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220/252

220.最終プログラム?ホントにこの人は、ホントに……

「……消えろ」


 冷たく見下ろすバラキエルの眼光がクラリスたちを射抜く。


「くっ!」


「殿下っ!」


「くっ、そぉっ!!」


 その剣が振り下ろされれば命はない。

 そう感じたスケイルが覆い被さるようにクラリスを庇い、さらにジョンは折れた剣を構えながら2人とバラキエルの間に割って入った。


「……無駄だ。3人まとめて消し去ってやる」


「!!」


 バラキエルからの強烈な殺気を受けて、クラリスはぎゅっと目をつぶる。




「……?」


 が、いつまで経っても何の衝撃も痛みも訪れず、クラリスは恐る恐る目を開けた。


「……バ、バカな……」


「?」


 すると、バラキエルは剣を振り上げたままで動きを停止し、部屋の天井を見上げながら信じられないといった表情を見せていた。

 クラリスにはいったい何が起きているのか理解できなかった。


「……」


 が、スケイルはその異変をいち早く察していた。


「……まさか、あの結界が破られるなど……」


 あまりの驚きにバラキエルは目の前の3人のことなど目に映っていないようだった。


「……帝国を覆う大規模結界が消えたようですね」


「え!? じゃ、じゃあっ!」


 バラキエルのセリフから確信を得たスケイルが呟く。

 そこでようやくクラリスもジョンも事態を把握する。


「……ええ。ミカエル先生が帝国に入れるようになりました」


「やった!」


「これで百人力だ!」


 絶望の暗雲が立ち込めていた世界に一筋の光が差した。

 その大きすぎる光にクラリスもジョンも顔を輝かせた。


「あの結界を破ることができるのは破壊の天使アザゼルぐらいのはず……。まさか、過去に打ち克ったとでも言うのか。

 そんな未来、一度として視えたことはなかったぞ」


 バラキエルにとってはアザゼルの参戦は完全に想定外のようだった。

 未来視の固有魔法を持つバラキエルは幾度となくこの世界の未来を視てきた。

 そのほとんどは悲惨な終わりでしかなく、そのほぼ全てに魔法が関わっていた。

 ならば、今まで視たことのない世界線を実現するためにも、この世界から魔法を、魔力そのものをなくしてしまおう。

 バラキエルは既定の破滅路線を回避するために、未来視で視たことのない未来を掴もうとしていたのだ。

 そしてそれは魔法という圧倒的な力の差を消し去りたいという自分の欲求と一致していた。

 バラキエルはこれこそが自分が行うべき使命だと感じていたのだ。


 視てきた未来でもなく、望んだ未来でもなく、イマという時間軸がまったく視たことのない新しい未来へと向かっているのを感じて、バラキエルは自身を全て否定された気分になった。


