217.このふたりの組み合わせって、あたしはわりと好きかも
ミカエルたちが帝国に入り、シリウスを助ける少し前。
「助かった。ハイド王子。まさかこれほど広範囲に雷属性魔法を展開できる道具があるとは。しかも人間にはさしたる影響もなく」
「いやあ」
自軍が対応していた魔導機械兵を倒し、スノーフォレスト王国軍の援護に動いていたハイド率いるリヴァイスシー王国軍は無事にイノスたちと合流していた。
魔導機械兵とまともに戦うではなく、受け流すように蹴散らしながら進軍していたイノスたちは決して苦戦しているわけではなかった。
だが、目的地に着いた際に敵を足止めしておくには難しい戦力差だと感じてもいた。
その折にハイドたちがやってきて電磁フィールドを展開し、魔導機械兵の動きを抑制してくれたのだ。
「それにしても、スノーフォレスト軍にはすごい強い人もいるんですね」
動きが抑えられているとはいえ、魔導機械兵たちを次々に打ち倒していくやたらと大柄な鎧兵がいた。
「ああ。彼は急遽雇った傭兵でね。専守防衛はあまり得意ではなかったみたいだ。攻勢に出れば頼もしいことこの上ない」
電磁フィールドによって動きが鈍ったことを好機と捉えたイノスは魔導機械兵をこの場で殲滅することにした。
援軍のおかげで戦力も増え、雷魔法を纏った剣を振るう兵たちは一気に魔導機械兵たちを駆逐していった。
「……それにしても、これは本当にすごい」
「サマエル?」
ハイドが展開した電磁フィールドや、リヴァイスシー王国軍が個々に持つ珍しい武器。なかにはテーザーガンのようなものを撃つ兵もいる。
サマエルは、それが異常なものであると感じていた。
魔法が使えなくとも、大きな魔力がなくともそれと同等近い効力を発揮することのできる道具。
今は用途や使用回数などに制限があるようだが、いずれこれが国民全員が問題なく使用できるようになるとしたら……。
それは、もはや帝国以上の武力国家の誕生なのではないだろうか。
サマエルはハイドの脅威を痛感していた。
「ちなみにこの電磁フィールド? っていうのはどうやって作ったんだい?」
「イ、イノス殿下!?」
国家機密レベルの兵器の製造方法を世間話のように尋ねたイノスにサマエルは驚きを隠せなかった。
そんなことを答えるはずがないのだ。
「あ、これはね。雷方陣の結界の形を利用して、各魔力点に発動機を置くことで~……」
「ええっ!?」
「サマエル? さっきからうるさいよ?」
だが、あっさりとその製造方法を、しかも懇切丁寧に解説し始めたハイドにサマエルは大げさなリアクションを見せた。
イノスがバタバタと騒がしいサマエルに眉をひそめている。
「これ、あとで作り方を教えてもらえないかな? 魔獣とか、獣避けとして活用できるようにしたい。もちろん謝礼は払うよ」
「あ、うん。分かった。
そっか、獣避けね。うちでは魚とか獲るのにしか使ってなかったけど、そういう発想もあるのか。勉強になるなぁ。
あ、謝礼云々のことはよく分かんないから、あとで父上と相談するよ」
「ありがとう。
そうだな。そうしてもらえると助かる」
初めは敬語だったハイドも、気取らないイノスの性格にいつの間にか距離感を縮めていた。
どうやら2人は話が合うようだ。
「……そろそろ行こうか」
魔導機械兵たちの数もだいぶ減り、隊を分けても問題ないだろうと判断したイノスは殲滅を一部の兵に任せ、自分たちは前に進むことを決めた。
「あれは、あのまま置いておいて大丈夫?」
「あ、うん。ここに来るときに魔導士に魔力を充填してもらったから、あと30分ぐらいはもつだろうし、終わったらうちの兵に回収させるよ」
「そうか。じゃあ進もう」
「分かった」
そうしてイノスとハイドは互いに一部の兵を魔導機械兵の殲滅に残し、電磁フィールドはそのままに目的地へと進軍を開始した。
サマエルも、先ほどの大柄な鎧の傭兵もイノスたちについてきていた。
「ん?」
「これは……」
目的地への道中、帝国を覆う結界が破壊されたのをイノスたちも確認した。
「……アザゼル、来たんだね」
「……」
嬉しそうに微笑みながら空を見上げるハイドを、サマエルも少しだけ嬉しそうに眺めていた。
「……サマエル。動物たちを」
「はい」
イノスが指示をすると、サマエルはスノーフォレストと帝国との国境に待機させていた使役動物たちを一斉に帝国に侵入させた。
「あ、例の施設とやらなら、捜索に出してたうちの兵が何個か見つけたよ。俺も、来るときにひとつ見た」
「よし。サマエル。ハイド王子の魔力痕跡から施設の魔力波形を読み取って動物たちに共有を」
「はい」
どうやらハイドはここに援護に来る道中、魔導機械兵たちに電波を飛ばして統一指示を出している施設を発見していたようだ。
そして、サマエルはそんなハイドの手を取ると、ハイドを通じて施設の位置と魔力波形を読み取った。相当難しい魔法だが、動物たちの魔力波形を把握して使役するサマエルの固有魔法を応用すれば、その難易度はぐっと下がる。
