238.あたしが頑張る理由、ね
「なーんか、こうして先生と街を歩くなんて初めてじゃないかい?」
先生がレギュラー満タンなあたしにさらにハイオクと軽油をぶちこむってことで外に連れ出され、そのまま学院を出て王都の賑やかな街並みを一緒に歩いてるんだけどさ。
なんか先生とふたりで街ブラって、なんかイケナイことしてる気分やない?
「んで、どこ行くだ?」
「こちらです」
アルベルト王国の王都は今日も元気だ。
たくさんの人々が行き交い、立ち並ぶお店からは良い匂いがして、綺麗な装飾品なんかも並んでて。
皆の笑顔と笑い声が満ち溢れてて、あたしはこの空間がすごく好き。
「……って、こちらですって……」
先生が入っていったのは薄暗い路地裏。
人の通りも少なくて静かな細道。
アルベルト王国はべつにスラムとかもないし、夜中とかじゃなきゃ路地裏を歩いても危険なことはそうそうないんだけど。
先生てば、スタスタと歩いてっちゃうから急いであとを追いかける。
「なんだいなんだい。こんな薄暗い路地裏にあたしを連れ込んでどうしようってんだい」
このエロ大先生が!
「そこを抜ければ着きますよ」
「うーむ。安定のスルースキルだね」
いつも通り先生にシカトされながら路地裏を抜けるとそこには……、
「あ、孤児院かい?」
建て直されたばかりの真新しい建物が。
立派、というほどではないけど、人がたくさん住むには十分な施設だと思う。
王国直営の孤児院。
安定してる国とはいえ、ついこの前まで帝国と戦闘行為をしてたわけだし、平時でも魔獣に襲われることもあるわけで。そうなるとやっぱりどうしても孤児ってのは出てくるわけで。
ここはそんな子供たちを国が保護して育ててる施設だ。
お兄ちゃん王子が最も力を入れてる事業。
『国は民を守るためにある。民の中でその庇護から漏れる者がいてはならない』
だってさ。
あの人はとんだ過保護さんなんだよね。
『子供でも出来る仕事はある。仕事をすれば報酬を得られる。技術を得られる。
そして院から出て立派になったら院に莫大な寄付をさせれば経営も問題ない。だからうまく教育するのさ』
なんてことも言ってた。
まあ、後半は照れ隠しみたいなもんだろうね。でも実際、王公貴族のみならず、一般市民の皆の寄付もあって院はしっかりと経営できてる。
子供たちの面倒をみてくれてる人たちもほとんどボランティアみたいなもんだ。引退したメイドさんや子育てを終えたお母さんなんかが院の運営を手伝ってくれてる。
ウチの屋敷にも孤児院から引っ張ってきたメイドが何人かいる。そういう人たちが引退したあと、院を手伝ったりしてくれるんだ。
お兄ちゃん王子の取り組みは皆にもちゃんと伝わってるみたい。
「なんでここに?」
あたしも何度か来たことはある。
毎回、元気すぎるガキんちょどもに振り回されて疲れ果てるけど。
でもなんで今このタイミングでここに?
「……ん?」
院の敷地に入ると、広いお庭から何やら声が聞こえてきた。
「握りが甘い! もっと腰を入れて振れ!」
「「はいっ!!」」
「女が重い剣を振るにはね、遠心力を利用するといいんだよ。力の弱い子供ならなおさらね」
「ありがとうございます!」
「……カクさん、と、クレア?」
そこにいたのはカクさんとクレアペアだった。
ふたりは子供たちに剣の使い方を教えてあげてるみたいだった。
「あ、ミサ」
「あー! ミサだー!」
「おい! お菓子ないのか!」
「早く出せこら!」
「わー」
子供たちはあたしを発見したら速攻絡んできた。完全に輩やん。
「整列!」
「「はいっ!!」」
「おおー」
また子供たちにもみくちゃにされるかと思ったら、カクさんの一喝で子供たちはビシッて大人しくなった。
うーむ。よく教育されておられる。
「ミサ、とミカエル先生?
