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233/252

233.天使とメイドのお話……あーんど実家に帰ったら兄のキャラが崩壊していた件

「彼の記憶は無事に?」


「はいー。サリエルさんを通じてちゃんと引き受けましたよー」


「……そんなことをしなくても、貴女なら全てを知ることなど容易いでしょうに」


「いえいえ。私が知り得るのは歴史の教科書に書かれた年表ですー。

 私が知りたかったのは、彼の主観を通して観た世界なんですよ~。

 知るだけでは解ったことにはなりません。理解しなければ、真に彼を、世界を識ったことにはならないんです。

 全知全能でも、やはり理解するには工夫や努力が必要なんですよー」


「……そういうものですか」


「そういうものですー」


 ここは以前に魔導天使たちが会談を行っていた場所。

 人間には到達し得ない場所。


「この席は、結局埋まらなそうですね~」


「そうですね。ですが、それで良かったのかもしれません」


 そこには2人の人物。

 1人は魔導天使ミカエル。

 

 そして、彼と話すもう1人がついぞ埋まることのない席に腰掛ける。


「ふふふ。ルシファー、だなんて、皮肉が効いてますねー」


「……名付けたのは貴女でしょう」


「そうでしたっけー?」


「やれやれ……」


 雲ひとつない青空。

 頂点に君臨したまま動くことのない太陽。

 永遠なる不動の象徴。

 彼女は日だまりのようににこやかに微笑んでいた。


「……なぜ、バラキエルさんに未来視の能力を授けたのですか?」


「えー? んーと、そうですねー」


 ミカエルに尋ねられた彼女は顎に人差し指を当てながら少し考えるような仕草を見せた。


「今ここにいるミカエルさんは、ミカエルさんの全部ではないですよねー?」


「……?

