225.魔王様なんてやってられるかい!
「えーと、あたしがバラキエルさんたちを殺すと、あたしが世界を滅ぼす魔王様認定されるってことかい?」
「その通りだ」
「え、なんで?」
むしろ世界をどうにかしようとしてるのはそっちやん?
そんなお人たちをどうにかして逆にあたしが魔王様になるて、なんでなん?
まあ、たしかに魔獣の長さんたちを従えて拘束されてる人たちをどうにかしようとしてる今のあたしは端から見たら魔王様っぽいけど。
「一度でも人を殺せば、そのハードルを越えることに躊躇いがなくなる。取り分け、その力が抜きん出ている貴様なら尚更な。
遥かな未来。
貴様は自分が守りたい者たちを守るために、他者の命を奪うことに躊躇いがなくなる。その第一歩がここだ。
ここで俺たちの命を奪うことで、貴様はそのハードルを越えることに躊躇しなくなるのだ」
「うーん……」
なんか難しくてよく分かんないけど、何となく言いたいことは分かる気がするよ。
この世界では、兵士さんたちは人を殺す訓練をする。
死罪となった罪人を、新人の兵士さんに始末させるんだ。
いざと言うときに国を、民を守るために剣を振り抜けるように。容赦なく敵の首をはねられるように。
そのために、ソレを一度は経験させるんだって。
学院で魔獣の森での演習をやるのも、害ある魔獣を退治することを、殺すことを経験させる目的もあるんだってミカエル先生も言ってた。
人の生き死に。生物の命のやり取りが身近にあるこの世界において、それは必要なことらしい。
あたしだって魔獣や普通の獣を殺したことはある。
演習だったり狩りだったりで。
命の重さはそれなりに理解してるつもりだ。
でも、たしかに人間を殺したことはない。
いざとなれば、皆を守るためにそれを躊躇うつもりは微塵もないけど、たしかにそのハードルがとんでもなく高いのは分かる。前の世界でそれから極力遠ざけられた国にいたあたしなら尚更。
そんで、それを一度越えてしまえば、次は自分でもあっさりとそれを越えてしまえるんじゃないかってのも、たしかに分かる。
それほどに、あたしは皆が大事だから。
皆を守るためなら、あたしはそれを害する者が魔獣だろうと人間だろうと容赦なくこの力を振るう。
あたしはきっとそんなヤツだ。
現に、今も目の前の2人の命をあっさりと奪おうとしてる。
きっと、今のあたしの膨大な闇属性の魔力を思いっきり流し込むだけで、目の前の2人は簡単に死んでしまうだろうから。
「……殺せ」
「え?」
あたしが考え込んでると、バラキエルさんが好戦的な視線を向けてきた。
「俺が望む世界を造れないのなら、もはやこんな世界どうでもいい。
魔法と魔力に振り回されて勝手に滅びればいい。
その元凶たる貴様の第一歩となれるなら、もはやそれで構わない!」
バラキエルさんは「さあ殺せ!」って叫んで首を上に持ち上げた。その首をはねろと。
「ま、待て待てっ! 余はそんなのは嫌だぞ!
余は世界の覇者となるべき皇帝!
こんな小娘に殺されてたまるかっ!」
一方で皇帝さんは焦った様子で首をぶんぶんと横に振る。そりゃ、勝手に相方に死ぬ心積もりを表明されたら困っちゃうよね。
「黙れっ!!」
「っ! ……はい」
でも、バラキエルさんに怒鳴られると、皇帝さんはすぐに静かになった。おとなしくなって、バラキエルさんと同じように首をもたげた。
「……まだ盲信の魔法が。言霊、ですか」
そういや、皇帝さんはバラキエルさんにその魔法で操られてるんだっけ?
そう思うと皇帝さんも気の毒な気がしてきちゃうね。
「さあ! 早く殺せっ!」
「……んー。じゃあ、やめた」
「なにっ!?」
あたしの殺気? がなくなったのを感じて、アルちゃんたちも人間の姿に戻る。
てか、タマちゃんとリヴァイさんの人間バージョン初めて見たけど、そんなんなんだね。
タマちゃんはいかにもなゴツいおっさんだけど、リヴァイさんはまあまあなおじいちゃん。でも健康的で元気な感じ。まあ、この世界の最初からいる人みたいだし、そのまんまっちゃまんまなのかな。
「おい! 待てっ! ついさっき視た未来をさっそく書き換えるなっ!」
バラキエルさんはなんだか必死に食い付いてくる。どうやら未来視とやらの固有魔法でまた未来を視てたらしい。
そこで、あたしが二人を殺して魔王様になる未来が視えたってことかね。
「いや、知らんがな。
魔王様になるよ言われて、わざわざ「あ、そうですか」ってやるわけないやん」
あたし、占いはわりと信じる方なのよね。
しかも魔導天使のバラキエルさんが言ってるんだから本当なんだろうし。
「き、貴様は、敵である俺の言っていることを信じるのか?」
「いや、信じて殺してほしいのか信じないでほしいのかどっちやねん」
あっちの世界では胡散くさい占いなんていっぱいだったけど、本物の天使様の固有魔法なら、そりゃそういうもんなんでしょ。
「わ、分からん。俺にはもはや、貴様が分からん。未来が……もう、俺には……」
あ、なんかぶつぶつモードに入っちゃった。
あたしが理解不能すぎて壊れちゃったの? え? あたしに失礼じゃない?
