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236.バカと月とにハプニングで、あたしの答えを聞いてくれるかい?

「復興の方はどうだい?」


 シリウスとのタイマン。

 まずは当たり障りのないところから攻めるあたしを川辺に浮かぶ満月が笑ってる気がする。あとで石投げてやろう。


「まあ、まだ始まったばかりだからな。

 やることは山積みだし、しばらく手が空きそうにないな」


「あーまあそうよね」


「……だが」


「ん?」


「何より帝国の民であった者たちのケアだけは怠らないようにしなければ。

 環境の変化に馴染めなければ、体調を崩したり反発を招いたりする。

 彼らには細心の注意を払いながらも見すぎないように気を付けなければ」


「……そだね」


 心配だからって様子を見すぎると、逆に監視されてる、信用されてないって思われそうだもんね。


「……なんか、王様って先生みたいだね」


 そうやって思うと、皆に目を行き渡らせてたミカエル先生ってすごいんだね、やっぱ。


「そうだな。人々を教え導くという点では似た部分があるかもしれない。

 だが、王は人々に寄り添いすぎても良くない。

 王とは全てだ。

 教師であり、指標であり、裁判官であり、執行人であり、政治家であり、軍の総大将であり、時には大工でもある。

 近くて遠い。

 人々の上から全てを守るべき存在。

 それが王だ。と、俺は父上と兄上から学んだ」


「……それは、ずいぶん立派な王様だね」


 そんなことを実現するのは大変そうだよ。


「……兄上は、そう言われるのを嫌っていたな」


「へ?」


「『立派な、ということはそれが王の普通ではなく、優秀な王であるということを指している。

 そんなことはない。

 それぐらいのこと、出来て当然なのだ。

 それが出来て初めて王なのだ。

 その上で、どう国を前に進めていくのか。それを考え、実行していく王こそが立派な王と言われるべきであろう』

 ……ってことらしい」


「……お兄ちゃん王子っぽいね」


「ははっ! ホントにな」


「!」


 月夜に照らされて少年みたいに笑うシリウスは、なんだか少し大人になったように見えた。

 少年みたいなのに大人に、ってちょっと変かね?


「……正直、俺にはそんな普通の王になるのさえまだ難しい」


「……」


「知識はあってもそれが答えに結び付かない。

 民の要望に王としてどう答えるべきなのか、どう在るべきなのかが分からない。

 甘やかせばいいというわけでもない。

 だが、縛りすぎても良くないのだということは分かる。

 その使い分け、線引きが取り分け難しい。

 ……かつての俺は、民など力でもって支配し、守っていればいいと思っていたからな」


 シリウスはそこまで言うと、ふっと自嘲気味に笑った。


「……そうだね。そのせいでどこぞの令嬢にぶん殴られたぐらいだもんね」


「……あれは効いたよ」


 思い出すかのように頬をさすってる。

 その横顔には、今はもうあの頃みたいな冷酷無比な雰囲気はどこにもなかった。


「……そうやって、悩めているんだから大丈夫なんだと思うよ」


「え?」


「何が正解なのか、何が民のために、国のためになるのか。

 それを一生懸命に頭を抱えて考えて悩んで。

 そういうことが出来る王様ってのは、すごいと思う」


「だ、だか、それは王としては当たり前で……」


「うるさーい!」


「いてっ」


 わからず屋にはデコピンアターック!


「そんないきなりミカエル先生とかお兄ちゃん王子とかみたいに出来るわけないやん。

 それに、誰かの真似ばっかしてても、それじゃいつまでたってもその人には追いつけないし、追い抜けないよ」


「!」


「あんたはあんたのやり方でやればいいんだよ。

 大丈夫。あんたがもうバカみたいなことはしないってのは、あたしも分かってる。

 皆もきっと、あんたが頑張ってることは分かってる。

 王様が頑張ってる姿を見せてあげれば、皆も協力してくれるよ。

 無理して上に立つ必要もない。前を向いて先陣切ってくれればいいんだよ。

 たまに振り返ってくれれば皆もついていくから。ついてきてくれてるのが分かるから。

 大丈夫。あんたならやれる!

