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216/252

216.ヤツが……ついにヤツがやってくるよ!

「く、そぉっ!」


 カークは追ってきた魔導機械兵の剣を弾き、そのまま足を止める。


「俺はここで食い止める! クレア! 殿下を頼むぞ!」


「おいっ! カークっ!」


「っ! 分かりました! さあ、殿下っ!」


 シリウスに剣を伸ばそうとする魔導機械兵を渾身の力で押し返し、カークはその集団に飛び込んだ。

 クレアは一瞬、自分もと足を止めそうになったが、カークの覚悟を決めた目を見てシリウスを前に押し出した。


「くそぉっ!!」


 シリウスはそれを受けて再び走り出す。

 遠くではアルビナスによるものと思われる大きな爆発と、兵たちの叫ぶ声が聞こえる。

 その声がどうか断末魔ではないことを祈りながら、シリウスは振り返ることなく走る。


『殿下が生きてさえいれば連合軍は死なない』


 その言葉を胸に、シリウスは押し潰されそうな気持ちに抗いながら必死に走った。


「……殿下。私も、ここで……」


「!」


 クレアの声がだいぶ後方から聞こえて、シリウスは慌てて後ろを振り返る。

 クレアは魔導機械兵の剣を受け、ギリギリと鍔迫り合いをしていた。


「……ミサのこと、よろしくお願い致します」


「……くっ、そぉっ!」


「で、殿下っ!?」


 うっすらと目に涙を浮かべたクレアの顔を見たシリウスは剣を抜き、クレアを叩き斬らんとする魔導機械兵を弾いた。


「ダ、ダメです! 早くっ! 早くお逃げください!」


「知るかっ!」


「ええっ!?」


 戸惑った表情で諌めるクレアをシリウスは一蹴した。


「カークたちはまだ軍人だ。己の命をかける覚悟もあるし、俺様もそれはやむなしと思う。

 だが、貴様は違う。

 貴様はまだ学生だ。

 軍に命を捧げた存在ではない。

 俺様は、守るべき存在に守られながら逃げるような卑怯者には、なりたくはないっ!」


 シリウスは残り少ない魔力で剣に雷を纏わせ、クレアに襲いかかっていた魔導機械兵を切り裂いた。


「し、しかしっ! 私も騎士志望です! 殿下のことは命に代えてもお守りする覚悟はとうにあります!」


「……騎士の覚悟を持つ者を守るべき存在と言ったのは失礼だったか。

 だが、貴様が命をかけて守るべきは俺様ではない。そうだろう?」


「……殿下」


 シリウスの優しい瞳に、クレアは溢れそうになる涙を必死にこらえた。


「……分かりました。では、何としてでも生き残りましょう。私『たち』が守るべき者を、救いに行くために」


「……ふっ」


 再び剣を構えるクレアにシリウスは口角を軽く上げた。


『ギッ!』


 しかし、そんな2人の前には十数体の魔導機械兵が剣を構えていた。


「……けどまあ、現実はそう甘くはないわけで……」


 その絶望的な戦力差にクレアは苦笑するしかなかった。


「……せめて、少しでも数を減らそう。きっと誰かがどうにかする。そのときに、そいつの負担を少しでも軽くするんだ」


「……そうですね」


 絶体絶命の状態でありながら、2人は笑った。

 無駄にはならない。

 自分の剣は、きっと誰かの助けになる。

 そう、信じて……。




「ふむ。あなたらしくもない、なかなか良いセリフでしたよ、バカ弟子」




「!」


「こ、この声はっ!?」



『ガッ!!』


『グギャッ!!』



 2人の命を刈り取らんと魔導機械兵が剣を振るったそのとき、シリウスは聞き覚えのある声を聞いた。

 そして次の瞬間、魔導機械兵たちは1人残らず地面に叩きつけられた。


「……はっ。遅いんだよ、バカ師匠」


 それは聞きたくもない声。

 だが、今この場で最もありがたい声だった。


「『彼』がようやく動いてくれましてね。まったく。やっとですよ」


「悪かったって」


 そこに現れたのは、世界最強の魔導天使ミカエルと、破壊の魔導天使アザゼルだった。









 少し前。


「ミカエル」


「……やっと来ましたか」


 帝国との国境でそのときを待っていたミカエルは待ち人の訪れを静かに迎える。


「……ようやく、過去と決別したのですね」


「……王子に、こんなものをもらっては、な」


 アザゼルは手に持つ手紙をミカエルに渡した。

 そこには端的にこう書かれていた。



『俺だって前に進めたんだ。アザゼルも、きっと前に進めるよ』



 それは、幼い頃から自室に引きこもり、誰のことも信用せず、ただ自分の研究にのみ目を向けていたハイドからの言葉。

