219.あたしにあいつを殴らせろー!
時は、魔導機械兵に指令を出していた施設がイノスの星降りによって壊滅した時から少し遡り。
破壊の魔導天使アザゼルが帝国の結界を破る少し前。
「くっ……」
「はぁはぁ……」
「くっ、そ!」
両手に青白く光る剣を持ったバラキエル。
それと相対しながら、クラリスたちは地面に膝をついていた。
「……ふむ。魔法がなければこの程度か。まあ、あったところで、だがな」
そんな3人をバラキエルは冷たく見下ろす。
「ぐ、ぎぎ……」
ケルベロスは懸命に起き上がろうと力を込めるが、やはり魔獣としての力を封じられ、バラキエルの発生させた力場から動けずにいた。
「なんなんだ、あの剣は……。あれを受けたら俺の剣が粉々になったんだけど」
青白く光る剣を振りかぶって襲い掛かってきたバラキエル。
ジョンはその剣を自身の剣で受けたが、バラキエルの剣に触れた瞬間、ジョンの持つ鋼の剣は一瞬でボロボロに崩れてしまった。
ジョンの剣は本来の刀身の半分しか残っていない。
「……光、だけじゃないわね。あの剣かすかに、でも高速で振動してるわ」
「振動……局所的なアースクエイクや音波系の魔法の一極集中では確かに破砕に近い効果が確認できていますが、それを武器に、しかも継続的に使用することができるなど……とても人間業とは思えません……」
「まあ、あっちの世界だけでもこっちの世界だけでも不可能だろうな。
それに俺は、べつに人間であるつもりもないしな」
バラキエルはクラリスとスケイルの見解を一笑に伏す。
魔導天使は自身が真に神の使いである(であった)ことを人々に公にしていない。
魔導を極めた果ての長命な人間。
人々の魔導天使に対する一般的な認識はそのようなものだった。
しかし、バラキエルはそれを特に隠しだてしていない。自身が堕天使であることも。
だが、堕天使とはいえ天使であることには変わりなく、帝国の人々はバラキエルに対して崇拝にも近い感覚を抱いていた。
信仰こそが人々を統治する、最も容易い手段であることをバラキエルは知っているから。
それがこの世界では禁じられていることも知りながら。
「……」
スケイルはバラキエルの発言に、眉間に皺を寄せる。
ミカエルの、魔導天使の後継者として期待されているスケイルは彼らの置かれた状況をある程度聞かされている。当然、彼ら(ミカエル以外)が堕天使であり、それを人々に隠していることも。
それを安易に口に出すバラキエルにスケイルは嫌悪の情を抱いていた。
「……ねえ、どうする? これ、敵わないわよ」
「!」
クラリスが呟いたことでスケイルはハッと我に返る。
今は余計なことを考えている場合ではない。
この場をどうにかして乗り切る。最低限クラリスだけでも逃がす。
その方法を考えなければ。
スケイルはこの絶望的な状況を打破するため、懸命に頭を働かせる。
クラリスとスケイルが持っていた武器も、とっくにバラキエルの光学バイブレーションソードによって破砕されていた。
剣が壊されて斬られそうになっていたジョンを2人がそれで庇ったからだ。
2人はジョンが斬られそうになっているのを見て、迷わずバラキエルに剣を振り上げて向かっていった。
ジョンの剣が粉々に破砕されたことで防御は意味がないと悟り、とっさに攻勢に出ることが一番の防御だと理解した2人は流石と言えるだろう。
バラキエルは2人が向かってきているのに気付いて足を止め、もう片方の剣で2人の剣を破壊したのだ。
それからはじり貧だった。
スケイルとクラリスは魔法で応戦しようとしたがバラキエルによってキャンセルされ、ジョンは半分になった剣と拳で何とかバラキエルを遠ざけていた。
だが、徐々に追い詰められ、体力も削られ、3人はついには膝をついてしまったのだ。
「……まあ、人間にしては頑張った方だ。この時代の技術だけで、しかも魔法もなしにここまで生き残ったんだ。おまえたちは十分に頑張ったさ」
バラキエルはへたりこむ3人を見下ろしながら双剣を振る。止めを差すつもりのようだ。
「安心しろ。殺しはしない。
おまえたちは貴重な素材だ。存分に有効活用し、うまくいけば俺とともにこの世界で未来永劫生きていけるぞ」
バラキエルは3人を魔導機械兵化し、半永久的に稼働させるつもりのようだ。
本気を出せば光学バイブレーションソードで3人を一瞬で塵にできたはずなのに、それをしなかったのは生きたまま3人を活用したかったからなのだ。
「……ふざけないで」
「あん?」
バラキエルの言葉にクラリスが握った拳を震わせる。
「そんな状態で生きていても、そんなのは死んでるのと同じよ! いいえ。そんなの、死ぬよりもヒドいわ!」
「……」
地べたに這いつくばりながら、懸命に睨み付けるように見上げるクラリスを、バラキエルは無感情に見下ろした。
そこには一切の揺らぎもなかった。
「……所詮、全ては創られた存在だ。そこに生きる意義など必要ない。どうせ意味がないのなら、俺が有効に活用してやろうと言うのだ。
俺もまた、所詮は創られた存在なのだしな……」
「……」
クラリスはバラキエルから、どこか諦めに似た感情を感じとっていた。
「……だから、帝国の人々をあんな風にしたの?」
「あんな? ああ。魔導機械兵化のことか。
そうだ。べつに構わないだろう。どうせ掃いて捨てるほど居る。そこに意味もないときた。
ならばそんな命とやら、俺が好きに使えばいい」
「ふざけないで!!」
クラリスはその投げやりな感情を、やはり許すことなど出来るはずもなかった。
「あなたのくだらない目的のために人々の命を! 大切な命を使っていいはずなんてない! 意味がないなんてこともない!