 もしまた迷走して変なことしようとしてたら、そんときはまたあたしがぶん殴ってあげるよ!」


 全力の拳で!


「……はは。それは心強いな」


 じゃろ?


「え、てか大丈夫?

 そんな痛かった?」


 おでこ押さえたまま俯いちゃったけど。

 あたしのハイパーフィンガーアタックで頭蓋骨割れた?


「い、いや、違う。大丈夫。大丈夫だから!」


「いやいや、ちょっと見せてみい! 王様のドタマかち割ったとかなったら洒落ならんから! 私がミカエル先生に物理的にかち割られるから!」


「や、やめろ! 大丈夫だから!」


「ええい! ちょっと見せるぐらいえーやん!」


 減るもんじゃなし! 怖くないよおじさん怖くないよ。ほーら見せてみい!


「ちょ、やめっ! ちかっ! おわっ!!」


「へ? だわっ!!」


 いたたたた。

 調子にのって2人して転んじゃ……。


「……ん?」


「あ……」


「……あ」


 あたしの下にバカ王子。

 寝そべるバカにまたがるあたし。

 両手で支えたあたしの腕の間にバカ王子。

 あたしの顔の真下に、バカの顔。


 いや、どんなベタな展開やねーん! やねーんねーんねーん……(エコー)。


「……」


 と、そんなあたしの心の中のバカ騒ぎなんて無視して真剣な顔の、ウチとこのバカ王子。

 あ、もう王子じゃないんだっけ? 王様?

 うーん……やっぱバカ王子で!


「……ミサ」


「うひゃい!」


 垂れた髪をさらりと撫でられて、思わず変な声がががが。


 え? てか、普通逆じゃない?

 なんであたしがコレを押し倒したみたいなってんの?

 いや、確かに逆だったら多分、思いっきり急所蹴り上げて顔面パンチして全力で逃走してた気がするけど。なんかあたしが押し倒しちゃった手前、如何ともし難い状態に……。


「……やはり、俺にはミサが必要だ。

 ミサは俺にとっての光だ。

 ミサがいれば、俺が道に迷うことはない。

 俺は自信を持って俺が決めた道を歩ける。

 ミサならそんな俺の後ろに……いや、隣に必ずいてくれるって信じられるから」


「……!」


「それに、もしも俺が間違った道に進みそうになったら力ずくで引き戻してくれそうだしな」


「……物理的にね」


「ははっ。そうそう」


「……」


「ミサ」


「!」


「改めて言おう。

 俺と結婚してくれ。

 この新しい国で、ともに生きていこう」


「……」


 まっすぐで真剣な眼差し。

 そこに嘘や誤魔化しなんてない。

 本当に心からの言葉なんだってのが分かる。

 まあ、疑ったことなんてないけど。バカだから。

 バカだから、信じられるんだよ。まっすぐすぎるからね。このバカは。


 そんな真剣な言葉を受けて、あたしの答えは……。


「……ごめん」


「え?」


「もう、腕が限界っ」


「うわっ!」


「すまぬ!」


「ぎゃっ!」


 腕の痺れが限界を迎えたあたしのヘッドバットは見事にバカ王子の口にぶち当たったのでした。

 ごめん。真面目なシーンで。しかもハプニングでチュッとかじゃなくてヘッドバット決めてごめん。


「ご、ごめん。大丈夫かい?

 ちょっと腕が限界でっ!」


 可憐な美少女令嬢の細腕じゃ腕立てなんて無理ぽなのよ。


「あ、ああ。大丈夫。大丈夫だ……」


「いや、ちょっ! 唇から血ぃ出てるから!

 大丈夫じゃないじゃん!