「……分かりました。動物たちにも共有し、すぐに探させます」
施設を特定したサマエルはそれと同じものを探すよう動物たちに指示を出す。
空、地上、地下、湖の底。
あらゆる動物たちが帝国中を丸裸にする。
「!」
そのとき、ミカエルからの連絡鳥もやってくる。
「行こう。準備は整ったそうだ」
そうして、再びイノスたちは目的地へと進軍した。
帝国を一望できる最も標高の高い山の山頂へ。
そこに着く頃には施設をすべて発見できているだろう。
「よし。ここからならいける」
しばらく歩いて、イノスたちはようやく山頂へとたどり着いた。
「お、俺はちょっと、休憩、してるね」
すぐに息を整えたイノスとは対照的にハイドの体力はすでに壊滅的だった。
長年の引きこもり生活が染み付いた体での登山はだいぶキツかったようだ。
「ほら殿下! しゃんとしな!」
「うひゃい!」
しかし、倒れ込もうとしていたハイドは自軍の兵に尻を叩かれて、飛び上がるようにして立ち上がった。
「よそ様の前だろ。バテバテでも王太子様らしく、頑張って最後まで立ってな」
「ヨ、ヨナさ~ん」
兜を上げると、ひとりのおばちゃんがそこにはいた。街の市場で働く女性でも志願すれば兵として出兵できる。
彼女は腕に自信があったので、今回の行軍に志願したのだ。普通のおばちゃんが戦地で剣を振る。
国民皆兵のリヴァイスシー王国ならではの光景と言えるだろう。
「帰ったら特製海鮮串焼いて上げるから」
「わ、分かったよ~」
幼い頃から彼女の作る串焼きに世話になっていたハイドは情けない声で懸命に体を起こした。
「……ふ。良い国だ」
庶民が王太子の尻を叩いて発破をかける。
そんな光景にイノスは珍しく微笑んでみせた。
「……イノス殿下。施設の場所をすべて特定しました」
そんなイノスの姿に少し驚きながら、サマエルは施設の特定が完了したことを報告する。
「よし。じゃあ、僕に位置の共有を。すぐに始めよう」
「お、お待ちください!」
「ん?」
すぐに行動に移ろうとするイノスをサマエルは慌てて止める。
「リ、リヴァイスシー王国軍が見ています! 彼らにはこの場を一度離れてもらわねば!」
これからイノスが行うことは他国の人間には伏せていたこと。
知っているのは、帝国以外の各国の魔導天使のみ。バラキエルはこれから行うような使い方ができるとは思っておらず、興味がなかったようだ。
「……サマエル」
慌てるサマエルをイノスは落ち着き払った瞳で見つめる。
「彼らは大丈夫だ。
心配しなくていい」
「……イノス、殿下」
その優しい瞳に、サマエルは動揺していた。
かつては常に冷静に、悪く言えば常に冷めた目で世界を見ていたイノス。
これまでの彼ならば、軍事的な機密にあたることを他国の王太子がいる前で披露するなど考えられなかった。
「彼は国家機密レベルの軍事的機密をあっさり開示してくれた。彼はそれを、軍事的機密にするつもりはないんだよ」
「?」
ハイドは何のことかよく分かっていないようだったが、周りの兵たちは分かっているようだった。
だが、誰も2人にそれを言わないということは、兵たちもまた、そうするつもりがないのだと言えるだろう。
「そして、それは僕も同じだ。
これは大事な祭事。
本来はこんなことに使うためのものじゃない」
「……殿下」
そこでイノスはふっと笑った。
薄氷の氷が春の訪れに歓喜するように。
「僕も彼も、『彼女』にやられてこうなってしまったみたいだ。
大丈夫。彼女がいれば、この世界は大丈夫さ。
だから、僕は今だけはこの力で、彼女を救う」
「……殿下」
「はーっはっはっはっはっ!!」
「!」
イノスが語り終えると、場違いな笑い声が周囲に響いた。
「王族は好かなかったが、2人ともなかなかに良い男になってるのぅ!」
その声の主はスノーフォレスト軍の大柄な鎧の傭兵だった。
「おかげさまでね。さあ、早く手を貸して。
これは、僕だけの魔力じゃできないから」
イノスはさして驚いた様子もなく男に手を差し出す。
「ったく。言いぐさはやはり王族だの」
男は文句を言いながら鎧を脱いだ。
その瞬間、男の背中にふわっと大きな尻尾が現れる。そのもふもふの尻尾は全部で9本あるようだった。
そして、9本あるふさふさの尻尾のうちのひとつをイノスの手にのせる。
「言っとくが、ワシがスノーフォレストの王族に協力するなど今回限りだからな。ミサを助けるためだと頭を下げるから協力してやるんだ」
「分かってるよ、タマモ。
ちゃんとあとでミサには手料理を要求するから」
「うむ!」
ミサの手料理という言葉を聞いて嬉しそうに頷いたタマモは、自身の尾から膨大な魔力をイノスに送る。
「……ま、魔獣の長?」
その尾と膨大な魔力から、ハイドは傭兵の男が北の魔獣の長であると察する。
「……さあ。祈りを始めよう」
そうして、膨大な魔力をもとにイノスは天に祈りを捧げ始めたのだった。