 ええ、まあ。

 貴女に倣って自分の意識を分けた中のひとつですが」


 思っていた返答と異なることを尋ねられ、ミカエルは彼女の真意が図れずにいた。


「ふふふ。そんな私みたいなことを出来るのは数いる天使の中でもミカエルさんぐらいなんですよー」


「……何が言いたいのですか?」


「えーと、つまり未来視は異なるさまざまな世界をそこにいながら同時に観測する行為であって、私たちが今やっていることの最初の一歩なんですー」


「!」


 そこまで言われて、ミカエルには彼女の言いたいことが何となく把握できた。


「……バラキエルさんに、期待していたわけですか」


「そうですねー。悲劇の未来に心を痛めることのできる彼なら、いずれはミカエルさんのお仕事を手伝えるような器になれるんじゃないかなーって思ってー。

 まあ、ちょっと早すぎたみたいで失敗しちゃいましたけどねー」


「……貴女はいつも性急で、かつ説明が足りないのですよ」


 彼女は軽く舌を出して自らの失敗に照れていた。

 ミカエルはそんな彼女をたしなめる。


「そうなんですよねー。難しいですよね、説明とかって。

 相手が何が分からなくて何を教えてあげないといけないか、それを理解するのは全知全能の身でも本当に難しいですー」


「……そう、なんでしょうね」


 説明など必要としない、この世の全てを知っている彼女だからこそのセリフだろう。

 自分とレベルが違いすぎて、どこまで噛み砕けばいいのか分からない。

 それは彼女ゆえの苦悩といえる。

 教師として人々にモノを教えることになったミカエルには、今の彼女の言葉が何となく理解できた。


「……バラキエルさんは、どうなるんですか?」


 バラキエルの処遇については誰も聞かされていなかった。

 ただ、無罪放免というわけにはいかないのだろうということは、魔導天使の誰もが思っていた。


「んー、さすがにお咎めなしというわけにはいかないのでー、残念ですが記憶の消去、存在のリセット、そして魂の降格ということにしましたー」


「……そうですか」


 記憶の消去と存在のリセット。それは実質的に天使としての死刑であることをミカエルは知っていた。

 つまりもう、バラキエルという存在はこの世界にいないのだ。


「……ん? 魂の降格、とは?」


 だが、最後の刑に関してはミカエルも初耳だった。


「それは、天使ではなくなるということですねー。魂のレベルを落として、別の世界で普通の魂として生まれ変わることになりますー」


「……なる、ほど」


 天使でさえなくなる。

 それはミカエルにとっては言いようのない恐怖だった。

 それをいとも簡単に執行してみせる彼女に、ミカエルは改めて畏れを抱く。


「で、その転生先ですがー……魔力も魔法もない、科学の発展途上にある世界。

 ミサさんがかつていた世界にしましたー」


「!」


「しかもミサさんのいた国で。

 あそこは比較的平和ですからね。

 何も知らない1人の人間として、そこからまた改めて魂を磨いていってもらおうと思いますー」


「……そうですか」


「ふふふー」


 魔力も魔法もない科学文明の世界。

 それはバラキエルがバラキエルであった時に望んだ世界。

 そこに転生させたのは、彼女のせめてもの配慮だろう。

 ミカエルが心なしか嬉しそうな顔をしていることに、彼女だけは気が付いていた。


「そういえば、リヴァイアサンに闇属性の魔力を毎年喰わせる、でしたっけー?」


「ええ、そうなりましたね」


 彼女は立ち上がると、どこまでも澄んだ青空の頂点に在る太陽を見上げ、眩しそうに手で日差しを遮った。


「……それぐらいのこと、ミカエルさんならとっくに思い付いていたんじゃないですかー?」


「……私じゃダメなんですよ。人々が、自分たちで何とかしないと。

 私はあくまで観測者です。

 他の魔導天使たちの働きと、人々がこの世界をどうしていくか、それを観るのが私の役目……というか、そういう役目を与えたのは貴女でしょう?」


「まあ、そうなんですけどねー」


 彼女はえへへと頭の後ろに手をやって恥じらいながら笑う。


「でもまあ、ミサさんらしいっちゃらしいですよねー」


「ふっ。そうですね」


 祭りで世界を救う。

 賑やかに皆と笑い、ふざけ、馬鹿みたいに騒ぐ。そうしていつの間にか世界を救っている。

 それはたしかに、いかにもミサらしいとミカエルは笑った。


 祭りは奉り。そして祀りでもある。

 それは世界から彼女への祈りであり贖罪であり、見捨てずにいてくれたことへの感謝でもあるような気がして、ミカエルは不思議な縁のようなものを感じていた。

 ミサはきっと、そんな小難しいことなど考えてもいないであろうからこそ余計に。


「……貴女が、ミサさんを呼んだ理由が分かったような気がします」


「えー?」


「……彼女は、貴女に少し似ている」


「そーですかー? それは私に失礼じゃないですかー?」


「……それは彼女に失礼では?」


「ふふふ。冗談ですよー」


「……」


 ミカエルは「そういう所だ」という言葉を何とか飲み込んだ。


「ミサさんなら、きっと道を違えずにこの世界を正しき道に戻してくれる。

 そう思ったのではないですか?」


「どーなんでしょうねー。

 まあ、面白くはしてくれそうだなってのはありましたよー」


「……貴女は、まったく。

 そういう所ですよ。似ているのは」


「えー? そうですかねー?」


「……ふっ」


 天真爛漫に笑う彼女はじつに楽しそうだった。


 生まれた命には自由を。

 皆が笑えるように。


 彼女たちの在り方はミカエルにとって不可思議で。それでも魅力的で。

 ミカエルはそれを守っていかねばと思った。


「さて、この世界は無事に既定路線に入りましたー。まだ確定ではないですが、もう大丈夫でしょう。

 ミカエルさんの観測者としての、管理者としてのお役目ももう必要ないかとー。

 これからどうしますかー?

 お仕事は他にもあるし、予定通り後継者に魔導天使の座を渡して戻ってきますかー?