 ちょいと見せてよ!」


「うわっ!」


「ありゃー。けっこういっちゃったねー。ホントごめんねー」


 あたしのヘッドバットで見事に唇から流血事件。いや、ホントすんません。


「だ、大丈夫、だから、ちょっと、離れてくれない、か。その……ちょっと、近すぎる……」


「へ?」


 なんかお顔が真っ赤だよ……て。


「……あ」


 夢中で気付かなかったけど、いつの間にかシリウスの上に完全に重なってた。上半身もぴったりと。

 んで、あたしの顔の真下に整ったお顔が。

 その血で濡れた唇にそっと指を這わせるあたし。

 これ、アカンやつや。


「ご、ごめっ……ひゃっ!」


 慌てて体を起こそうとしたら、シリウスに腰を抱かれて止められた。

 超近距離のまま動けん。


「……ミサ。好きだ」


「!」


「生涯、ミサだけを愛することを誓おう。

 ミサがまだ前世でのことを忘れられないというのならそれでもいい。というか、無理して忘れなくてもいい」


「……」


「誰かを愛した記憶を忘れる必要はない。

 俺は、それも含めてミサの全てを愛そう」


「……」


「……ミサ」


「!」


 顔を起こしてくる。

 このまま何もしなければ、その唇はあたしの唇と重なる。


「……!」


 けど、あたしは唇に触れていた指で、それを防いだ。


「……ごめんよ」


「……そうか」


 少しだけ悲しそうな顔をしてから、シリウスは離してくれた。

 体を起こし、隣に腰をおろす。

 シリウスは地面に寝転んだままだ。


「……あのね」


「……ん?」


「少しだけ、待っててほしいんだ」


「……!」


 シリウスが顔を上げるのが分かる。あたしはそれを見ないようにしてるけど。


「あんたの真剣な想いは伝わった。

 ホントに嬉しい」


 ホントに。

 こんなあたしにそんなことを言ってくれるのなんて、1人しかいないと思ってたから。

 もう、そんなことはないと、思ってたから……。


「……正直、その気持ちに応えたいって気持ちは強いんだよ」


「……」


「でもね。真剣な想いを、真摯な想いを伝えてくれたからこそ、安易にそれを受け入れるわけにはいかないなって」


「……」


「あたしの方も、ちゃんと覚悟を決めなきゃ」


「……覚悟?」


「うん」


 夜空に手を伸ばす。

 開けた空は、月と星に手が届きそうで。

 夜は、あたしの魔力が冴える。

 今のあたしなら、もしかしたら本当に手を届かせることさえ出来そうで。


「あたしは中途半端だ。

 気持ちも、この力も。

 バラキエルさんにあんな啖呵切ったんだから、ちゃんとやらなきゃ。

 毎年、いっぱい闇属性の魔力を集めて、無事にリヴァイさんにあげなきゃいけない。

 お祭りってことは、たくさんの人が来る。

 暴走して、失敗するなんてあり得ない。

 だから、もっともっと修行して、絶対失敗しないようにしないといけない」


「……そうだな」


「だから、あたしはミカエル先生のとこに弟子入りしようと思うんだ」


「!」


 そう。この力をちゃんと操れるようになるには、やっぱり先生に教わるのがきっと一番いい。


「先生にはもう相談してあるんだ。

 そしたら、とりあえず一年間はみっちり修行するって言ってて。来年に行われるお祭りに間に合わせるためにね」


「そうなのか……」


「それでね。その間に、あたし自身の気持ちにも、きちんと答えを出そうと思ってさ」


「……そうか」


「うん。だから、少しだけ待ってほしいんだ。

 1年が少しかって言われたら分かんないけど、先生のもとで修行しながら、あんたの真剣な想いに応えられるだけの答えを、あたしも出したいと思うんだよ」


「……ふっ」


「なぜ笑う?」


「いや、ミサらしいなと思ってな」


「そうかね?」


