221.お兄ちゃんカッチョいいね!
「さあっ! 終わりだっ!!」
森にいる魔導機械兵たちの自爆によって連合軍を消し飛ばす最終プログラムの発動によって、バラキエルは勝利を確信していた。
高らかに声を上げ、その咆哮に耳を澄ませる。
「……ん?」
が、いつまで経っても轟音も衝撃もやってこなかった。
「ど、どうなっている!? 自爆はっ! 爆発はどーした!?」
バラキエルは想定外の出来事に慌てふためくしかなかった。
魔導機械兵とのリンクを切られてしまったため、眼を通して現場の状況を確認することはできない。
そもそもそのような未来など視たことがなかったのだ。
常に先々の情報を得ることで優位に立ってきたバラキエルが取り乱してもおかしくはないだろう。
「彼らには眠ってもらっていますよ、一時的にですが」
「!!」
それは、バラキエルが最も聞きたくない声だった。
専用の拒絶結界を創って国を覆うほどに警戒した存在。
「な、な、なな……なぜ、なぜ貴様がここにいる!?」
「そりゃいますよ。私は生徒のピンチとあらば、いつどこにだって現れます。
私は魔導天使であると同時に、彼らの先生なのですから」
腰が抜けて慌てふためくバラキエルに、ミカエルは肩をすくめてみせた。
「先生っ!」
「ミカエル先生だっ!!」
いきなり城の最上階に転移してきたミカエルのもとにクラリスたちが駆け寄る。
「まったく。遅いですよ」
「いやー、すみません。まさか私の弟子がここまで追い詰められているとは思わなかったもので」
「……ったく」
スケイルは自分の力不足を皮肉ってきたミカエルに苦笑するしかなかった。
そこまでストレートに言ってしまえるところに、2人の関係値が窺える。
「あり得ない! なぜ、なぜ貴様がここにいるのだ!!
城の詳細な地図がなければ、貴様は訪れたことのない帝国城に転移することができないはず! ましてや、一発で最上階の儀式の間に来るなどっ!」
バラキエルは疑問への解答を求めた。
こんな未来もまた、一度も視たことなどなかったから。
「地図、というのはコレですかね?」
ミカエルは懐から1枚の紙切れを取り出して、バラキエルにヒラヒラと見せた。
そこには帝国城の詳細な内部設計が描かれていた。地下から最上階まで、事細かに。
「……な、なぜ、それ、を……」
「それは秘密、と言いたいところですが、まあ、謎のメイドが届けてくれた、とだけ言っておきます」
「なっ!?」
その言葉を受けて、バラキエルはすぐに片目を閉じ、瞼の裏にここではない空間を視界に映す。
そこには地下牢に囚われているメイドがバラキエルに向かって、べーっと舌を出していた。
「……っ! あ、のっ、方、はっ!!」
「やりすぎましたね。
気まぐれに泳ぐ彼女を捕らえたりなどするから」
ギリリと歯を食いしばって怒りを露にするバラキエルに、ミカエルは呆れたようにため息を吐いた。
「だ、だがっ! その前に魔導機械兵たちの自爆はどうした!
貴様が魔導機械兵たちを転移魔法でどこかに飛ばす余裕はなかったはずだ! そもそも、どれだけ遠くに飛ばしても余波はここまで届くはず!」
ミカエルは一時的に眠らせたと言っていたが、魔導機械兵に《催眠》などの精神系魔法は効かない。
力任せに重力で押し付けるならまだしも、睡眠を必要としない彼らを眠らせるなど不可能だった。
バラキエルはミカエルが魔導機械兵たちの自爆を止めることができたのが信じられなかった。
「援軍は私だけではないですからね」
「……なに?」
そこに、ミカエルの言葉を受け、部屋の扉を開けて悠然と入ってくる2人の男がいた。
「司令塔が破壊されたことで指示系統に脆弱性が出た。そこに取って代わって命令を上書きするのは、そう難しくはなかったぞ。
なあ? シリウス」
「……まったく。兄上の固有魔法は本当に恐ろしい能力だ」
「き、貴様らは……」
そこに現れたのはアルベルト王国の王太子ゼンと、第二王子のシリウスだった。
「お兄様っ!」
「殿下っ!」
現れた王子たちのもとにクラリスたちが駆け寄る。
クラリスの顔を見た瞬間にゼンの表情が一変する。
「クラリス~! 無事だったか? 怖くなかったか? ケガはないか? あのクソ野郎に変なことされてないか?
おい! スケイル貴様! 俺のクラリスに変なことしてないだろうな!