どんな人だって、失っていい命はひとつもないわ!!」
「……クラリス」
「殿下……」
「ふん。それこそが人間ならではだな。同種への同情とやらか。
それゆえに、世界は一度滅びたというのに……」
バラキエルはクラリスの必死の訴えにも聞き耳を持たなかった。
彼がどのような世界線を見てきたのかは分からないが、もはや彼を言葉で止めることは難しいのだろう。
そう語るバラキエルは剣を持つ手にいつの間にか力が入っていることに気付いていない。
「……人間はいつもそうだ。
あれが正しい。これが正しい。命は尊い。命は大事だ。これが正義だ。あれが正義だと声高に叫んでおきながら、いつまでたっても自分たちで自分たちの命を奪うことをやめない。
守るために奪い、奪うために守る。
そんな命とやらの、どこに意味があると言うのか……」
そこまで語って、バラキエルはふっと手の力を抜く。
「……まあ、べつに今さら議論するつもりなどない。
所詮は俺もおまえたちも同じだ。
自分がやりたいことをやるために相手を排除する。
ただ、それだけ……。
遥か太古から変わらない構図。
神でさえそうなのだ。
それこそが、もはや真理であろう」
バラキエルは両手に持つ剣をクロスさせて天に掲げる。
「もういい。おまえたちはこの世から消そう。
痛みはない。触れた瞬間に、これはおまえたちをこの世界から消してくれる。
魔導機械兵として永劫生きることが嫌なら、ここで慈悲深く消してやる」
バラキエルはそう呟くと、剣を持つ手に力を込めたのだった。
「……ツユちゃん」
「なんですかー? ミサさん」
バラキエルさんが光る剣を振り回してクラリスたちを追い詰めて、命云々の話をし始めた頃、あたしはツユちゃんに声をかけた。
「……そろそろ、本当にあたしをここから出してみないかい?」
「……ミサさん?」
ツユちゃんは不思議そうに首をかしげる。
「すいませーん。残念ですが、私にはそんな力はないんですよー。《起床》はミサさんに直接触れてないと出来ないし、この夢の世界で外の世界の出来事をミサさんにお見せするのが精一杯でー」
……うん。まあ、そう答えるよね。
「……ツユちゃん。あたしもいい加減、ツユちゃんが普通のツユちゃんじゃないってことぐらい勘づいてるよ?
もしも……もしも本当にツユちゃんがそれを出来なくて、もしくは何かの理由があってあたしを外の世界に出せないって言うんなら、あたしはそろそろ本当に本気で、ここから出るために頑張ろうと思うんだよ」
「……ミ、ミサさん?
ちょっと、その暴力的に膨大な魔力は、やめた方がいいかなー、なんてー……」
あたしも、ここがあたしの夢の世界で、外から誰かに起こしてもらわないとダメなんだと思い込んでたけど、自分の中にあるものすごい魔力を解放し始めたら、なんだか無理やりにでも起きることが出来るような気がしてきたんだよね。
というより、あたしにそれをさせないために、ツユちゃんはわざわざあたしの夢の中にやってきて、外の様子を見させたような気もするんだよ。
そんなことを出来る人が、私を起こせないだなんてこと、あると思うかい?
「命に意味がない?
価値がない?
そんでクラリスたちを機械兵に?