 それによって、目の前の標的のことが眼中から消えても致し方ないだろう。


「ハァッ!!」


「……ちっ」


 その隙を逃さずにジョンが折れた剣でバラキエルに斬りかかる。

 しかし、バラキエルはそれを煩わしそうにかわして、3人に重力魔法をかけた。


「ぐっ!」


 ミカエルほどではないとはいえ、3人は上からのし掛かる力に身動きが取れなくなってしまった。


「今は、貴様らの相手をしている暇はない」


 バラキエルはそう言うと、虚ろげな眼で何もない空間を見つめた。


「……ちっ。もう来ているのか」


 そして、ここではないどこかを見つめながら、あからさまに舌打ちをしてみせた。

 バラキエルは魔導機械兵の眼を通して連合軍の様子を見ているのだった。

 そして今まさに、ミカエルによって全ての魔導機械兵が地面に叩きつけられたところだった。


「……くそ。対魔コーティングを完全無視か。これだから大天使様は……」


 ミカエルの圧倒的な力にバラキエルは焦りを覚えていた。

 何か対策を。せめて儀式を終えるまでの間、ミカエルを城に来させないように……。


「……もう少し。もう少しなんだ」


 バラキエルはチラリと皇帝を見やる。

 儀式は滞りなく進んでいる。

 詠唱も終盤。まもなく儀式は成る。


「……少々危険だが、ここは再び俺が直接出向いてヤツの重力魔法に、じかに対策を施すしかあるまい」


 アルビナスの石化魔法への対抗術式を付与した時のように、それはバラキエルが直接現場に赴いて魔法に触れなければ魔導機械兵たちにインストールすることができなかった。


 バラキエルは魔導機械兵へのゲートを開き、再び森に転移しようとした……が、


「……ん?」


 それは、空から飛来する無数の塊によって阻止されることとなった。


「……そ、そんなバカなことが……」


 無数の巨大隕石の来訪を感じ取ったバラキエルは再び驚愕に目を見開く。

 膨大な魔力を使った力任せの儀式魔法。星雪祭(スタースノー)の星降り。

 バラキエルはすぐにそれがスノーフォレスト王国によるものだと理解した。


 所詮は土地の豊穣と安寧を祈る形式上の儀式。

 そこには全く脅威も利用価値もない。

 自分がすぐにそう断じたそれによって、帝国は破壊されようとしている。

 バラキエルにはそれが信じられなかった。

 そんな未来も、やはり視たことなどなかったから。


 そうして、回転を加えられた隕石たちはピンポイントに、帝国中に設置した全ての司令塔施設をその地下に至るまで破壊し尽くした。


「くそっ! 的確すぎる! サマエルの動物かっ!!」


 結界が破壊されたことで、バラキエルの計画は徐々に綻びが出始めていた。

 帝国の全貌を明らかにしないために、帝国を覆う結界には弱い忌避結界の効果も持たせていた。使役する動物たちが嫌がるような命令をしないという甘い考えを持つサマエルならば、それだけで偵察のために動物たちを帝国に侵入させようとしないはずだから。

 

 しかし、結界の破壊によって動物たちの侵入を許し、あっという間に全ての施設の位置を特定されてしまった。

 そこにあの隕石。

 おそらくは魔獣の長を通じて、ミサの膨大な魔力を利用しての力技。

 それによって位置の特定と共有をされた施設は破壊されてしまったのだ。


「……指令が送れないとゲートも開けない」


 施設が破壊されたことでバラキエルは森へと転移できなくなってしまった。

 隕石が着弾する前に跳ぶことは可能だったが、そのあともう一度城に戻ることができなくなる。

 すでに隕石を止められない状態であった以上、バラキエルは安易に森へと転移することをやめたのだった。


「……もう少し、研究する時間があれば……」


 バラキエルは固有魔法を解析しきれなかったことを悔やんだ。

 魔法と科学を融合させた魔導AIによって、解析不可能と言われた固有魔法でさえ解析し、それを再現・体得することが可能となっていたバラキエルだったが、その精度を高めるのには時間を要した。

 結果的にミカエルの重力魔法や転移魔法、魔獣を抑える術法。ゼンの、生物を操る金の瞳の魔法まで解析してみせたバラキエルだが、その全てを完全に体得したわけではなかったのだ。

 重力魔法はミカエルほどの規模・威力には至らず、魔獣は1体を抑えるので精一杯。ゼンの魔法は自らの魔法を通しやすくする程度の威力しか発揮できなかった。

 そして転移魔法の場合は、その場所にいる魔導機械兵とリンクしてゲートを開く必要があった。アルベルト王国に侵入してミサを連れ去った時にも、密かに侵入していた魔導機械兵が土中に隠れてミサを追跡していたからこそ、すぐに王国に転移できたのだ。


