235.アルちゃんたちとバカ王子のもとへ行ってみた
「当たって砕け!」
「……いや、それを言うなら『当たって砕けろ』なのです」
「そだっけ?」
久しぶりの実家で転生者の先輩でもある両親から転生前の話とか、いろんな話を聞いたあたしは再び帝国のあった地へと来ていた。
あれ以来、アレとは全然会ってないんだよね。
でもまあ、お母様たちの話を聞いて、ちょっとまともに話でもしてみようかと思ったんだよ。拳で!
あのバカ王子は学園を中退した……というかアルベルト王国の人間じゃなくなるし忙しくなるから通えなくなったみたい。
もともと学力的には卒業レベルだったみたいだし。勉強はできるバカなのよ、アレ。
んで、今はもっぱらここに張り付いて皆を先導しながら国を復興させてるみたい。
勉強はできるから指示も的確だし、誰より体を動かすから皆からも慕われてるんだって。
「……ったく。バカがバカなりに頑張っちゃってさ」
「ん? 何か言ったのです?」
「うんにゃ、なんにもー」
ここには各国からいろんな人たちが復興のお手伝いに来てる。
バラキエルさんが船で海上に避難させてたって帝国の民は思ったより大人数で。
クラリスが状況を説明したときは皆動揺したみたいだけど、どこかでそんな予感もしてたみたいで、皆わりと早いうちから受け入れて、今は皆で復興に力を入れてる。
あ、そもそもなんで復興が必要なのかって?
イノス王子様のメテオアタックが街にあった魔導機械兵の制御施設を破壊するときに、一緒に街を吹き飛ばしたからだよ!
そんなスノーフォレストからは主に医療関係者が。帝国には魔法が得意な人が少ないから、普通の治療が難しいものを担当してくれてるみたい。それと同時に魔法によらない医療を帝国の人から学んでるんだって。
リヴァイスシーからは漁業系のガチムチが。帝国も海産物がよく採れるみたいで、西の海に港を新設して船をいっぱい造るんだって。帝国の漁師系の人たちと筋肉祭りして盛り上がってるみたい。
マウロからは兵士さんが一番多いかな? 治安維持をメインにやってもらってるみたい。ミカエル先生いわく、『地理的に地続きではなく、かつ今回の一件で最も負い目のあるマウロが警備部分を担うのが妥当でしょう』ってことらしい。よく分かんないけど、大人の事情的な感じだね。
んで、アルベルト王国はその他全般かな? 王国の第二王子であるシリウスが王になるってのもあって、いろいろアルベルト王国が取り計らってることが多いみたい。なんか利権的な話じゃなくて親バカ的なね。王様は息子が別の国をちゃんと束ねてやってけるか心配なのよ。
『アルベルト王国が人員を最も送るとはいえ実効支配ではない。王たちがそんなことを画策しようものなら俺たち王太子が王を潰す』ってお兄ちゃん王子が言ってたから大丈夫なんだと思うよ。つくづく恐ろしいお人だよ。
そのために警備武力をマウロに一任したんだろうし。
ま、それらも一時的なもので、この国の復興が終わって軌道にのれば各国所属の人たちは国に帰る。
希望者は移民することもできるみたいだけど、基本的にはもともとのこの国の人たちでやっていくことにするみたい。
まあ、鎖国は終わって他の国と通商とか観光とかもやるだろうから、そんなに垣根はないだろうけどね。
「……そっか」
アレの王妃になるってことは、そういう国を担ういろんなことに関わっていくことにもなるんだね。
……それは、責任重大だね。
軽々しく決めていいことじゃない。
どんな結論を出すにせよ、その答えには責任を持たないといけないね。
「……ミサ? 大丈夫なのです?」
「ん? あ、ごめんごめんアルちゃん。ちょっと考え事をね」
「?」
「あ、それより、ケルちゃんとルーちゃんはどこ行ったんだい?
この国に入るとこまでは一緒だったのに」
迷子かい?