「正直、複雑な気持ちもあるが、それよりも、俺はいま嬉しいと思ってる」


「嬉しい、のかい?」


「もちろん。ミサが、俺の気持ちに真っ向から向き合ってくれようとしてるのが分かったからな。

 自分の真剣な気持ちに真剣に向き合ってくれる。これほど嬉しいことはないだろう」


「……ホントに。あんたはホントに、まったくだね」


「ん?」


「ホントにバカ王子だねってこと」


「な、なにおう!」


「あ、怒った」


 ホントに、困ったヤツだよ、あたしのバカ王子は。


「あ、だが、修行中の1年間も俺はおまえに会いに行くからな」


「え?」


「当然だろ。愛するミサに変な虫がつかないか不安だし、会うたびに俺はおまえに愛してると伝えるつもりだ」


「……よくそんなこっ恥ずかしいこと真面目な顔して言えるね、あーた」


「まあ、そんなことはミサにしか言わないからな」


「……それ、ダメくず野郎みたいだからあんま言わない方がいいよ」


「え!? そうなの!?」


「……あたしがいた世界じゃナンパくず野郎の常套句みたいなもんだから」


「……おまえ、どんな世界にいたんだよ」


 ……たしかに。


「あーーーっ!!」


「うわいっ! びっくりしたっ!」


 突然叫ばないでくれるかい!?


「言いたいこと言ったらスッキリした。これでさらに頑張れる」


「……頑張りすぎないでよ」


 いい顔しちゃって。


「……心配なら、そっちから会いに来てもいいんだぞ?」


「……調子のんな」


「いてっ」


 そんな調子のいいヤツにはハイパー手加減デコピンじゃい。


「……まあでも」


「ん?」


「皆の慰労のためにたまにお菓子とか差し入れするつもりだから、その時にたまーーーに、会いに行ってあげてもいいかもね」


 あたしのお菓子とかいうチート回復アイテムで皆も元気もりもりよ。


「ホントかっ!」


「うおっ! ビックリ仰天っ!」


 目ん玉飛び出そうなほど、なにそれ、笑ってんの? ちょっとキモいよ?


「ミサが会いに来てくれたら嬉しい! 頑張れる!」


「お、おおう……。さ、さいですか」


「うむ!」


 このバカは。ホントにバカで困るよ、まったく。




「ミサー! もう皆寝るのでーす!」


「あ、へーい!」


 アルちゃんがテントから出てきて呼んでくれた。

 タイミングが良すぎるね。

 こりゃ、魔獣の聴力で聴かれてたかね。


「ほら、いくよ。バカ王子!」


 ぴょんって立ち上がって、バカ王子に手を差し出す。


「バ、バカって言うほうがバカなんだぞっ! ……ん」


 バカ王子はバカみたいなことを言ってから、迷わずにあたしの手を取った。


「フウェーイ! ダッシュじゃボケー!」


「ちょ、待てっ! そんな急に走るなっ!」


「ははっ! ちゃんと捕まえとくんだね、あたしのバカ王子っ!」


「離すものか!!」


「あはははははっ!!」





 ちょっと引き伸ばす形になっちゃったけど、これでいい気がする。

 ちゃんと考えて、ちゃんと決めよう。

 いっぱい考えて出した答えなら、あっちの旦那もこっちのバカも、きっとそれでいいよって言ってくれる気がする。

 この人たちは、そういう人たちだ。












「ミサ。ちゃんと話せたのです?」


「……うん。ありがとね、アルちゃん。

 ケルちゃんたちが乱入してこないようにしてくれてたんでしょ?」


「……バレてたのです」


「そりゃあねえ」


 もう付き合いも短くないのよ。


「……」


「……アルちゃん?」


 やっぱり、朝からアルちゃんがちょっと元気ない気がする。


「……ミサ」


「なんだい?」


「……私も、ミサに話したいことがあるのです」


「……うん」


 なんだろ?



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