237.アルちゃんと先生と脳爆と、略して、アル生爆……どゆこと?
「ふんっ! ……ぬぐおおおぉぉぉぉっ!!」
唸れ! あたしの小宇宙!!
「違うっ」
「うぎゃっ!」
あたしの、あたしの小宇宙が消える、だとおぅっ!!
「力めばいいというわけではないと何度言えば分かるのですか。
貴女は本当に脳ミソまで筋肉。略して脳筋ですね」
「いてててて。乙女のドタマをぺしぺし叩くでないよ」
「貴女が力任せに集めた闇属性の魔力を霧散させているのですよ。あのままでは魔力が暴発して貴女の脳ミソが物理的に爆散してましたよ。略して脳爆」
「そ、そりゃありがとさん」
え? 略して……っての流行りなの?
先生どんな方向性で行こうとしてんの?
クール天然キャラ? 略してクー天?
「はい、もう一度」
あ、もう略しての件やらんのね。
「へーいへい」
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「え? ケルちゃんとルーちゃんが新しい国の魔獣の長になるのかい?」
「そうなのです」
バカ王子との話のあと、話があるっていうアルちゃんとおやすみ用のテントに。
ケルちゃんとルーちゃんはいっぱい食べていっぱい働いて、疲れて寝ちゃったみたい。
ここの魔獣たちに挨拶に行ったあと、皆も復興を手伝ってくれたんだよね。
で、寝てる2人を起こさないようにしながら、アルちゃんとお布団の上に座ってお話することに。
「そっかー。まあ長は必要だもんねー。
他の国と違って、アルベルト王国にはアルちゃんケルちゃんルーちゃんの3人がいるから、そっから誰かが移動しても大丈夫なわけだ」
「……うん」
「ん? アルちゃんは?」
「……私は、アルベルト王国に残るのです。
他の地の長同様、1人であの場の魔獣たちを束ねていくのです」
「そーなんだ。
でも確かに、それならアルちゃんが適任な気もするよ」
長ってのは意外とやること多いらしい。
魔獣たちのしつけに人間たちへの牽制。他国の長とのやり取り。時には魔導天使との話し合いも。
場合によっては魔獣を率いて人間を討つことも。ま、今は人間側もそんなことをされるような馬鹿はしないけど。
だから魔獣の長ってのは、ただ強いだけじゃなくて頭も良くないといけないし、駆け引きとか、政治みたいなこともやらないといけないみたい。
そう考えると、確かにアルちゃんが一番合ってる気がするんだよね。
ケルちゃんとルーちゃんはなんて言うか、あたし寄りじゃん?
「……ミサにそう言ってもらえるなら、頑張れるのです」
アルちゃんが元気なさそうだったのはコレなんだね。
今も、ちょっと寂しそうにしてるし。
今までずっと3人でやってきたんだもんね。
あたしが来るまでは敵対してたりもしたみたいだけど、3人で分担しながらアルベルト王国の魔獣たちを守ってたんだもんね。
「……」
「……アルちゃん?」
ちょっと俯き気味だったアルちゃんはあたしの胸に頭を寄せてきた。
「……べつに、ケルやルーと離れるのを寂しいとは思わないのです。
魔獣同士だから、会おうと思えばべつにすぐに会うことも出来るのです」
「じゃー、なんで?」
なんでそんな寂しそうな、心細そうなんだい?
