239.クラリスたんとスケさんの行く末は……
「そーいやさー」
「なんでしょう」
ミカエル先生に連れられて三千里。
カクさんたちのいた孤児院を出て、またしばらく歩いたところで、ふと思ったんだけどさ、
「スケさんがシリウスんとこの新しい魔導天使になるってことは、やっぱりクラリスたんも一緒に行くってことなのかい?」
あのふたり、お互いに口には出してないけど両思いなのはバレバレだもんね。
両片想いってやつ?
「……それは、本人に直接聞いてみるといいでしょう」
「……ほえ?」
どゆこと?
「てことで、次の目的地に着きましたよ」
「……あ、ここって」
先生が次にあたしを連れてきたのは王城だった。もはや見慣れた立派なお城。
あのバカ王子がいなくなってからはあんまり来てないけど。クラリスたんとは学院で会えるしね。
「ミサ?」
「やほ~。クラリス~」
そして、噂のクラリスたんはそこにいた。
お城の中にある素敵な庭園。
色とりどりの花が咲き誇るとっても素敵な場所。
あたしもお気に入りで、よくクラリスにお願いして一緒にお花を見に来たものよ。
「どうしたの? 先生も一緒で。
父と兄なら執務室で仕事中よ?」
可憐な花に囲まれながら、きょとんとした顔で首をかしげるクラリスたん。
尊すぎる。
ここに咲くどんな花よりあーたのが可憐よ、まったく。
「いやー、あたしもよく分かんないんだよね。
先生に急に店外デートに連れ出されてさー……あだっ!」
さすがに拳骨は酷くないかい!?
「いえ、今日は貴女に会いに来ました」
「私に、ですか?」
せんせー。ゴツンだけしてシカトしないでー。
「主にミサさんが」
「ミサが?」
「あたしが?」
いやいや、しぇんしぇ。当事者らしいあたしもクラリスたんもきょとんよ?
「……貴女は、アルベルト王国に残るそうですね」
「ええ!? そうなの!?」
「……」
あたしゃてっきりスケさんを追っかけて新しい国に行くもんだと思ってたんだけど。
「……はい」
クラリスたんはしばらく黙ってから、小さくこくりと頷いた。
「なじぇ!? だってだって、クラリスとスケさんは……だってさぁ!」
あたしゃそんなん納得いかんぜよ!
「……私だって王族なのよ。
さすがに一度にふたりの王族が国を出て新たな国に移れば、アルベルト王国の信用を落としかねない。
ただでさえゼンお兄様とシリウスお兄様は王位を争っていたって体だったし、私がそこで国を出れば、ゼンお兄様から離反しようとする者が現れないとも限らない。
だから、あくまで新しい国の復興と興国のためにシリウスお兄様やスケイルたちはアルベルト王国を出るのであって、決してアルベルト王国に反抗するために国を出るのではないっていうことを示さないといけない。
私はそれを示すためにも両国の友好の架け橋として、アルベルト王国の大使になるつもりなの」
「えー。でもそれなら、新しい方の国の大使になったっていいじゃないかい」
それこそ、両国の友好の架け橋の象徴とも言えるんじゃ。
「それは今じゃないわ。
あちらでは、あちら側の大使を立てるべきよ。そうね。帝国の民の中から選出するのがいいと思うわ。
私があっちに行って、あっち側の大使としてアルベルト王国に赴くんじゃ、ただの出来レースだもの。最悪、アルベルト王国の実効支配だなんて思われちゃうわ。
余計な火種はない方がいいのよ」
「え~。そういうもんかね~」
「そういうもんよ。政治ってのは民の心情も含めて進めていかないと国に対する不信感に繋がるの。
あっちはただでさえ別の国から王を迎えるのだから、極力、帝国の民だった者たちへの配慮は大事だわ」
「むー。そっかー」
なんだか反論の余地さえない正論すぎて、ぐうの音も出ないね。
「でもでも! クラリスの気持ちはそれでいいのかい!?」
「……」
「政治だなんだとか、国としてとか、王族としてとか、なんかいろいろあるのは分かるよ。
分かるけどさ。そしたらクラリス自身の幸せはどうなんよ!
