218.イノスダイナミックアタックと名付けよう!
「……これ、は……」
「なにかが……」
それは、初めは微かな音と弱い地響きだった。
人よりも感覚に優れたアルビナスとルーシアがそれにいち早く気が付く。
「なんだ?」
「地震か?」
やがて、周囲の兵たちもだんだん大きくなっていく揺れと音に気付き始めた。
しかし、それは大地からではなく空からの音だった。
「……何か、来るな」
シリウスが空を見上げる。
雷魔法を扱うシリウスは空の動きに敏感だった。
その空が、まるで怯えるように道を譲っている感覚をシリウスは覚えた。
「ふむ。これはさすがにすごいですね。タマモは、無事に手を貸してくれたようです」
「?」
空からやってくる無数のそれを把握したミカエルは作戦の成功にほっと息を吐く。
「……あれは、なんだ?」
「隕石、なのです」
「隕石だと?」
そして、それはしばらくしてようやくその姿を人々に見せた。
数十にも及ぶ無数の巨大な隕石。
それらが空から轟音と振動を伴って飛来したのだ。
「ちゃんと大きすぎないものを墜としてくれましたね。さすがはイノス王子」
「こ、これが、王子ひとりの魔法だって言うのです?」
作戦について聞かされていないアルビナスがその規格外の魔法にひどく驚いた様子を見せる。
「術式自体は彼ひとりによるものです。
とはいえ、これほど大規模な儀式魔法。到底彼ひとりの魔力ではまかないきれません。
これは星雪祭の星降りの応用。あちらは人々の祈りと大地の加護による魔力がそれを補完していますが、それがない帝国の地では完全に膨大な魔力によるゴリ押しが必要。
北の魔獣の長を通じて、ミサさんの膨大な魔力を流用して行っているのです」
「……なるほど。ミサの……」
ミカエルの種明かしに、アルビナスはすぐに彼が言いたいことを察した。
「そうです。
つまり、ミサさんはまだ生きているということです」
「……良かった」
ミサが生きていなければ魔獣の長はミサとリンクできず、この魔法は成功していない。
空から星が降った時点で、ミサの無事は確定したのだ。現時点では、だが。
「……」
アルビナスはほっとしたのもつかの間、すぐにミカエルを見上げるように睨み付けた。
「……この作戦を決めるときには施設とやらのことはまだ分かってなかったはずなのです。この魔法。この隕石は、初めはどこに墜とすつもりだったのです?」
「……」
アルビナスには分かっていた。
ミサの魔力が使えない場合、つまり、儀式が終わってミサが死んでしまっていた場合に、ミサの代わりにミカエルがその魔力を供給できるであろうことを。
そして、帝国各地に散在する施設を破壊するために小さい星を呼んだ今回とは違い、たった一ヶ所を破壊するためならばどれほどの規模の大きさの隕石を墜とせたのか、ということを。
それはつまり、ミサを助けにいったクラリスたちも、生き残ってる可能性のあったカイルも、ミサとサリエルの遺体も、それらを全て粉砕し、敵ごと葬り去ることを意味していることを……。
「……ま、他に使いどころがあって良かったですよね」
「……これだから魔導天使は信用できないのです」
胡散臭い笑みを見せるミカエルにアルビナスはうろんげな目を向けた。
「……世界を護る。それが、我々ですからね」
「……」
その枕詞に、「どんなことをしても」がつくことをアルビナスは理解していた。
「というか、あなたたちもそうなるようにしたはずなのに、どうしてこう好き勝手に育ってしまったのか……」
世界のバランスを取るために魔獣を生み出した魔導天使のひとりであるミカエルがわざとらしく頭を抱える。
「……『そう』なるようにしたのはあなたたちなのです。生命体として、自我ある生物として生み出した時点でそうなるのは分かっていたはずなのです」
帝国の地に落ち行く隕石を眺めながら、アルビナスはぽつりと呟く。
「……生み出した命には自由を。
それが、私たちをも生み出した方の意志、ですからね……」
ミカエルは慈愛溢れる眼差しでアルビナスを見下ろした。
その奥には、彼をも生み出した誰かの眼差しもあるようにアルビナスは感じた。
「……だから、あなたは嫌なのです」
そうしてふて腐れるアルビナスにミカエルは穏やかな笑みを向けるのだった。
「く、来るぞ!」
「!」