 そのためにミカエルさんだけは候補者を育てていたわけですしー」


「……ふ」


 彼女に尋ねられ、ミカエルは薄く笑った。

 答えは既に出ているから。


「私はもう少し残ります。

 この世界の行く末を、もう少し間近で眺めていたいのです。

 他の仕事は問題ありません。貴女に倣って自分の意識を分けていますから。他の私がどうにかします」


「そうですかー」


 彼女は嬉しそうだった。

 ミカエルが、世界の営みに興味を持ったことに。


「貴女はどうなさるので?

 私に仕事を任せたくせに心配すぎて様子を見に来たわけですが」


「もー! 余計なことは言わなくていいんですー!」


 ミカエルに指摘されて、彼女は手をぶんぶんと振って猛抗議した。


「これは失敬。

 まあでも、ありがとうございました。少しでも闇属性の魔力を減らそうと、ご自身もその魔法をメインに使っていただいて」


「それはミカエルさんもですよねー。不慣れな分派した意識でもって苦手な闇属性の魔力を扱うなんて。

 いくら大天使でも堕天使の張った結界に苦戦するぐらいには弱くなってしまうのにー。

 一生懸命に働いてくれたんですよねー。エライエライ」


「……余計なことは言わなくていいんですよ」


「ふふふー」


 一矢報いてやってたぞと彼女は楽しそうに微笑んでいた。


「私も、もう少し観てこうかなって思いますー。

 再び動き始めた歯車がどう動いていくのか興味がありますからー」


「……本音は?」


「ミサさんを含めた皆のラブラブ合戦の決着を観るまでは帰れん! 超絶美少女謎メイドツユちゃんはまだまだ暗躍するのです!!」


「……そういう所ですよ」


「とか言って、ミカエルさんも本音では気になってるんでしょー?」


「……まあ、それまでは帰れませんね」


「うふふ。そういう所ですよー!」


「……ふっ」


 かくして、彼と彼女は再び地上へと降り立つのだった。
















「たっだいま~!!」


「ミサっ!!」


「ミサーー!!」


「ミサミサミサミサっ!!」


「わぷっ! ちょっ! お父様! お母様っ! あーんどお兄様っ!」


 久しぶりに実家に帰ったら、会った瞬間に両親とお兄様に抱きしめられた。

 お兄様久しぶりだね。ちょっと存在を忘れてたよ。てか、それあのバカみたいだからやめてくれるかい?


「おじょーーさまーーーっ!!」


「フィー……ぎゃーーー!!」


 家族の再会をおとなしく待ってたと思ったら、解放された途端にメイドのフィーナが飛び込んできた。

 ちょ、全力ダイブはキツいて!


「お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様っ!

 ご無事で良かったですー!

 わー! お嬢様ー!

 お嬢様の匂いだー! わー!」


「ちょっ! フィーナ落ち着いてっ!

 わっ! やめっ! なぜ脱がすっ!

 やめっ! やめんかっ!

 へ、へるぷみーーーっ!!」








「……あー、ひどい目にあった」


「も、申し訳ありません。つい取り乱してしまい……」


「まあ、乱されたのはあたしだけどね」


 おもに着衣を。


 フィーナにいろんな意味でもみくちゃにされそうだったところをお母様に救出され、あたしは無事にお屋敷の居間に。

 久しぶりの一家団欒ってやつだよ。


「……それで。どうだったんだ?」


 一息ついた所でお父様が今回の一連のことについて尋ねてきた。


「あ、えっとね……」




 あたしはあたしがバラキエルさんに連れ去られてからのことを皆に話した。

 そりゃ長い話だからね。

 途中、お茶とかご飯とかを挟んで、結局全部説明し終わった時には日が沈んじゃってたよ。





「……ては感じで、ウチとこのバカ王子がなんか帝国があったとこの王様として復興していくことになったんだ」


 ホントにいろいろあったよ。

 あ、家族には謎メイドの暗躍で眠ってる間も皆の活躍を観れたって説明してあるよ。

 皆は嘘くさって顔してたけど、他に説明のしようもないから信じることにしたみたい。


「……そうか。大変だったな」


「まあ、あたしは寝てただけなんだけどねー」


 大変だったのは主にそんなぐーすかなあたしを助けに来てくれた皆だしね。

 で、あたしは起きた瞬間にバカをぶん殴って、魔獣の長を全員集合させて魔導天使をヤろうとして……あれ? あたしなんかヤバいヤツじゃね?


