223.え?さっきまでシリアルだったやん。え?どうしたこうなった?
「むっ!」
ゼンの声かけのあと、部屋の入口から皇帝に向けてナイフが投げられるが、それはバラキエルによって阻止された。
「なっ! 余に刃物を投げつけるなど無礼なっ! 何者だっ!」
儀式を終えたことで自我を戻した皇帝が憤慨する。とはいえ、盲信の魔法はかかったままだが。
そんな皇帝がぎゃーぎゃー騒ぎ立てるが、それを聞いている者はおらず、皆の注目はナイフを投げた部屋の入口に立つ男だった。
「いやー、あの俺様王子が成長したものだな」
「……来るのが遅いぞ」
「いやなに。ここまで良いところがなかったんだ。少しぐらい活躍させてくれてもいいだろう?」
ジト目を送るシリウスを適当に流してみせたのは、ミサのお菓子を食べて復活したカイルだった。
「貴様か。どうやって復活したのか知らんが、今さら貴様程度が来たところで……」
「……俺をナメない方がいいぞ?」
バラキエルはミカエルたちへの対応でカイルの回復に気付かなかった。
そして、ゼンとシリウスは1階から上がってくる途中でカイルと合流。状況を把握した。
ゼンの作戦で、カイルは回復したあと、2人に遅れてこの部屋に突入することにしたのだ。バラキエルが規格外の範囲魔法で全員を行動不能にする可能性を考慮して。
バラキエルに軽く扱われたカイルはむっとした様子で、手刀の形にした手を上に掲げた。
そして、勢いよく地面を斬りつけるように腕を振ると、ビシッ! と音を立てて地面が削れた。
魔方陣は傷付けられ、光り輝いていた魔方陣の光が少しだけ弱くなる。
「なにっ!?」
見えない刃で魔方陣を傷付けられ、バラキエルは驚いた様子を見せた。
「ふーむ。少し傷付けた程度では消せないか」
一方でカイルは冷静に攻撃跡を見ながら分析していた。
「ま、それなら完全に消えるまで切り裂けばいいか」
カイルはそう言うと両手をクロスさせて先ほどと同じように腕を上に掲げた。
「ヤツを止めろ! いや、すぐに殺せ!」
嫌な予感がしたバラキエルは魔方陣を囲う魔導士たちに命令する。魔導士たちは命令を受けて、カイルに向けて攻撃魔法の詠唱を始めた。
「遅い」
「ぎゃっ!」
「ぐっ!」
「ぎゃー!」
が、その詠唱が終わる前に全ての魔導士は首を見えない刃で切り裂かれて絶命した。
「なっ!」
「……操られていたとはいえ戦時の敵だ。その命を奪うことを許せ」
驚くバラキエルをしり目に、カイルは命を奪った魔導士たちに静かに黙祷を捧げた。
「そして、これで終わりだ」
そして、再び眼下の魔方陣を見下ろし、掲げた両腕を強く振り下ろした。
発生した無数の風の刃が次々に地面を抉り、魔方陣を壊していく。
「ま、魔法が、速すぎる……。あれでは、キャンセルが出来ない……」
バラキエルは削られていく魔方陣を見ながら悲嘆に暮れていた。
物理攻撃は重力魔法やバイブレーションソードで淘汰できる。魔法は詠唱や魔力の集中をキャンセルさせることが出来る。
バラキエルはその二段構えで鉄壁を誇っていた。
しかし、魔法をキャンセルするにはその詠唱や魔力の集中を阻害する必要があった。というより、普通は魔法を発動するのにそれらが必須だった。
たとえミカエルであっても魔法を使うのには魔力を集中させなければならない。そして、その魔力を集めるのを阻害されれば魔法は発動できない。
だからこそ、バラキエルは自分が無敵だと思っていた。
しかし、カイルは詠唱も魔力の集中もなく《風の刃》を発動してみせた。
「……そんなこと、あり得ない」
バラキエルはミカエルでさえ出来ないことをカイルがやってのけたことが信じられなかった。
「べつに無詠唱なだけで、魔力はちゃんと集中させてるさ。あんたが感知できていないだけでな」