 彼がこれを言えるようになったことがどれほどのことか。アザゼルはその重みをしっかりと感じていた。


「……ふ」


 その短い手紙を読むと、ミカエルは丁寧にそれをたたんでアザゼルに返した。


「……いつだって、世界は今を回っているのですね」


「……そうだな」


 過去に取り憑かれた自分とは違って、今を生きる人々は今を生き抜くために必死に前に進む。

 それは、不老不死であるがゆえに自分たちが忘れてしまいがちな真理だった。


「……人々を導く魔導天使が、逆に人に導かれるとはな」


「それが、『彼ら』です。

 だから私たちにも、世界にも、やはり彼らは必要なのです」


 ともすれば世界を滅ぼす可能性さえ秘めた存在。

 神がそれを創ったのは、存在させ続けるのは、きっとそのためなのかもしれないとミカエルは感じていた。


「……違いない」


 アザゼルはふっと微笑むと、目の前の強固な結界に手を伸ばす。


「どうですか?」


「問題ない。俺を誰だと思っている。

 破壊の堕天使様だぞ」


「ふっ。調子が戻ってきたようで何よりです」


 にかっと歯を見せて笑うアザゼルにミカエルも口角を上げた。


「だが、これほど大規模で強力な結界。壊したあとは俺はもう、ろくに戦えないぞ?」


「問題ありません。私が、全てを終わらせましょう」


「へいへい。さすがは大天使様ですね」


「それに、援軍は私だけではないですしね」


 ふっと微笑むミカエルの後ろを見てから、アザゼルは再び結界に向き合った。


「……ハイド王子。これからはおまえをしっかり見てやる。覚悟しとけよ」


 アザゼルはそう呟くと、結界に向けて破壊の力を放ったのだった。














「……先生、とアザゼル様」


 クレアは2人の登場を受けて地面に膝をついた。

 張っていた気が一気に緩んだようだ。

 そこにミカエルがゆっくりと近付く。


「よく頑張りましたね」


 剣も置き、肩で息をするクレアの頭にミカエルは優しくポンと手を置いた。


「ミカエル! 俺たちのことはもういい! それよりも森の先で、まだ本隊が奴らと戦っているんだ!」


 重力魔法でギシギシと地面に縫い付けられ、この場にいる魔導機械兵は動くことができなくなっていた。

 魔法に抵抗力があっても、上から押し潰す力には抗うことはできないようだ。


「大丈夫ですよ。そちらも全て、動きを抑えましたから」


「……は?」


 ポカンとするシリウスをしり目に、ミカエルはクレアの頭から手を離すと本隊のある方角を見据えた。


「クレア! シリウス!」


「アルビナス!?」


 そのとき、その方向からアルビナスとルーシアがやってきた。ルーシアの背にはカークの姿もある。


「……遠隔魔法。やっぱりあなたの仕業なのです」


「お疲れ様です。アルビナス」


「遅いのです」


 不機嫌な様子のアルビナスにミカエルは苦笑で返した。


「おまえらが来るってことは、じゃあ、本当に?」


「当然です」


「やれやれ。やっぱりとんだ化け物だよな」


 アザゼルのツッコミにミカエルは「失礼な」とだけ返す。


「……そ、うか……」


「殿下っ!」


 安心したのか、シリウスは足の力が抜けて地面に膝をついた。


「魔力が底を尽きかけていますね。とりあえず、皆さんこれを」


 そう言ってミカエルが取り出したのはミサが作った飴玉だった。


「こんなときのためにミサさんを脅し……優しく諭して少しずつ作らせておきました」


「……いま脅してって言いかけなかったか?」


「気のせいでしょう」


 ミカエルは満面の笑みで「さあ」と飴玉を配った。


「ったく」


 シリウスが呆れながら飴玉を口に含むと、今までの疲れや魔力消費が嘘のように回復していった。


「もう立てますね?」


「……ああ。まったく、とんでもないアイテムだな」


 飴玉を舐め終わる頃には体力も魔力もほぼ全快していた。

 他のメンツもほぼ復活したようだった。


「それで、こいつらはどうするのです?

 あなたが止めているうちに止めを差していけばいいのです?」


「いえ、その必要はありません」


「?」


 アルビナスの質問にミカエルは首を横に振る。


「これはただの時間稼ぎです。

 もう連絡はしてあるので、そろそろ来る頃でしょう」


「……来る?」


 シリウスたちが首をかしげていると、やがて空から地響きのような音が降ってきたのだった。




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