「やれやれ。まあ、ミサはそれでいいのです」
「そーね。ミサらしいわよ」
「え? なに? どゆこと?」
アルちゃんたちは心なしかホッとした様子だった。あたしが2人をやっちまわなくて安心してる感じ?
「長たちもミサさんの感情の昂りに呼応して、それに応えようとはしていましたが、本心ではミサさんにそんなことをしてほしくはなかったんでしょうね」
「ミカエル先生」
「契約した魔獣の長は契約者の感情に引きずられる。もしも、バラキエルさんの言うような未来がやって来たとしたら、ミサさんが仲間を守ろうと感情を暴走させれば、長たちも同じように暴走することでしょう。
そうなれば、やはり文字通り世界は破滅するかもしれません」
「そーなんだ」
たしかに、リヴァイさんとかが全力で暴れ回ったら、そりゃ世界は大変なことになりそうだよね。
「まあ、そうならないようにすればいいだけでしょ。てか、もしそうなったら先生が止めてよ。世界最強の魔導天使様?」
「……そう、ですね」
「ん?」
ちょっと嫌みのつもりで言ったんだけど、なんかいつもと返しが違くないかい?
「まあ、もとよりミサ嬢にやらせるつもりもなかったがな」
「お兄ちゃん王子?」
一段落した所でお兄ちゃん王子が参加してきた。
「これは国同士の諍いだ。
敵の頭目の首は連合軍の長が取るべきだろう。つまり、始末は俺がつけるべきだ」
お兄ちゃん王子はそう言って腰にさげた剣を引き抜いた。
「え? てか、それなら初めからそうしてくれればいいじゃん。
魔獣の長の皆まで呼んで勝手に怒って、あたしがなんか恥ずかしいだけじゃない?」
いやいや、なにおまえがでしゃばってんの? みたいな目で見てたってこと? 恥ずっ!
「そうしなけば、ミサ嬢の溜飲も下がらなかっただろう?
それに、貴女がどんな答えを出すのか知りたかった。世界の覇者ともなれる力を有する貴女だな。
ミカエルが貴女を止めなかったのも、どんな判断を下すか見定めたかったから、だろう?」
「……」
先生は本心をズバリ言い当てられて不服そうな顔をしてた。
「いや、そりゃ確かに一発かましたらな、あたしの怒りのバーニングファイアは鎮火しなかったけど、ちゃんと理由を説明してくれれば大人しくしたから!
そんな人を試すようなことしなくてもいいやん!」
ホント皆そういうの好きよね。
「……皆、不安なんだろ」
「……バカ王子?」
「俺も国で最強の剣士とか言われてるから分かる。力を持つ者は、持たない者からしたら怖いんだ。
その力を自分に振るわれたら簡単に自分の命は消し飛ぶ。
強さを持つ者の人物像が分からないと不安になる。
だから人は、力を持つ者の資質を試したがるんだ。
信頼と実績と、力のあるミカエルに俺を任せたように……」
「……」
この王子は昔からその力の片鱗を覗かせてたのかね。だからそれを見極めるためにミカエル先生の弟子にした?
強い人が、その強さを人々に向けないか不安だから試すようなことをする、ね。
まあ、気持ちは分かるよ。
私もあっちの世界では一般ピーポーだったからね。
こっちの世界では自分がそのとんでもない存在だから何とも言えないけど、もし自分に何の力もなくて、周りにすんごい強い人たちがいたら、たしかにちょっと不安だもん。今は皆のことをよく知ってるからそんなことはないけど、あたしのことをぜんぜん知らない人からしたら、世界を滅ぼせるような力を持つ人がいるってだけでだいぶ不安だもんね。
「……が、ミサ嬢はやはり踏み留まれる人物だった。それが分かっただけで十分だ。
あとは王族の仕事だ。
汚れ仕事は俺たちに任せればいい」
お兄ちゃん王子はそう言うと、剣を構えてバラキエルさんたちの前に立った。
普通、汚れ仕事ってのは王族の仕事じゃないような気もするけど、大将首を取るのはたしかにリーダーの役目なのかも……ううん。そういう目的があったとしても、お兄ちゃん王子はきっとあたしの手を汚さないために自分の手でやろうとしてるんじゃないかな。
なんか、そんな気がするよ。
自分の決めた正義のためなら悪を行うことも厭わない。
きっとお兄ちゃん王子は、身の振り方が不器用なんだと思う。
皆に恨まれても、自分の思う正義を貫けるならそれでいい。
なんか、そんなふうに思ってそう。
「ま、まてまてまてっ!