 つまり、魔導機械兵とのリンクが途絶えたバラキエルは転移魔法を使うことができなくなってしまったのだ。


「……終わりですね。じきに先生が来る。

 そうなれば、きっと全てを解決なさることでしょう」


 悔しそうに顔を歪めて俯くバラキエルにスケイルが呟く。

 その魔力の動きから、スケイルは森や施設の状況を把握しているようだ。


「……は?」


「!」


 だが、全てが解決したつもりでいたスケイルを、バラキエルは下を向いていた顔を上げて無機質に見つめた。


「ははっ!」


「……」


 目を見開いたまま口だけで笑うバラキエル。

 その感情を含まない笑みに、スケイルは背筋がぞっとしたような気がした。


「悪い悪い。これは期待させてしまったな」


 そして、バラキエルは表情を戻し、スケイルたちに同情するような視線を向けた。


「終わってなどいないさ。

 まずひとつに、ヤツはここには来られない」


「……なに?」


 バラキエルは指を2本立ててみせ、その1本を折り曲げた。


「初めて行く場所に転移するには詳細な地図が必要。それがヤツの転移魔法の唯一とも言える条件だ。

 そもそもおまえらはそれを目的としていたのだろう?」


「……っ」


 スケイルは失念していた。

 アルビナスたちが動けなくなり、自分たちの目的は地図の入手とミサたちの救出の両方となった。

 しかし、ミサたちさえ救出してしまえば地図など不要であり、そしてチャンスは来た。

 スケイルたちはそのチャンスを掴むことに必死で、地図の入手という目的の方をすっかり忘れていたのだ。


「まあ、そうするようにおまえらの目をこちらに向かせたのだがな」


「……!」


 バラキエルが最も懸念したのはミカエルの、この場への参戦だった。

 それさえ防げれば子ネズミの一匹や二匹、取るに足らない。

 ならば、あえてネズミをこの場に招こう。


 バラキエルはカイルを使ってスケイルたちの感情を揺さぶり、別動隊が地図を探しに行くという選択肢さえ奪って、まんまと全員をこの場に侵入させることに成功したのだ。


「……人間とは、かようにも分かりやすい生き物なのだ」


「……くっ」


 それは数多の世界の未来を視てきたバラキエルだからこそのセリフだった。


「そして、もうひとつ。

 俺からの指令を受け取れなくなった魔導機械兵は最終プログラムを実行するようになっている」


「最終プログラム?」


 バラキエルは立てていたもう一本の指を曲げると薄笑いを浮かべた。


「自爆さ」


「なっ!」


「自身の命と魔力を心臓に代わる核に超高圧縮。臨界点まで圧縮されて高まった魔力は光となって周囲を消し飛ばす。

 それは、1体で周囲数百メートルを吹き飛ばすだろう」


「……そ、そんな」


「それが10万体以上。

 共鳴し、相乗効果も相まって、それは果たしてどれほどの規模になるのだろうな」


「そ、そんなことしたらここまでっ!」


「ああ、心配するな。ここは特別な結界で守られているからその爆発の影響は受けない」


 ここまで壊れるぞというジョンの指摘をバラキエルは一蹴する。


「で、でも! 帝国の領土も破壊されてしまうわ! それでもいいの!?」


 クラリスもジョンも何とかして爆発を止めようと諭すが、バラキエルにはそんな問答は無意味だった。


「構わないさ。俺さえ無事なら、素材などいくらでも手に入る。すでに魔法を使わない人間の兵器化の技術は確立しつつある。

 邪魔な連中が消し飛んで世界から魔法が消えたら、各国から帝国に調査に来る奴らを次々に機械兵にすればいい。

 豊潤な土地や大量の素材など、帝国の外にもいくらでもあるだろう?」


「世界を、人間を何だと……」


 バラキエルは本当に人間を田畑の野菜や肥料程度にしか見ていない。

 クラリスはそれを改めて感じ、バラキエルの計画の成功は真に世界の、人類の終わりなのだと痛感した。


「まあ、もっとも。そう簡単にはいかないだろうがな」


「?」


「ミカエルは生き残るだろうからな。

 それだけの爆発をもってしても、おそらくミカエルを仕留めきることはできないだろう」


 そこまで言って、バラキエルはニヤリと口角を上げる。


「だが、他の奴らを守りきることもできないはずだ。

 魔導機械兵が一斉に自爆すれば、生き残るのはミカエルただひとりだろう。さらにヤツ自身も無事では済まないはず。

 そして、手負いのヤツが傷を癒しながら城までたどり着く頃には儀式は終わっている。

 重傷を負って、魔法も魔力もなくなったヤツならば、その息の根を止めるのは赤子の手をひねるよりも容易かろう」


「……」


 バラキエルの周到すぎる手配と、手駒をいともあっさりと捨てる冷酷さにスケイルは手詰まり感を感じざるを得なかった。


「……そろそろ魔導機械兵たちが輝き、命と魔力が集束し始める頃だろう」


 バラキエルは手に持ったままだった剣を消すと、両手を天に掲げて天井を見上げた。

 そして、耳を澄ますように瞳を閉じる。


「さあ! 聴くがいい!

 連合軍の連中も! 大地も! 魔導天使も!

 全てを無慈悲に消し飛ばす叡知の結晶の咆哮をっ!!」


 そしてバラキエルは、勝利を確信して高らかに笑うのだった。




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