「……2人なら、この地の魔獣に顔見せしに行ったのです。
魔獣の長の役をしていたバラキエルがいなくなった今、長が不在では魔獣たちはすぐに人を襲うようになるのです……というより、正確には自分たちの獲物の範疇から人を外さなくなるのです。
そして、今のこの地には長になれるほどの強力な個体がいない。だから2人が行って、暫定の長として魔獣たちを取りまとめるのです。
長が命じれば魔獣たちは必要以上に人を襲ったりはしないのです」
「あーそっかそっか」
海上にいるって言う帝国の民のもとにクラリスたちが着いたとき、人間と魔獣は一緒に仲良く過ごしてたらしい。
バラキエルさんは長として、魔獣に対して人を食べることを禁じていたみたい。もちろん人間から魔獣に対しても。
離島に魔獣の住む楽園を設けるって言ってたけど、それだけだとたぶんすぐに魔獣たちの食糧が尽きる。だからバラキエルさんは帝国の民に魔獣たちの世話をさせようとしてたみたい。で、そのために魔獣には人間を襲わないように命じてた、と。
そもそも魔獣はあんまり人間を襲わない。人間が手強いことを知ってるから。人間の中には、下手したら単独で討伐してくる個体さえいるしね。どっかのバカみたいに。
それでもやっぱり生きていくためには食べなきゃいけないわけで。
基本的に体の大きい子が多い魔獣は食べる量も多いわけで。
ほとんどが雑食だから野性動物や植物を食べてだいたいの魔獣は事足りるけど、それでも近くに人間がいれば、チャンスがあればやっぱり襲おうとする。
食物連鎖ってやつ。
魔獣の長も人間もそれはお互いに分かってるから、なるべくお互いの領域は侵さない。
それでも侵入してくる者は互いに生きるために倒す。
人間と魔獣はそうやって生きてきた。
でも、バラキエルさんはきっと、魔獣を保護しようとしてたんだ。人間に世話をさせて。
魔獣がそれを望んでるかは分からないけど……。
「ねえ、アルちゃん」
「なんです?」
「魔獣は、やっぱり自由に生きていたいよね?」
「うん。その通りだと思うのです」
「そっか」
即答、ってことはアルちゃんもバラキエルさんのやろうとしてたことを理解してるんだね。
「……バラキエルはきっと、いずれ人間の力は魔獣を超えると思ってたのです。たぶん、魔法のない世界で人間は他の動物を完全に支配、管理してるのです。
バラキエルは魔力のなくなったこの世界でもそうなると思って、魔法以外の力を発達させた人間が魔獣を虐げないように保護させようとしたのです」
「うん……」
支配、管理ね。たしかに、そうと言えなくもないね。
「でも、それは違うのです。
魔獣はそんなに弱くないのです。
人間の保護など必要としない、人間の存続を脅かす脅威。
それが魔獣なのです。
人間が思い上がれば牙をもって思い知らせる。それが私たちなのです。
牙を抜かれた魔獣に意味なんてないのです。
ケルベロスたちには、人間を無為には襲わないことはもちろんとして、その辺りもしっかり魔獣たちに教え込むように言ってあるのです」
「……そかそか」
一度は闇に堕ちて失敗しちゃった世界。
それはかつての人間の思い上がりによるやらかしだったみたいだからね。互いに争いあって。
魔獣はそのためのストッパー。
人間同士で争ってる場合じゃないぞと分からせるための脅威。
今回はあたしのためってことで共同戦線を張ったけど、本来的な意味を忘れないようにってことだね。
あたしも、友好的だからってそれを忘れちゃいけない。
魔獣はあくまで対等な関係。
「……ってか、友達だからねー」
「わぷっ! ミサ、急になんなのです!?」
先導してくれてるアルちゃんをいきなり後ろからぎゅーしてやった。照れてる、かわいい。もっとやってやる。
魔獣は日だまりみたいな匂いがする。暖かい。
いつか、皆もそれを分かる日が来るといいな。
「てか、アルちゃんは行かなかったの?
アルちゃんが説明すれば早いのに」
ケルちゃんたちがちゃんと魔獣たちに説明できるかちょっち心配よ。
「……」
「ん? アルちゃん?」
「……私は、いいのです。
私はミサを案内しないと、なのです」
「……? そかそか。ありがとねー」
「んむっ」
なんかアルちゃんがちょっと元気ないから、もっかいぎゅー。
「もう着くのです」
「はーい」
照れてる、かわええ。
「その建材は北の街に! 王都の外壁を壊して利用しても構わん! まずは民たちが落ち着ける家を造れ! いつまでも仮設住宅では休まらん!」
「……ちょいとアンタ」
「港の方はどうなっている!? 当面は各国から食糧支援があるが、なるべく早く自立したい。リヴァイスシーの漁師と連携して漁に出る体制を整えよ!