「……ミサはきっと、この国に行っちゃうのです」
「……アルちゃん」
それはまだ、分かんないよ……。
「……ミサがどんな答えを出したとしても、ミサはたぶんここに来るのです。
あのバカ王子の想いに応えられなくても、傷ついたこの地の力になろうとして」
「……」
「ミサは、そんな人なのです」
「……さすがはアルちゃんだね」
自分に溢れんばかりの力があるなら、その力で救えるモノがあるなら、それを一番有効的に使える場に行こう。
先生との修行を決意したのは、その気持ちもあったから。
力をうまく扱えるようになればできることも増える。
落ち着いたとはいえ、危険の種がなくなったわけじゃない。どんなトラブルが起こるか分からない。
そんな時に、あたしが少しでも力になれたら。
シリウスとのことがどんな結果になっても、あたしはこの国に来ようと思ってた。
アルちゃんには、それがバッチリ見抜かれてたわけだ。
「ミサのことなら何でもお見通しなのです」
アルちゃんがあたしの胸にうずめていた顔を上げる。
その瞳は閉じられていても、うっすらと涙が滲んでるのが分かった。
アルベルト王国に残れば、あたしとは離れることになる。
あたしがどんな答えを出したとしてもそれは変わらない。
アルちゃんはそれを分かっていたからずっと寂しそうにしてたんだ。元気がなかったんだ。
「……アルちゃん」
「わぷ」
あたしにしがみつくアルちゃんをぎゅって抱きしめる。
ちっちゃくて華奢な体。
その小さな肩に、どんだけ重たいもの乗せてんだい、この子は。
「ごめんよ。すぐに気付いてあげられなくて」
この地には魔獣の長がいない。長になれそうな魔獣もいない。
それなら他から長が行くしかない。で、長が複数人いるのはアルベルト王国だけ。
そんなこと、ちょっと考えればすぐに分かることなのに。
自分のことでいっぱいいっぱいで、皆のことをちゃんと見てあげてなかったね。
「いいのです。ミサには、自分の気持ちを何より大事にしてほしかったから」
あ、そか。
だからアルちゃんは、そういう意味も込めてあたしにそんなことを言ってくれたんだ。
「……アルちゃんには敵わんね」
「ふふふー、なのです」
あたしに抱きしめられながら上げた顔には、もう涙は滲んでなかった。
ホントカッコいいよ、あんたは。
「とりあえず1年間は、あたしはアルベルト王国にいるからさ。
それまで、がっつりイチャイチャしようよ」
「もちろんなのです。私がミサを独占する貴重な時間なのです。誰にも邪魔させないのです。バカ王子が来たら石化させてやるのです」
「おおう……」
急な早口&真顔やめて。マジでやりそうで怖いから。
「それに、べつにミサがこっち来てからもいっぱい会いに来るからいいのです。
ケルたちが新しい長として苦戦してる間に、私がここでもミサと一緒にいるのです」
「え、でも、アルちゃんもアルベルト王国の長としての仕事があるんだろ?」
「ふふふ。私がそれまでに何の行動もしないとでも?
1年間、みっちりアルベルト王国の魔獣たちをしつけてやるのです。
ようは決定権だけは私が握って、その上で私がいなくても回るような仕組みを作ればいいのです。
魔獣たちは長に従うから簡単なのです。
そのうち、ミサがこっちに行ってもケルたちより私の方がミサと一緒にいられるようにしてやるのです」
「うわーお」
怪しげに笑うアルちゃん、恐ろしい子。
お兄ちゃん王子が聞いたら卒倒しそうな案件だね。
魔獣に社会性を持たせようとしてるんだから。
ま、アルちゃんのことだからその辺はうまくやるんだろうけど。
魔獣の特性的に人間みたいな社会状態にはならないだろうし。
ようは長としての仕事はアルちゃんがやるけど、自分たちの管理は魔獣たち自身にやらせるとか、報告は逐一させるとか、そんなぐらいなんだと思う。
アルちゃんが魔獣を組織し始めたら、お兄ちゃん王子も動かざるをえないってことはアルちゃんも分かってるんだろうしね。
あるいは、それを匂わせることで距離が近くなってしまった人間とのバランスを取ろうとしてるのかも。
油断はするなってことかね。
なんか、ちょっとミカエル臭がするね。
あの人がアルちゃんにアドバイスでもしたかね。
「ま。とにかく、今はいっぱいミサに甘えるのです!」
アルちゃんは笑顔満開であたしを強くぎゅーしてきた。
「わー。
お返しだよー!」
「きゃー!」
それが可愛すぎたからあたしもぎゅーし返す。
「あー! なんかやってるー!」
「ちょっと! ズルいわよ!」
「ちっ。バレたのです」
騒いでたらケルちゃんとルーちゃんも起きてきちゃった。
そりゃ、こんな近くでバタバタしてたら起きちゃうよね。
「へい! 2人ともカモン!」
「わー!」
「えーい!」
あたしが片方の手を空けてあげると、2人も胸に飛び込んできた。
「ぐはっ! ちょ、ダイビング強めっ!」
2人のダイブが思ったより強力で、支えきれずに4人でお布団の上に寝転ぶ形に。
「ミサ! 今日ね! この地で一番強いって言う魔獣と相撲して勝ったんだ!」
「それなら私もよ。分からせてやったわ」
「おー! すごいじゃん!」
2人が名実ともに長になったってわけね。
「それでね、そのあとはね。シリウスたちのお手伝いでいっぱい木を倒して焼いて、炭をたくさん作ったんだ!」
「あら。それなら私は皆に服を作って上げたわよ。私の服は軽くて丈夫って大人気なんだから」
「それなら私も、スノーフォレストの治癒士団とこの地の医師団と合流して、いろいろとアドバイスしたのです。
ミカエルから事前に開示していい情報は聞いていたのです」
「あ、それなら僕も言われた~。魔法っぽく見せる炎ブレスの使い方とか」
「私もよ。普通の糸と織り混ぜて魔獣の糸だってバレないようにする配合バランスとか」
「そーなんだ」
あの人は、ホントに抜け目ないね。
「皆すごい! ホントすごいよ! ありがとね!」
語彙力は前世に捨ててきたけど、ホントすごい! え? 前世にもなかっただろって? あたしの語彙力どこで落とした?
