230.バイバイバラキエルさん
「ミカエル。俺はもういい。
もう、終わらせてくれ……」
「……わかりました。
ツユさん!」
「ふぇっ!? あ、はいはいな~」
「あ、ちっ! くそぅ!
……え、どしたん?」
あたしが皆とウェーイって盛り上がってたら(主にクラリスたんを抱きしめながらツユちゃんを揉みしだいて)、ツユちゃんがミカエル先生に呼ばれて行っちゃった。
あ。あたしの舌打ちは揉みしだいてたツユちゃんが影に消えて逃げたからね。
「……」
「……」
バラキエルさんとツユちゃんの謎の見つめ合い。お互い、含むところがあるみたいだね。
「あ、そいやさー」
「あん?」
割り込んでごめんて。
そのコンビニ前のヤンキーみたいな返事やめてくれるかい、バラキエルさん。
「帝国の魔獣の長って結局どうなってんの?
儀式だかなんだかをやり終えても、ここの長さんに認められてないとホントに世界中の闇属性の魔力を操るのってムズいんじゃなかったかい?」
あたしがだんだんパワーアップしてったのもそのためだよね。
「……長はいない」
「へ?」
そうなん?
「便宜上、しいて言うならば俺がそれを兼ねている」
魔導天使のバラキエルさんが魔獣の長でもある? どゆこと? バラキエルさんもなんか変身すんの? ウサギさんとか? あらかわいい。
「……俺は、この地で魔獣を生み出さなかった。
任されたこの西の地を放置してきたんだ」
あ、そか。
魔獣とかって魔導天使さんが爆誕させたとか言ってたっけ。
「他の奴らが魔獣を創り、人とともに国を興し、世界を復興させているなか、世界に絶望していた俺は何もせず、この地をただ放置していた。この地に流れ着いたのは他国から流れてきた人と魔獣だけだ」
バラキエルさんは遠い遠い昔を思い出すように語ってる。そのときの苦悩とか絶望とかを思い出すかのように。
帝国の人と魔獣は、もともとは他の国の人だったんだね。
「魔獣は強い奴に従う。この地に流れ着いた魔獣たちは何もせずにそこにいた俺を担ぎ上げだした。もともと他所から逃げてきた奴らだ。実力は拮抗していて、長となるほど突出した力を持つ個体がいなかった。
だから、この地では圧倒的な力を持つ俺を長として扱ったんだろう。他の天使たちはそうならないように手を加えていたみたいだがな。
俺は、正直どうでもよかった。
勝手に担ぎ上げても俺は何もしなかった。
だが、魔獣たちはそれでも良かった。
あいつらは単純に、強い奴のもとで安心して寝起きしたいだけだったみたいだ」
「……」
バラキエルさんは少しだけ優しい顔をしてた。
魔獣をこの世界から消すみたいなこと言ってたけど、もしかしたらホントは魔獣のことがそんなに嫌いじゃないのかも。
「そして、そんな俺のもとに人間たちも集まってきた。
見た目は人間だからな。俺が魔獣たちを使役する特別な存在に見えたらしい。まあ、実際そうなんだが。
で、人間たちは俺に、自分たちの庇護を求めた。
もともと居場所をなくしてこの地に流れてきた奴らだ。始めからここにいた、強い力を持つ俺に助けてもらいたかったのだろう。
だが、俺は何もしなかった。
『生きたいなら勝手に生きろ』
それだけを伝えて俺は黙った。
……だが、生き物ってのはなかなかにしぶとい生き物みたいでな。
俺に突き放された人間どもは自分たちの手で家を作り、町を作り、増えていった。
俺は魔獣たちとそんな人間たちをぼんやりと見ていた。
放置していたことでこの地の食糧は豊富だった。魔獣も人間を襲う必要などなく、人間もまた、強力な魔獣に手を出すこともなかった。
この地が急激に成長を遂げていったのはそれもあるんだろう」
……なんか話を聞いてると、バラキエルさんは魔獣も人間もべつに嫌いなわけじゃないみたいだ。
考えてみると、バラキエルさんのそもそもの目的はこの世界の破滅の回避。
べつに人間を滅ぼしたいわけじゃなく、破滅の回避の過程で魔獣と多くの人間が犠牲になるってだけ。ま、犠牲になる方からしたらたまったもんじゃないけど。
バラキエルさんはたぶん、この世界の生き物に興味がないだけだったんだ。だから目的の遂行のために犠牲を厭わない。
「この地の人間たちはあまり魔法が得意ではなかった。だから建築にしても開墾にしても、自分たちの肉体をよく使った。
この地の王族に突出した魔法の得意分野や固有魔法がないのはそのためだな。
そしてそれは、魔法のない世界の発展を見ているようだった。
そして、そのときに思ったんだ。
魔法のあるこの世界から魔法を、魔力をなくしたらどうなるのか、と。
圧倒的な魔力を持つ個による滅亡。
そのケースが数多の世界で起こることが多かった。そして、この世界もまた然り。
ならば、その根元たる魔力そのものをなくしてしまえば、滅亡を回避できるのではないか。
そんな考えに至った。
そこからは早かった。
それなりに才と力のある者を選んで、そいつを皇帝として国を興し、俺と魔獣が手を貸して一気に帝国を築き上げた。
そこから未来視で先を視ながら調整していき、ルシファーの降臨を待った」
最強魔王あたしだね。
「だが、そこで問題が発生した」
ん?