「……なん、だと?」
カイルは次々と発生させた風の刃で地面に描かれた魔方陣を完全にズタズタに引き裂きながら、バラキエルの疑問に答えた。
「マウロ王家は魔法発動の速さだけは誰にも負けない。だてに、この世界で最古の王家を名乗ってないのさ。ま、ここまで速く出せるのは簡単な魔法に限るがな」
マウロ王国は世界で最初の国家。
その魔法発動の速さでさまざまな部族を駆逐し、まとめ上げ、国を作った。
そして、長い長い歴史をかけてその技を研鑽し続けた。
長命な魔導天使であるバラキエル1人の研鑽を、積み上げた国家としての歴史が上回った瞬間だった。
カイルの立て続けの斬撃で、ついに魔方陣はその光を失ってしまった。
儀式魔法は失敗に終わったのだ。
「……く、そ……」
魔方陣をボロボロにされ、儀式魔法の失敗を悟ったバラキエルが項垂れる。
「バラキエル! せっかくの儀式が止まってしまったじゃないか! どうしてくれるんだ!」
皇帝はそんなバラキエルに地団駄を踏みながら喚いていた。
「黙れっ!!」
「っ! ……はい」
盲信の魔法が継続されている皇帝はバラキエルに命令されて、表情を無にして押し黙った。
「ふむ。皇帝は盲信の魔法をかけられているようですね」
「!」
そして、ようやく全員分の重力魔法を解除したミカエルも動き出す。
「《起床》」
「……う」
「……くそ」
そして、ミカエルによってサリエルが長い眠りから目を覚ます。
「……ミカ、エル、さん?」
「お待たせしました。カイル王子も無事ですよ」
「……ああ、来てくださったのですね。良かった……」
ミカエルと、遠くで手を振るカイルの姿を見て、サリエルは心底ホッとした顔を見せた。
「では、ミサさんも……」
そして、ミカエルはミサのことも起こそうと手を伸ばした。
「待った!」
「ん?」
しかし、カイルがそれを止めた。
ミカエルは不思議そうにカイルに目を向ける。
すると、カイルは何やら嫌らしい目付きをしていた。
「せっかくなら、ここはロマンチックに行こうじゃないか」
「……はい?」
「眠りについたお姫様を起こすのは、いつだって王子様の口づけだと相場が決まってるのさ。な? シリウス王子様?」
「はぁっ!!??」
ニヤニヤしたカイルに匙を向けられ、シリウスは目も口も大きく開いて驚いていた。
「……やれやれ。まあ、もう好きにしてください」
「おい! ミカエル!」
ミカエルはカイルの悪ノリに付き合いきれないと呆れていたが、それでもミサを起こさずにその場を離れた。
「私はバラキエルさんと皇帝を見張っていますね。どうぞあとはご自由に」
「おまえっ!!」
結局はニヤニヤと楽しそうな顔をしたミカエルに、シリウスは顔を真っ赤にした。
「おー! いいぞいいぞ! いけいけー!」
「シリウス兄ちゃんがんばれー!」
「おまえら、面白がってるだけだろ!!」
ジョンとケルベロスにも囃し立てられ、シリウスはますます真っ赤になっていった。
「シリウス。男なら女性に恥をかかせるものじゃない」
「ぬぐっ!! ……く、そっ。なんでだ。なんでこうなった」
ゼンにまで言われ、シリウスはぶつぶつ言いながらミサの横に膝をついた。
「……」
「……おまえ、ここまで来て普通に手をおいて《起床》をかけたりするなよ?」
「ぐっ!」
ゼンに釘を刺され、シリウスは逃げ道を封じられた。
「……」
シリウスは顔を真っ赤にしたまま、眠っているミサの顔を見つめる。
整った、美しくも可愛らしいミサの寝顔。
そのぷるんとした薄ピンクの唇に自然と目が奪われる。
「……っ」
そして、シリウスはその不可思議で魅惑的な引力に吸い込まれるようにして、自らの顔をそこに近付けていったのだった。