「えへへー」
「そ、それほどでも、あるわよ」
「ふふふー、なのです」
皆の頭をナデナデしてあげると、3人とも嬉しそうにしてくれた。
この時間が何よりの幸せだね。ケルちゃん尻尾出てるよ。
「それでねそれでね! あとね!」
「私もー!」
「私だって」
「うんうん」
そうして遅くまで皆でおしゃべりして、いつの間にかそのまま寝ちゃったんだよね。
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「……さん。ミサさん!」
「え? あ、はいはい」
アルちゃんとのお話のことを思い出してたらボーッとしちゃってたみたいだね。
「あんまり気を抜いてると死んでしまいますよ」
「へ?」
呆れた顔であたしの頭上を指差す先生。
それにつられて顔を上げると、恐ろしいほど高密度の闇属性の魔力の塊が頭の上に浮かんでた。なんなら、ちょっと落ちてこようとしてる。
「ぬわっしゃーーいっ!!」
慌てて落ちてこないようにキープ。
あぶないあぶない。
あれが落ちてきたらリアルに脳爆ものよ。
「修行に身が入らないのなら今日はもうやめておきましょうかね」
「おわっと」
先生が手を振ると、あたしの頭上でギンギラギンにさりげなく煌めいてた魔力が一瞬で霧散した。
今の、けっこうな量の魔力よ?
相変わらずとんでもないお人だね。
「何か、気になることでも?」
先生の研究室で、ひと休みのティータイム。
先生が淹れてくれた絶品の紅茶を楽しんでると、あたしのお菓子を美味しそうに食べながら先生が尋ねてきた。
あたしのちょっとした変化とか悩みにもすぐに気が付く。
この人は、こういうとこもホント抜け目ないよね。ホント先生って感じ。
「いや、アルちゃんの話を思い出してね」
「ああ。ようやく言えたのですね」
「……その口ぶり、先生はやっぱりいろいろ知ってたんだね」
なんなら先生の入れ知恵でしょ。
「というより、アルビナスから相談を受けてましたからね。
今後の旧帝国の地の魔獣の扱いとアルベルト王国の長に関して」
「そうなんだ……」
自分の所だけじゃなくて、他の土地の魔獣のことまで考えてるんだね、アルちゃんは。
「本人はなかなかに悩んでいたみたいですよ。
総合的に自分がこの地の単独の長になるのが最適解なのは分かっているけど、心情的には納得しない、と。
よっぽど貴女と離れるのが嫌だったようですね」
「……そっか」
たぶんアルちゃんは、そこまで分かってて。そこまで見据えてて、その上で帝国に連れ去られたあたしを取り戻しに来てくれたんだと思う。
帝国崩壊後、自分たちの中から長を選出しないといけないって分かってて。
あたしがこの国から出るって分かってて。
アルちゃんは、この国に残らないといけないって、分かってて……。
「それでも彼女はこの地の長となることを選んだ。
世界のため。魔獣のため。
そして全ては、貴女のために」
「……」
アルちゃんは。もちろんケルちゃんもルーちゃんも。
あたしのために頑張ってくれてるんだよね。
「貴女がやるべきことは彼女たちの想いに思いを馳せることではないのは分かりますね?
彼女たちの想いに応えること。
頑張ってくれている彼女たちに負けないように頑張ること。
それが、貴女が今やるべきことなのでは?」
「……そうだね」
今は修行に集中することが、アルちゃんたちの気持ちに応えることになるってことだよね。
「よっし! じゃあ続きやるよ!」
気合い入ったぜぃ!
「と、その前に、もう少し貴女にガソリンを入れときましょうか」
「ほえ?」
もうあたしはレギュラー満タンよ?
ハイオクと軽油も入れんの?
脳爆するよ?
ミカエル先生はそう言うと、立ち上がって外套を羽織りだした。
「お出掛けしますよ」
「……ぱーどん?」