無理。
あたしゃもう我慢できないよ。
ツユちゃんがなんでこんなとこにあたしを留めておきたいのか分かんないけど、あたしはさっさと起きて、あのバラキエルさんをぶん殴って、クラリスたちを助けるんだよ!」
「ちょ、ちょちょちょっ! ちょっとー! ダメですよミサさーん!!」
「……ダメなら、なんでダメなのか説明してくれるかい? あたしがまだ、その説明とやらを聞く気でいるうちに」
内から溢れる魔力に身を任せて全部を吹き飛ばしてここから出たい気持ちはあるけど、それはなんだか、全部を力で解決しようとしてるバラキエルさんとかとおんなじような気がして、暴れだしそうな気持ちとは裏腹に、あたしはまだどこかで冷静でいられた。
だから、これはツユちゃんに説明させるための半分、演技みたいなもんなんだよ。ごめんねツユちゃん。
「はぁ~~~……」
ツユちゃんはずいぶん長いため息を吐いた。どうやら観念したみたい。
「まったく。ミサさんはホントに、まったくですねー」
「ホントにまったくだね。
それで?」
ご説明早よ。
「もー。
たしかに、ミサさんなら内なる魔力に任せて自力でバラキエルの《催眠》を破って目覚めることは不可能ではないですー」
「やっぱり」
「でもでもー。それは魔法の、魔力の理をぶち壊すようなことでー。世界の在り方に挑むようなものでー」
「……分かりやすくプリーズ」
あたしの脳の在り方はもう理解に挑もうとしてないです、はい。
「えっとー、つまりミサさんが力ずくで自力で起きようとすると、最悪ミサさんの精神がイカれてパッパラパーヒャッフーになってしまうってことですー」
「……分かりやすくしすぎて分かりにくくなっててありがとう」
ようは無理やり魔法をぶち破ると精神崩壊を起こす可能性があるってことね。
「で、ツユちゃんはそれを心配してあたしがバカなことをしないか見に来てくれた、と」
「そんな感じですー。
ミサさんはたとえ眠っていても、皆さんのピンチを感じると無意識に暴走して起きようとしてしまう可能性があったので、それならいっそ夢の中から外の世界の様子を見せてあげた方がいいかと思いましてー」
「そっかー……」
いや、ツッコミどころは満載なのは分かるよ。
なんでツユちゃんがそんなんできんの? とか、そんなんできるならツユちゃんがあたしを起こしてよ、とか、そもそもそんなすごい力あるなら皆のこと助けられるんじゃないのかい? とか。
ホントはいろいろ言いたいけど、たぶんツユちゃんにできるラインがここまででギリギリだってことなんだと思う。
理由も分かんないし、何がなんなのかも分かんないけど、とにかくツユちゃんはあたしを助けくれてるのは分かるよ。
「わっ! な、なんですかー?」
あたしはツユちゃんをギュッて抱きしめた。
ツユちゃんは太陽みたいに温かい匂いがした。
「ありがとね。
きっといろいろあって、こういう形であたしを助けてくれてるんだよね。
あたしもそこそこ長く生きてるから、あれこれ野暮に聞いたりはしないけど。
とりあえずありがと」
みんな、それぞれにいろんな事情ってもんがある。
ツユちゃんには、ここまでしかできない事情があるんだろうね。
そんな人に、それ以上を求めるのは違うよね。
「……ミサさんは、ホントに、ホントにもう、ですねー」
ツユちゃんは優しくギュッて抱きしめ返してくれた。
なんだか、お母さんに包まれてるみたいな安心感がある。
「……しょーがないですねー。これはサービスですよー」
「へ? ……わっ!」
ツユちゃんが指をパチンて鳴らすと、一瞬世界がピカッて光った気がした。
「ん? いま、何したの?」
でもそれだけで、特に何かが変わったような感じはしない。
「お助けアイテムを送っときましたー。本来の目的はこれですからね。あとは何とかすると思いますよー」
「お、おおう?」
なんかよく分かんないけど、なんかやってくれたのかね。とりあえず再びありがとうのギュー。
「ひゃー」
ツユちゃんてば、柔らかくて温かくて、ギューしがいあるのよこれが。
「ほ、ほら。続きを見ますよー。
ミサさん愛しのクラリスたんのピンチですからねー」
「あ! そだった!」
浮気じゃないからねクラリスたん!!
でもツユちゃんはもちょっとギューしとこ。
「……てか、あたしってばいったいいつになったら起きれるのよ」
なんかもう、ずっと寝てないかいあたし。
まあ、誰かが起こしてくれなきゃ死んじゃうんだけどさ。
「ふふふ。昔から、眠り姫を起こすのはいつだって王子様って相場が決まってるものですよー」
「……なんだろう。ぜんぜん胸がときめかない予感しかしないんだけど」
どうかそうならないことを祈って、続きを見てみようと思うよ。