ふたりがそうして話している間に、隕石はついに地上へと降り立つ。
数十にも及ぶ施設をピンポイントに、確実に。
「ふむ。要望通り、大きさは抑えてくれましたね。被害範囲は小さく、かつ施設の深部まで破壊を、と少し無謀な要望かと思いましたが、なるほど隕石に回転を加えるとは、さすがはイノス王子です」
ミカエルは大きさを抑えたと言っているが、実際それを目にした兵たちはその巨大な岩の塊に驚愕していた。
一軒家が丸々収まるレベルの巨大な岩の塊。それが数十個。
確実に帝国の領地に痛烈なダメージを与えるそれらに、兵たちは畏怖すら覚えた。
「……魔力コントロールが精密すぎるのです」
隕石をただ降らすだけでも驚愕であるのに、その大きさを指定したり回転の命令を加えたりと、これだけ大規模な術式を完全にコントロールしてみせたイノスにアルビナスは驚くしかなかった。
「まあ、スノーフォレストはそれが得意分野ですからね」
ミカエルが語るように、各国の王族には魔法戦闘面において他国に勝る得意分野があった。
スノーフォレストは年に一度の星雪祭でも見られるように精緻な魔力コントロールを。
アルベルト王国は魔法と剣を組み合わせた魔法剣士としての戦闘スタイルにおいては他に並ぶ国はない。
リヴァイスシーは豊富な魔力量に任せたダイナミックな魔法戦闘を。(ハイドは修行中だが、開発した魔導具にひとりで魔力を充填しきれる時点で生半可な魔力量ではない)
そして、今回は活躍の機会がなかったが、マウロ王国は魔法発動の速さが何よりも武器だった。
それら、各分野において他国に勝るものがあったが故に、協定が結ばれるまでは各国が長い間、そこここで終わることのない争いを続けていたのだ。
「……墜ちる」
そして、空から飛来した隕石たちがついに帝国の領地を蹂躙していく。
「わっ!」
「ここまで余波がっ!」
高速回転を加えられた隕石は施設の地下まで一気に突き進む。
そして少し遅れて、とてつもない轟音と衝撃波と振動がシリウスたちにも届いた。
隕石によって貫かれた施設が次々に火の手を上げる。
そこには研究者も、警護の魔導機械兵もいたはずだが、それらを全て無慈悲に消し飛ばしていった。
「……こ、こんなもの、どうしようもないではないか」
そのあまりの威力に、シリウスはただ呆然とそれを見るだけだった。
個人がどれだけ鍛練を積んで強くなっても、この圧倒的な力の前では無力。
シリウスはそこに越えられない壁を感じていた。
「まあ、これはチートみたいなものです。ミサさんの膨大な魔力がなければ隕石のひとつさえ墜とせないでしょう。
これは今回だけのズルみたいなものだと思えばいい」
「……」
ミカエルの慰めとも思えないフォローにシリウスは呆れた表情を見せる。
「……おまえなら、できるんじゃないか?」
「いやいや、これほどの大規模儀式魔法、さすがに大変すぎますよ」
「……できない、とは言わないんだな」
「はっはっはっ」
冗談のつもりで言ったことに予想外の返答をされてシリウスは苦笑した。
ミカエルはそれにわざとらしく笑って返してみせた。
「まあいいさ。そんな力が必要にならない世界を創れば、俺様の勝ちだ」
「……あなたは、それでいいのでは?」
以前までのシリウスならば力のみを求めて、いつかその脅威的な力さえ越えてみせると言っただろう。
しかし、今のシリウスが求めたのは平和だった。平和にすることで、その力を使う必要のない世界にすると言ってのけた。
ミカエルは弟子の成長を感じて薄く微笑んだ。
『……ウ、ガ……』
「!」
司令塔となる施設を破壊されたことで、ミカエルの重力魔法で抑えられていた魔導機械兵たちに異変が現れる。
『ウ……』
それまで、重力魔法に抗って懸命に身を起こそうとしていた魔導機械兵たちが、糸が切れた人形のように抵抗をやめ、だらんと力が抜けて地面に押し付けられたのだ。
「どうやら無事に全ての施設を破壊できたようですね」
その様子を見たミカエルが重力魔法を解除する。魔導機械兵たちはそれでも地面に倒れたままだった。
『……ア』
「おや?」
『アアアアアアアッ!!』
「おやおや」
しかし、命令系統を失って動かなくなるはずだった魔導機械兵たちがいっせいに奇声をあげて立ち上がり始めた。
『……ア、アア……』
そして突然、全員が光り輝き始めたのだった。