王族だろうが幸せになる権利はあるでしょ!
てか、トップが幸せじゃない国なんて寂しいじゃん!」
「……でも。
仕方ないわ。
私は王家の人間。
民のために。国のためにあれ。
それが、アルベルト王国の在り方だもの。
民の幸せの上に私の幸せはある。
民に不信を招くのなら、私は私個人の感情を出してなんていられないわ」
この分からず屋さんめ!
「……スケさんは?
スケさんはなんて言ってんのさ」
クラリスたんのこの論を聞いて大人しく引き下がったんなら、あたしゃスケさんをとっちめに行くよ。
「……これを、くれたわ」
「……へい?」
クラリスたんは庭園に咲き誇る花々の中で、小さく咲く可愛らしい花を指差した。
「……ジニア?」
あたしのいた国じゃ百日草とも呼ばれてるやつだね。
赤とかピンクとか、カラフルな花がついて可愛いやつ。
「ジニア……ミサがいたところだとそう呼ばれてるのね。
スケイルは、これを大事に育ててくれると嬉しいとだけ言って、この国を出たわ」
「いやいや、言葉少なすぎるでしょ」
……ん? そういや。
「先生。この世界にも、花言葉ってあるのかい?」
「花言葉?」
クラリスは分かってないみたい。そういうのはないのかな。
「ありますよ。いえ、正確にはあった、が正しいでしょうか。
遥か昔にはあったのですが、戦乱が長く続いて今では失われてしまった文化ですね」
「そっか」
一度、世界が滅びる前にはあったってことかな?
そのあとは人々が国を成すまで大変だったんだもんね。
「花言葉ってなんなの?」
「えっとね、お花の種類ごとに意味を込めてるんだ。
たとえばバラだったら情熱とか、ひまわりだと憧れ、とかね」
「なんか素敵ね」
「だしょ?」
オサレだよね。
んー、てか、ジニアーの花言葉って……。
「……先生。スケさんになんか入れ知恵したでしょ」
この人はまた、いけしゃーしゃーと。
「……彼の方から相談されたんですよ。
古い文献で花言葉について知ったらしくて。この世界の花言葉と、ミサさんの世界の花言葉について、ね」
「あ、そなんだ」
「……いったい、どんな意味なんですか?」
クラリスたんは少しだけ不安そうだった。
大丈夫よ。なーんにも不安になることなんてないから。
「あたしのいた世界ではね、『変わらない心』とかって意味があるんだ。主に友情的なことなんだけど、こと異性に贈る場合は、『離れていても愛しています』って意味になるみたいよ」
「!」
オサレやね。
「……ちなみに、こちらの世界での花言葉は、『必ず迎えに行く』ですね。
戦地に赴く兵が愛する家族に必ず帰るという気持ちを込めて贈っていたようですよ」
「わーお。とんでもないロマンチストやね」
離れていても愛してる。必ず迎えに行く。やて。むず痒いわ!
「……バカな人」
ホントにね。
ホント、男ってやつはバカで不器用な生き物よ。
「……情勢が安定し、新たな国王と魔導天使が国民に認められ、真に国として機能するようになれば、アルベルト王国の大使が嫁ぎに来ることはむしろ友好の証だと思われるでしょう。
今は無理なら、それが良しと思われる状況を自らの手で作る。
その上で、彼は貴女を迎えに行くつもりなのでは?」
「……そんなの、分かるわけないじゃない」
ホントよ。
言葉で伝えなきゃ。こんな遠回しで伝えようなんて。
「……もしかしたら、伝わらなければそれはそれで、という思いもあったのかもしれませんね。貴女が幸せになってくれれば、自分の想いになど気付かなくても……。
彼なら、そんなふうに考えかねない。あくまで憶測ですが」
「バカ! スケさんはバカ! うちのバカ王子もびっくりなぐらいにバカ!!」
「ミサさんならそう言うと思いましたよ」
先生てば、くっくっくって笑ってる場合じゃないよ!