「……でも、ミサが無事で本当に良かったわ」


「お母様……」


「ホントに! ホントに良かったなぁー!!」


「……お兄様。号泣はさすがにちょっと引くよ」


 なんかちょっと会わない間にお兄様のキャラがおかしなことになっとる。


「コイツはコイツですぐにミサを助けに帝国に行きたい気持ちを押し殺して、王の命に従って国境警備に努めていたのだ。

 きっと心配だったんだろう」


「そうだよー! あのクソ王太子め!

 なーにが『ミサ嬢の家族にもしものことがあったら、彼女が無事に帰ってきたときに悲しむ』、だ! カッコつけやがって!

 俺の実力を信用してないのかー!」


「……信用しているからこそ、だろうがな」


「お兄ちゃん王子がそんなことを……」


 実際、ミカエル先生たちが来るのが遅かったら連合軍は全滅してた。

 お兄ちゃん王子が止めてなければ、もしかしたらそこにお兄様がいたかもしれない。

 そして、連合軍が全滅してたら帝国の魔導機械兵はきっと、すぐ近くにあるアルベルト王国に攻めに来ていた可能性が高い。

 そんなところに配置していたお兄様の実力をお兄ちゃん王子が評価してないわけがない。

 まあ、あの人はきっとそのことを本人に言うような人じゃないんだろうけど。

 その結果、いろいろと誤解されがちなんだろうね、きっと。


 でも、お父様はそれが分かってるみたいだし、理解者がいるならいいのか。

 あと、単純にお兄ちゃん王子は妹を思うお兄様の気持ちが理解できるからこそ、暴走して突っ走らないようにおとなしくさせてたのかもね。


「まあまあ、無事だったんだから良かったじゃない」


「そうだねー! 良かったよー!!」


「……お兄様はもうそのキャラでやっていくのかい?」


 それはちょっとばかし疲れそうだよ、お互いに。


「……」


 でも、そんなに大事に思ってくれてると思うと、余計にいろいろ迷いが出てくるもんだよね。


「……それで、ミサはどうするつもりなんだい?」


「……え?」


「シリウス殿下についていくのかどうか、ということよ」


「……」


 どうやら、お父様とお母様はお見通しみたいだね。


「……その様子だと、迷ってるみたいね」


「……そうだね」


「……前世の記憶か」


「……うん」


 そう。あたしは2人にそれを聞きに来たんだ。


「前世の記憶かー。俺にはまったく分からないけど、たしかに愛する者がいた記憶があるなら、今のそれを素直に受け入れられないのかもしれないなー」


「あ、そか。お兄様は……」


「ああ。コイツはたしかに私たちの子だが、私たちの前世などとは関係ない、純然たるこの世界の人間だ。

 だから、ミサも安心するといい」


「そーなんだー……ん? 安心?」


「将来的にシリウス殿下との子をもうけても何の憂いもないということよ」


「んぶふぉっ!!」


 ちょいと! いきなり変なこと言わんでよ! フィーナの淹れてくれた美味しいお茶が華麗なアーチを……あ、虹……じゃなくて!


「……まだ、答えは出せない、か?」


「……そだね」


 フィーナに口元を拭いてもらって新しいお茶を用意してもらう。

 フィーナ。そのハンカチを大事そうに懐に仕舞うのはやめなさい。あたしが自分の手であとで洗ったるわ。


「……あなたにも、前世で永遠の愛を誓った相手がいたのね……」


「……『も』ってことは、お母様にも?」


「……ええ」


 ちょいとそこんとこ詳しくプリーズ!!



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