余を殺すのかっ! 世界を統べる皇帝たる余をっ!」
お兄ちゃん王子が剣を掲げると、皇帝さんは焦って取り乱し始めた。バラキエルさんの魔法の効きが悪くなってるのか、あるいはもうそれを継続することさえめんどくなったのか。
「……たしかに、操り人形の糸を無下に切るのも風情がないな。それに、皇族として無様に命乞いをするなど、見苦しいにも程がある」
お兄ちゃん王子は心の底から嫌悪するような目を皇帝さんに向ける。たぶんお兄ちゃん王子が一番嫌いな類いの人物なんだろうね。
「ふむ。せめて、目を覚まさせてあげましょうか。たしかに、自覚がありませんでしたで済まされるような所業でもないですからね」
「む?」
ミカエル先生はそう言うと皇帝さんに近付いて、その額に手をかざした。
お兄ちゃん王子がしぶしぶ場を譲る。
「な、なんだ! 何をするつもりだ! 余は皇帝だぞ! 無礼だぞ!」
「……《解呪》」
「っ!!」
皇帝さんは先生にずっと文句を言ってたけど、先生が魔法を発動するとガクンと体を揺らして項垂れた。
「……う。俺、は?」
「バカなっ!?」
んで、目を覚まして顔を上げたときにはずいぶんスッキリしたような顔をしてた。
さっきまではすごい醜悪な、悪代官も真っ青な悪い顔をしてたのに、今はなんだか普通の好青年みたいに見えた。
項垂れてぶつぶつ言ってたバラキエルさんはそれが信じられないみたいに驚いてた。
先生がバラキエルさんの魔法を解いたのがあり得ない、みたいな。
「盲信の魔法は俺が作った魔法だぞ? 人間の信仰心を利用した……貴様に解呪できるはずが……」
いやー、そりゃあだって、ねえ?
「……貴方にできて、私にできないはずがないでしょう」
「なっ! ぬぐぐぐぐ……」
そーよ。この人。世界最強の大天使様なんだもん。
まあ、10万人以上もの魔力を動員してそんな先生が入れなくなる結界を作ってみせたのはすごいとは思うよ。今はもうその魔力もほとんど使いきっちゃって、先生の拘束から抜け出すこともできないみたいだけど。
「……そうか。アザゼルにかけた精神魔法も貴様が解呪したのか。だから我が国の結界を破砕しに来れたわけだ」
「まあ、そうですが。言っておきますが、私がアザゼルさんにかけられた、過去を振り返る懐古の魔法を解いたのはアザゼルさんが結界のもとに来てからですよ」
「なにっ!?」
先生はそこで、ふっと優しく笑った。
「つまり、アザゼルさんは自力で過去に打ち克ったのです。今を生きる者たちの力で、彼は過去を振り切った。
私はその後顧の憂いを断つ手伝いをしたに過ぎません。彼は、今を共に生きる仲間のために、あなたの魔法に勝ったのです」
「……解せぬ。不定の精神性を有する人類ならまだしも、確定された虚ろわぬ精神性で固定された天使が、そのような精神論で……」
バラキエルさんは混乱してた。ありえないありえないってずっと呟いて。
「……生まれた生命には自由を」
「「!!」」
あたしがぽつりと呟くと、2人は驚いた様子でこっちに顔を向けた。
「よく分かんないけど、きっとあなたたちを生み出した人は、あなたたちにもそうあって欲しかったんじゃないの?」
「……そうか。あの方は、貴様にも接触を……」
「……」
バラキエルさんは驚きながらも合点がいったみたいな顔をしてた。先生はなんだか慈しむような、理解を示すような表情だった。
「……う、俺、は……。余は? 私は……僕は?」
「ん?」
バラキエルさんの魔法は解除されたはずの皇帝さんがぶつぶつと呟きだした。どうやらだいぶ困惑してるみたい。
ずっと自我がないみたいな状態だったから当然っちゃ当然なのかもね。
「ふむ。まだ混乱しているようですね。
少し、落ち着かせるためにもこうなった過程を覗いてみましょうか。サリエルさん。いけますか?」
「はい。大丈夫です」
「サリエルさん?」
頭を抱えてしゃがみこんじゃった皇帝さんの様子を見た先生がサリエルさんを呼んだ。
どうやらだいぶ回復したみたい。
「ふむ」
サリエルさんは皇帝さんの頭に手をかざすと、ゆっくりと目を閉じた。
「……だいぶイジられてて不安定ですね。幼少期まで遡って、魔法をかけられるところまで再生してみましょうか」
「あ……」
サリエルさんがそのまま皇帝さんの頭に手を置く。皇帝さんはされるがままにアゴをくいって上げた。
「……ふむ。《共有》」
「わっ!」
ミカエル先生が魔法を使うと、目の前の風景が変わっていった。
これはたしか、考えてることを他者と共有する精神感応魔法、だったかな。
じゃあ、今目の前に広がる風景は……。
『僕は、父上の後を継いで立派な皇帝になるんだ! それで世界を争いのない平和な世界にするんだ!』
あれは、皇帝さん?
てことは、ここは皇帝さんの記憶の中?