「皇帝が、儀式に反対したのだ」
あ、そか。
「本来の目的は皇帝を犠牲にして世界から魔力をなくし、俺が世界を統治することだったが、皇帝には魔力なき世界で全ての国を武力で統治する最初の皇帝になれと言ったのだが、皇帝は対話による根気強い交渉と和平を望んだ。
あまつさえ、儀式で犠牲になる者が出ることさえ拒みだした」
現皇帝さんの記憶を見た限りでも、先代皇帝さんはなんか良い人そうだったもんね。
「……だから、俺は皇帝を変えることにした。
幸い、皇帝の息子には精神魔法耐性がなかったからな。ルシファーの降臨に間に合うように、俺は幼少期から皇帝の息子の精神を操作していった。
そのあとは、その息子の記憶の通りだな」
「……」
もし、そこで先代の皇帝さんがバラキエルさんを説得できてたら、未来はきっと違うものになってたんだろうね。
まあでも、その場合は結局あたしが世界を滅ぼしてたのか? わからんな。
まあ、たらればのことを言ってもしょうがないけどね。
「……そっか。
バラキエルさんは、この世界を救ってくれようとしてたんだね」
「!」
目的のために手段を選ばなかったってだけで。
「それはダメになっちゃったけど、あたしがすんごい闇属性の魔力で世界を滅ぼしちゃうことは何とかなりそうになったからさ。もう安心していいよ。
あとは、50年間無事にお祭りでリヴァイさんに魔力食わせればいいだけだからさ」
毎年、皆でウェーイしてれば解決なんだから平和でいいじゃないかい。
「……この世界の……未来は……」
「あん?」
あ、ごめん。コンビニ前のヤンキーみたいになっちゃった。急に話の路線変えられるとついてけんのよ。
「……俺にはもう、この世界の未来が視えなくなった。もはやこの世界の未来がどうなるか分からない。
違う形で突出した個が現れるかもしれないし、科学と魔法を融合させて莫大な力を生む個が現れるかもしれない。
もしくは、50年の間にお前が魔力を暴走させるかもしれない。
俺には、この世界の未来が分からない。
……まあ、行く末を視る資格もないのだろうがな」
「いやいや、なに言ってんの」
「……あん?」
「未来なんて、あたしらは誰も視えないから。
視えないけど何とかかんとかやってるから。
むしろ、分かんないから今を頑張ってるまであるよ、ホント。
分かんない未来のために、あたしらは今日も頑張るんだよ。
人間なんてきっと、そんなもんよ」
「……」
「バラキエルさんはなまじ未来が視えるからそればっかになっちゃうのよ。
もっと今を見ないと。
聞いた感じだと、魔獣たちとのんびり過ごしてた時間は、そんなに嫌じゃなかったんじゃないかい?」
「……」
「そんなもんでいいのよ。
忙しい忙しい言いながら、ふとしたことに幸せを感じる。
だから生きてて楽しいんよ。
ツラいことも大変なこともたくさんあるけど、そうじゃないこともある。
美味しいもの食べたとか、キレイな景色見たとか、可愛い動物に癒されたとか。寝坊して慌てて起きたらお休みだったことに気付いて二度寝するとか、小銭拾ってラッキー、とか?