「スケさんてば! あーたが幸せにしてやんのがクラリスにとっての一番の幸せやんけ!
そんなことも分からんのかボケナスがぁ!」
「ものすごく口が悪いですが言いたいことは分かります」
だらぁっ!
「……ホント、ボケナスよね」
だしょ! クラリスたん!!
「……先生。ちょっとお願いがあります」
「なんでしょう」
「私を、スケイルの所まで転移させてくれませんか?」
クラリスはそう言うと、庭園に咲いていたジニアを一本手折った。
「私もこれをプレゼントするわ。迎えに行くのは、私の方よ」
「わーお。クラリスたんカッチョいいー」
「ぶい」
ピースサインのクラリスたんの笑顔が目映すぎるのだが。
「分かりました。突撃してしまいましょう」
先生もノリノリ。さてはハナっからあたしをダシにクラリスたんを焚き付けるつもりだったね。
「うっしゃ。ついでにこれとこれとこれと、これとこれとこれも持ってけ!」
あたしはついでとばかりに黄色いヒヤシンスとか、青いデルフィニウムとか、白のアザレアとかをクラリスたんに押し付けた。
「こ、この子たちは、どんな意味なの?」
「あんたが私を幸せにしろよとか、あーたの幸せが私の幸せなんだよとか、私があーたを幸せにしたるわ! みたいなヤツを詰め込んだったわ!」
「……ま、まあ、概ねそのような内容かと」
先生てばちょっと引いてない?
「……ふふ。そっか。
ありがとう。私にピッタリね」
「うむ!」
笑顔のクラリスたんが一番美しい!
スケさん。分かってるよね!?
「では、いきましょう。
あ、ミサさんはお留守番で」
「えー!」
「あなたがいると盛大に騒いで邪魔しそうなので」
「たしかに!!」
大人しくしてる自信はない!
「……ミサ。ありがと。
いってくるね」
「うん。クラリスの幸せがあたしの何よりの幸せだよ」
「ふふ。そのセリフ、そっくりそのまま返すわ」
「へ?」
「ミサも、ちゃんと幸せになるんだよ」
「……へーい」
「ふふ。じゃね」
可愛らしく手を振って、先生とクラリスは転移していった。
突撃隣のスケさんをしに。
「……あたしの幸せ、ね」
答えは出す。
出すけど、やっぱり今すぐには出せない。
今のあたしの幸せは、皆が幸せになることだから。
そのためにも、あたしはやっぱり修行をしないと。
皆の幸せを守るために、世界を守らないと。
「……先生てば。
ホント、十分すぎるぐらいにガソリン満タンになったってばよ」
そのあと、先生がひとりで戻ってきて、あたしたちは再び学院の先生の研究室で修行を再開した。
クラリスたんとスケさんがその後どうなったかは、1年後のお楽しみってことで。
「ミサミサミサミサミサミサっ!!」
「ええい! ウザいわっ!!」
「ふごぁっ!?」
「石化の邪眼!」
「シャレにならんぞ!?」
んでね。
その修行をしてる1年間、あたしのバカはホントによく会いに来たのよ。
それはもう、ホントに仕事してんのかってぐらい。
「王の仕事は、いかに家臣に仕事をさせるかだ」
とかなんか偉そうなこと言って、自分はあちこち回ってるみたい。
そのくせ大変なことには一番に突っ込んで。
そんな王様に文句言う人はほとんどいないよね。
なもんで、修行をしてるあたしの1年は、だいたいがバカとアルちゃんとのバトルを見てる思い出ばっかだったのよ。
あとはクラリスたんとイチャイチャしたり、カクさんとクレアに見せつけられたり、フィーナに脱がされたり?
結局そんなふうにバタバタして、あっという間に1年がたって、約束のお祭りの時がやってきたんだ。