なぜふたりでここに?」
子供たちに待てをさせたカクさんはあたしたちのもとに。一歩下がってクレアも。うんうん、安定の夫婦っぷりだね。
「いえ、ミサさんの修行の息抜きにね。少しお稽古を見させていただいても?」
「? ええ。それは構いませんが」
皆には1年間あたしが先生のもとで修行することは伝えてある。
それでも、その合間にここに来て息抜きするってのはなんでなんだろ。カクさんも意図を図りかねてる感じ。
「つぎっ!」
「はいっ!」
そのままカクさんは子供たちへのお稽古を再開。
厳しいけどしっかり教えてくれる良い先生って感じ。
こりゃ良いパパになるわ。
「はい」
「あ、クレア。ありがと」
「どうも」
それをぼーっと眺めてたらクレアがお茶を持ってきてくれた。よくできた奥さんだぜぃ。
「クレアたちはよくここに来るのかい?」
子供たちもよく懐いてるみたいだし、一度や二度じゃないっぽいよね。
しかもふたりで。うふふ。
「ああ。カークが、『未来のこの国を担う子供たちは大切に育てなければならない』って言ってさ。筋がいい子は兵や、時には騎士に取り立てたりもしているみたいだ」
「そーなんだ」
あたしゃ聞き逃さなかったよ。
クレアがいつの間にかカクさんのことをカーク先輩って呼ばなくなってることを。つまり、そういうことだよね? ふっふっふっ。
ならば、ここはいっちょからかってみるかね。
「ところで、ふたりはいつ結婚すんの?」
「ん? ああ。ふたりともまだ学生だからな。卒業して、正式に王都の騎士として身を立ててから、と考えている」
「おうっふっ!?」
「どうした?」
「い、いや、あまりにストレートに返されたもので……」
クレアのカウンターであたしゃ大ダメージよ。
「で、でも、そっか。
それは良かった。おめでとう」
「ありがとう」
そう言って笑うクレアはとってもキレイだったよ。
「ところで、ミサはシリウス殿下と結婚するのか?」
「うぼふぅっ!」
「……なんて?」
クレアさんからのクロスカウンターがあたしのみぞおちをデンプシーロールで水面斬りよ。
「……まだ、悩んでるのか?」
「……そーね」
「まあ、人生の一大イベントだからな。悩むのは当然だ。悩むってことは迷うだけのアドバンテージが殿下にもあるってことだ。
ミサの天秤がどちらに傾くか、楽しみにしているよ」
「な、なんか軽いね」
そりゃ他人事ではあるけどさ。
「まあ、他国の王族の婚姻事情に深く首を突っ込むつもりはないというだけだ」
「えー。クレアたん冷たーい」
「ちょっ! 絡むなっ!」
絡んでやるー。軟体動物になってやるー。
「ちょ! 関節どうなってんの!?」
ふふふー。あたしの秘技さねー。
「……何をやっている」
「あ、旦那が来てもーた」
しょーがない。嫁は返したる。
休憩に入ったカクさんが呆れた顔で参戦。
残念だけどクレアたんを解放してあげる。
「……あれだね。カクさんたちからしたら、シリウスはもう他の国の人間ってわけだ」
クレアがカクさんの分のお茶を用意する。
それを当然のように受け取って地面に腰を下ろす旦那。いや、もう夫婦やん!
「……これは殿下……いや、シリウス国王ご自身が望まれたことだ」
「……シリウス自身が?」
「ああ。俺とクレアは新しい国にはついていかない。このアルベルト王国でやっていく。
そう決めたときに、彼が俺たちに言ったんだ。
『ならば、もう俺のことはアルベルト王国のシリウスだと思うな』と」
「そっか」
けじめってやつかね。
いつまでも他国の王にへりくだるようなことはするなっていう。
「でも、そっか。
カクさんたちはここに残るんだね」
あたしゃてっきり、シリウスを追って新しい国に移住するもんかと思ったよ。
「……バランスは重要だ。
ジョンはミサを追ってシリウスのもとに行くのだろう。そうなるとシルバもついていくことになる。
両家の次期当主が移るのならば家ごと移ることになるだろう。
他にもシリウスの新たな国に移住しようという貴族はいるはずだ。新たな地で名を上げるチャンスでもあるからな。
今回の復興のタイミングに限り、各国からの移住に制限を設けていないことも後押ししている」
「そっかー」
ジョンはあたしの騎士になるって言ってくれてたし、そうなるのか。
きっとおんなじように出世しようと新しい地での活躍を夢見て移住してくる人は少なくない。
「そこに、スケイルまで加わるからな。
俺たちまでアルベルト王国を出てしまったら、アルベルト王国の国力の低下を招きかねない。
ゼン殿下は好きにしていいと仰っていたが、きっと俺たちがバランスを考えて残ることは折り込み済みだったのだろうな」
「あ、スケさんはあっちに行くんだ」
スケさんこそバランスがどうこう言いそうだけどね。
「あそこには新たな魔導天使が必要だからな。
もともとミカエル先生の後継として学んでいたスケイルがその地位に就くのが妥当だろう」
「おかげで、私はまだまだ楽できそうにないですけどね」
「そーなんだ」
先生は引退でもしようとしてたのかね。
それとも世界の行く末がだいたい決まったからお役目御免しようとしてたとか?
でもこんな感じになったからもう少しやろうかなってなったのかな。
まあ、なんにせよ、ジョン&シルバ先輩に加えて、スケさんカクさん&クレアが全員移住しちゃったら、たしかにアルベルト王国が大変そうだよね。
ふたりはその辺を考えて、ここに残ることにしたわけだ。
「……もうふたりは、自分たちがこの国を守るんだって動いてるわけだね」
まだちゃんとした騎士でもない自分たちに出来ることはそう多くない。だから、こうして自分たちに出来ることをまずは頑張ろうとしてるわけだ。
「そうだな。騎士とは国を守る剣であり盾だ。
俺たちは、俺たちに出来ることを精一杯やっていくつもりだ」
「そっか……」
ホント、立派なふたりだよ。
「……言っておくけど、ミサの方が十分すごいからな」
「クレア?」
「ミサは世界を救うために今も先生のもとで修行している。それはミサにしか出来ないことだ。
ミサが世界を救ってくれるから、私たちは自分たちの国を守るために頑張れるんだ」
「そういうことだ」
「……クレア、カクさん……」
それは、私じゃないと出来ないからやってることではあるんだけど……。
でも、それが結果的に皆を助けることに繋がるのか……。
「……さ。そろそろ行きましょうかね」
頃合いを見て先生が立ち上がる。
「また来るといい。
俺たちはだいたい放課後はここにいる」
「そうだね。子供たちもミサが来ると喜ぶし」
「うん。ありがとね」
ふたりと子供たちに見送られて孤児院をあとにする。
「……ガソリン、入りましたか?」
院が見えなくなった頃、先生がぽつりと呟いた。
「……そだね。自分が背負っているものの大きさを感じたよ」
先生があたしを連れ出した理由が分かった気がする。
あたしは皆のあの笑顔を、幸せを守るためにも修行を頑張る。
おかげで確かに気合いが入ったよ。
「なら良かった。
じゃあ、次に行きましょう」
「え? まだあんの?」
あたしのライフはもう満タンよ?