不調を感じたら医師団に行け! 急ぐが無理はするな!」
「おーい、バカ王子ー……」
「シリウス様っ!」
「なんだっ!」
「新たに落とされた隕石が発見されたのですが、やはり我らではどうにもできず!」
「分かった! 俺が行って壊す!
ミカエルとイノスが隕石の一部を欲しいと言っていたが残りは好きにしていいそうだ。
俺が手頃な大きさにするから、そのあとは加工して復興に使え。
いくぞっ!」
「はっ!!」
「……」
だいぶ忙しそうだね。
「……落ち着くまで、あたしたちも手伝って待とっか」
「ん。それがいいのです」
結局、そのままどっかに消えてったアレと再び会えたときには、辺りはすっかり真っ暗になっちゃってたんだ。
「……ふーー」
「お疲れぃ」
満月が浮かぶ川辺。
シリウス率いる復興部隊の本隊は現在この辺りを拠点にして過ごしてるみたい。
民たちには一番に家を建てて提供してるのに自分たちは仮設テント。
きっと、その行いは皆にちゃんと届いてるよ。
「……おわっ!! ミミミミミミ、ミミミサ! ミンミンミサミサ!」
セミ?
「え、てか、お昼にもいたんだけど」
「……え?」
川辺で一息ついてたシリウスに声をかけると、ビックリするぐらいの動揺を見せた。
「あ、気付いてなかったパティーンね」
「す、すすすすす、すまん!」
酢マン?
「いんや、夢中で頑張ってたんだろ?
すごいじゃん」
「そ、そうか。いや、悪かったな」
悪くなんてないさね。
頑張る男はいつだってカッチョいいもんさ。
「……頑張ってる男は好きだよ」
「んななっ!?」
「……あ、いや! ちゃうよ! これはそういう意味じゃなくて!
個人的な嗜好と言いますか、趣味と言いますか、癖と言いますか!
つまりはあれその、個人に向けてのアレじゃなくて、そういう人全般に向けてのアレ的なアレで!」
「あ、お、おう! そ、そうだな! そうだよな!」
「あっはっはっはっ!」
「わっはっはっはっ!」
なぜにあたしらは2人して笑っとるんや?
とりあえず笑って誤魔化せ的な? うん、正解。
「……」
「……」
ひと笑いしたらちょっと落ち着いた。
いや、ホントは全然落ち着いてなんていないんだけど。
あ、アルちゃんたちは気を利かせて近くのテントで寝てるよ。
「……座っていいかい?」
「お、おう」
一回深呼吸してから、川辺に腰掛けるシリウスの横に座る。
「……あ、これ、を」
「ん?」
座る直前になってハンカチを差し出してくる。
「……えーと、これを尻に敷けってやつ?」
「そ、そ、そうだ」
もうちょい早く出さん?
あたし中腰でプルプルなんやけど。
「……な、なんだ? ふ、不服か?」
「……」
真っ赤な顔しちゃって。
エスコートのエの字も知らないような奴だったのにねぇ。
「……ありがと。敷いてもらってもいいかい」
中腰はキツいから一回腰をあげる。
「お、おう!」
シリウスは嬉しそうに、あたしが座るとこに上等そうなハンカチを敷いてくれた。
これ、絶対普段使いじゃないやつだよね。たぶん、こういうときのためにずっと持ってたやつ……。
「……よいしょ、っと」
それに気付かないフリをして、心の中だけで感謝して腰をおろす。
こういうときは大人しくカッコつけさせてやるんだってことぐらい、あたしにだって分かる。
「……」
「……」
2人で、満月の浮かぶ静かな川を眺める。
遠くのテントでは皆の笑う声が聞こえる。ハードではあるけど、皆が仕事に満足しているのが感じ取れる。
「……ここに来てくれたってことは、答えを教えてくれるってことか?」
しばらくして、シリウスが決意を固めたように口を開いた。
「……うん。
まあでも、その前にちょっと話でもしようかなって思うんよ」
「話?」
「そ。お互いバタバタしてて、あれから落ち着いて話せてないじゃん?」
「……そうだな。何を話すか」
「えっと、そうだね。
まずは……」