もし何かあれば父上とともにどこまでも追いかけて処刑するぞ!」
「……殿下におかれましては平常運行なようで何よりです」
「あ、あれって、本当にゼン殿下なのか? クラリスの前だとあんなんなの?」
「……兄上と父上はクラリスのことになると、だいたいあんなんだ」
「あはははー」
クラリスの姿を見つけた途端、壮絶なシスコンぶりを発揮してみせたゼンにジョンはドン引きしていた。
その姿に呆れるシリウスと、もはや笑うしかないクラリスだった。
「でも、とりあえず無事なようで良かった。
向こうはどんな感じだったの?」
「ん? ああ、それはな……」
ジョンに尋ねられ、シリウスは森での一部始終を説明し始めた。
「あー、これは自爆ですね」
「じ、自爆っ!?」
「ええ。自らの命と魔力でもって周囲を吹き飛ばす類いの、最期の悪足掻きというやつです」
帝国各地に点在していた司令塔となる施設を全て破壊された魔導機械兵は突然、目映いばかりに光り輝きだした。
慌てる一同とはうってかわって、ミカエルはそれをのんびりとした様子で授業のように説明していた。
「そ、それは、爆発したらどうなるのです?」
「うーん、そうですね。高エネルギー体の超高圧縮による爆発ならば、1体につき周囲数百メートルが吹き飛ぶでしょう。
それがこれだけの数となれば、その被害範囲は計り知れないものとなるでしょうね」
「な、なら! そんなのんびり構えてないでさっさとなんとかしなさいよ!」
動揺するアルビナスとルーシアをしり目に、ミカエルは極めて平静だった。
「大丈夫ですよ。
ここに来た援軍は私だけではないですから」
「え?」
「出番ですよ王太子。指示系統が崩れた今なら、あなたなら彼らを御せるはずです」
そうして、ミカエルに場を譲られて現れたのは、金色の瞳が輝くアルベルト王国の王太子ゼンだった。
「まったく。父上は折れるのが遅いんだよ」
ゼンはこの場に来るのが遅れた原因に文句を言いながら、その瞳を魔導機械兵たちに向ける。
それを見た魔導機械兵たちは次々に崩れ落ち、地面に倒れ伏した。
全身を包んでいた光も霧散し、消え去っていく。
そして不思議なことに、ゼンの瞳を直接的に見ていない魔導機械兵たちも同じように倒れていった。
そうして、すぐにその場にいた魔導機械兵は全員がゼンによって支配されたのだ。
「ふむ。こんなところだな。
俺をバラキエルに代わる司令官として認識させたから、こいつらの共通意思を通じて全員に武装解除を命じた。
これで自爆の心配はなくなるだろう」
「これが王太子ゼンの固有魔法、なのです。やっぱり凄まじいのです……」
「頼もしい、けど、恐ろしくもあるわね」
アルビナスとルーシアが抱いた感想こそが、アルベルト王国の国王であるゼンの父が、彼をこの地に送ろうとしなかった理由だった。
他人を支配し、己が思うがままに操る固有魔法。
それは、ときに強力で凶悪な力へと変貌する。
完全支配を一度にかけられる人数はごくわずかだが、思考傾向の調整程度ならば国民全員にかけることさえ可能。
しかも、操られている方は自分がそうなっていることにも気付けない。
それに恐怖する者は少なからずいるだろう。
アルベルト国王は民がゼンに不信感を抱くことを懸念し、せめてゼンが王位につくまではその固有魔法の威力を公には見せない方が良いと判断したのだ。
ゼン本人には悪用するつもりはなくとも、そのように邪推する輩は必ず現れるから。
そのために、ミカエルたちにゼンとの対立構造を作らせて、反乱分子を抑えていたのだ。
そこまでした努力を水の泡にしないためにも、王はゼンの参戦をギリギリまで止めていたのだ。
「父上は心配性なんだよ。俺は母上と約束したんだ。
この能力は私欲のために悪用しないと。
世界を、民を、家族を守るためだけに使うと。
だからこそ俺は、今ここでこの力を存分に使おう!」
スタスタと森を進んでいくゼンに道を空けるように倒れていく魔導機械兵たち。
それは金色に輝く瞳の王を崇めているようにさえ見えた。
ゼンは周囲の連合軍の兵たちの、さまざまな視線を一身に受けながら堂々と歩いた。
信頼、羨望、畏怖、崇拝、恐怖……じつにさまざまな感情が入り混じった視線。
ゼンはこうなることも承知の上でこの場に来た。
全ては『弟と妹を守ってね』という母からの願いを守るために。
「誰が何と言おうと、国を守る、守れる王だと示せば、誰も文句は言えまい。いや、言わせやしない。
俺の国にいれば生涯安心して生きていける。
そう思われるような国を造ってやろう」
魔導機械兵が全て行動不能になった頃には、連合軍は鬨を上げていた。
それは他でもない、2人の王子に向けての賛辞でもあった。
「ふむ。ここはもう大丈夫でしょう」
すでに負傷者の手当てや魔導機械兵の捕縛に移っている連合軍を見渡し、ミカエルはゼンとシリウスのもとにやってきた。
「では、我々は参りましょうか。
最後の仕上げをしに」
「待て。どうやって行くつもりだ?」
「転移で行くので問題ありません。
素敵なプレゼントをいただいたのでね」
そう言うと、ミカエルは懐から城の詳細が描かれた紙を取り出した。
「ふん。相変わらず抜け目ないな」
「どうも。
では、私は城の最上階から調べるので、お二人は1階から上にあがってきてください」
「よし! 早くやってくれ!」
「はいはい」
シリウスに急かされて、ミカエルは3人の足元に魔方陣を展開して転移魔法を発動した。
かくして、3人は帝国城へと一気に侵入することに成功したのだった。




