ですが、全部は分かりません」


「そっかー」


「でも……」


「ん?」


 クラリスが顔をあげてスケイルを見上げる。


「全部の意味はわからなくても、何を伝えたいのかはわかります」


 それは、クラリスが今まさに話していたことだから。


「そ、そっかー」


 ミサからだいたいの意味を聞いていたクラリスは、それを思い出してさらに顔を赤くする。

 それは、まさに自分がスケイルに伝えたばかりの気持ちと同じだったから。


「……よければ、これから一緒にこれらの花の花言葉を調べませんか?

 私の部屋に、まだミカエルさんからお借りした花言葉の本がありますので」


「っ!」


 スケイルは(ひざまず)き、クラリスに手を差し出した。


「喜んで!」


 クラリスは少しだけ驚いたが、すぐに満開の笑顔を見せて、スケイルの手に自分の手を重ねた。





「それにしても、ミサさんが花言葉を知っていたとは意外です」


「ホントにねー。ミサってそういうロマンチックなことには無縁だと思ってたもの」


「はは。ですよね」





 2人は歩く。

 ゆっくりと、自分たちのペースで。


 しかし、その手はしっかりと繋がっている。


 二度と離すことのないように。

 互いに、強く。




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