未来の分からないあたしらは、そうやって日々の幸せを噛みしめながら生きてるんよ。
まあもちろん、なんとかなるべーだけじゃダメなのも、のほほんとしてるだけじゃダメなのも分かってるよ。
なんとかなってるんじゃなくて、なんとかしてきた人がいるからなんとかなってるのも。
でも、そういう人たちもさっきの些細な幸せを守るためになんとかしようとしてるんよ。
そうだね。
バラキエルさんはおバカなんだよ。頭良すぎてバカ。難しく考えすぎ」
「……ふっ。そうかも、しれないな」
ホントそう。
けっこうそういう人多いのよ。
物事は思ったよりシンプルなことが多いんだから。年の功よ。バラキエルさんの方がすんごい年上だけど。
「……お前が、ルシファーとして降臨した理由が、分かった気がする」
ツユちゃんをチラッと見るバラキエルさん。
ツユちゃんはずっと優しい目をしてる。
「……帝国の領土の、最西端」
「あん?」
そっちを指差して、また急になんだい。
話には前置きってもんがあってだね。
「港から西にいった海上に、大きな船がある。
そこに、帝国の民と魔獣がいる」
「へっ!?」
「魔導機械兵にしたのは志願した兵士だけだ。途中で体の一部からでも魔導機械兵を量産できる技術を開発したからな。
生身の兵と非戦闘員、魔獣は船で逃がした。
魔力を失って混乱した他国を魔導機械兵で蹂躙するとはいえ、帝国へのダメージは不可避。
俺が魔導機械兵を指揮して世界を統一してからこの地に戻すつもりだった」
「そう、なんだ……」
てっきり全国民を、ああしちゃったのかと思ってた。
「……皇帝は、おぼろげながらそれを知っていたのだろうな。
首をはねられるときにゼン王太子に頼んでいた帝国の民とは、海上の者たちのことも含めて言っていたのだろう」
「そっか……」
「魔獣は?」
「先生?」
ずっと黙って話を聞いてた先生が口を挟んできた。
「世界から魔力を消せば魔獣は存在を維持できません。たとえ海上に逃がしても世界から魔力が消えれば結果は同じ。
なぜ、それでも魔獣をともに逃がしたのです?」
あ、そういやそうだね。
「魔獣には、全てを話していた。
世界から魔力が消えれば魔獣も消える。
だが、この世界の果てにある小島。そこだけは儀式の適用外にしようとしていた。そこを特区として魔獣だけの島にしようと」
そうだったんだね。
バラキエルさんは、せめて帝国の魔獣だけでも助けようと。
「……だけど、あいつらは世界の果てに逃げろと言っても聞かなかった。
『自分たちは常に長の側に』
そう言って動かなかった。
だから他の民とともに海に逃がした。船から小島までのルートだけを儀式の適用外になるように無理やり調整して」
バラキエルさんはそこで、フッと自嘲気味に笑った。
「ざまあないな。
そのせいで固有魔法の解析や魔導機械兵の開発の詰めが遅れた。
本来ならば、ルシファーが降臨して場が整った時点で他国の妨害などまったく問題にならないほどに圧倒するだけの戦力を整えていたはずなのに。
勝手に集まって勝手に慕って。
……まったく、解せない奴らだ」
「……」
バラキエルさんは、きっともう分かってるんだ。
分かってたけど、止まれなかった。
だから葛藤しながらも、世界を変えることを、救うことをやめなかった。
全部、世界を滅亡から救うために。
「……もしかしたら、バラキエルさんに救世主になってほしくて、そんな能力を与えたのかもね」
バラキエルさんたちの生みの親は。
「……ふっ。俺には、荷が重すぎたな」
「それだけ期待してたんだよ」
「……まあ、今さら失敗した身に言えることはないな」
バラキエルさんはなんだかすっきりした顔をしてた。
長年、自分を苦しめていたものから解き放たれたみたいに。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか~」
「……ええ」
話が落ち着いたところで、ツユちゃんがバラキエルさんの肩に手をかける。
どうやらバラキエルさんの処分は別のとこでするみたい。ツユちゃんが連れていって。
たぶん、穏便には済ませられないんだろうね。
天使の殺し方。たしかに、それはあたしらが見ていいものじゃない気がするよ。
「……お疲れ様でした」
「……ええ」
ツユちゃんはまるでお母さんであり、お父さんでもあるかのような、慈しむって言葉が一番しっくりくるような眼差しでバラキエルさんを見つめてた。
バラキエルさんはそれを少しだけ見ると、すぐに頷くために頭を下げた。
まるで、全部を謝罪するかのように。
「じゃ、いってきます~」
ツユちゃんが足元に影を広げる。
2人がその影の中にズブズブと沈んでいく。
「……おい」
「なんだい?」
下半身が影に沈んだ頃、バラキエルさんが最後に話しかけてきた。
どうしよ、鼻毛出てるぞ、とかだったら。
「……この世界を、頼んだぞ」
あ、なんかすんません。真面目な場面ですもんね。
「……もち! 任せなさい!」
「……ふっ。不安しかないな」
「なにおうっ!」
「はははっ! 冗談だ。
まあ、頑張れ」
そう言って笑うバラキエルさんは、なんだか少年みたいに純粋に見えた。
「……うん。任せて」
「……ふっ」
そうして、バラキエルさんは完全に影の中に消えていったんだ。
「……先生。バラキエルさんはどうなるんだい?」
2人が消えたあと、先生に尋ねてみた。
「……さあ。神のみぞ知る、ですね」
「……そっか」
まあ、そう答えるよね。
きっともう、会えないんだろうから。
「んじゃ、まあバラキエルさんにバカにされないように、頑張ってこの世界を守っていくとするかね」
「……ふっ。そうですね」
見ときな。バラキエルさん。
あーたが呆れるほどに平和でのんびりした世界にしてみせるからね!




