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215/252

215.最上階での戦い、だね。てか、ジョンさんいつの間に……

「……ケルちゃん?」


 手足を地面につけて四つん這いの格好になったケルベロスは全身の毛を逆立てるように力を込めた。


「僕が魔獣の姿に戻って周囲を焼き払う。ついでにこのおっきい魔方陣も壊しちゃおう。バラキエルは倒せなくても、儀式を行う魔導士と魔方陣がなくなれば儀式は進められないはず。

 それに僕の炎は魔法じゃないからアイツにも効果あるかも。僕はアルビナスとルーシアみたいに魔法はあんまり得意じゃないけど、その代わり他のことはけっこう強いんだ。

 クラリスたちは皆の結界をお願い」


 ケルベロスからすればミサを巻き込む可能性のある全体攻撃は出来れば避けたかった。ケルベロス自身がミサを護るための結界の類いが得意ではなかったから。

 魔獣は本能的に、本来は他者を信用しない。

 自分の強力な炎をクラリスたちが本当に防げるか、ミサのことを本当に守ってくれるか、ケルベロスは不安で堪らなかった。

 それでも、ミサが信用した仲間ならばと、他に手がないのならと、ケルベロスはそれを実行することに決めたのだ。


「ケルちゃん……」


「戻ったらすぐにやる。よろしくね」


「わかったわ!」


「任せろ」


 ケルベロスの決意にクラリスとスケイルも頷いて結界の準備に入る。


「まあ、それも無理だけどな」


「ぎゃっ!」


「ケルちゃん!?」


 しかし、バラキエルが手をかざした瞬間、ケルベロスは上からの力に押し潰されるようにして地面に叩きつけられた。


「……ぐっ。体が……これ、は……あのとき、の……」


 ケルベロスは地面に押し潰されそうになるのに懸命に抗いながら、何とか体を起こそうとするが、強力な押し付ける力とは別に、自身の力自体を抑えつけられているのを感じた。


「魔獣に力任せに暴れられたら確かに面倒だ。部屋を壊されても敵わんしな。俺がそれに、何の対策もしていないとでも思ったか?」


「ぐっ……あっ!」


 バラキエルがケルベロスにかざした手に力をこめる。

 少しだけ体を起こしつつあったケルベロスはそれで再び地面に押し付けられた。


「演習、とか言っていたか。

 魔獣の長の動きを抑えつつ、その魔獣としての力さえ封印するとは、さすがは世界最強のお方だな」


「……ミカエル先生の」


 ミサが拐われた際のシミュレートをしたミカエルによる演習。

 その最後に、ミカエルは三大魔獣を同時に行動不能にして抑えつけてみせた。

 結果的にそのあとのシリウスとの一騎打ちで勝敗は決したが、バラキエルは三大魔獣を抑えてみせたその魔法に着目した。


「重力魔法に加えて各個に結界魔法と封印魔法、さらには呪いの類いを混ぜ込むことで魔獣の長の力を封じるとは、さすがはミカエルだな。再現するのは骨が折れた」


「……視て、いたの?」


 強力な結界が張られた学院。

 とくにその日は特別に厳重な結界が張られていたことをクラリスは知っていた。

 ミサや魔獣たちといった、外に漏らしたくない情報が満載だったから。


「俺を誰だと思っている?

 占星術。未来予知の魔導天使だぞ。

 日時と座標が分かれば、そのときに使われた魔法ぐらいなら調べられる」


「……そんな」


 バラキエルはどうやらその演習が行われた情報をどこかから入手し、自身の固有魔法でもってミカエルの使った魔獣を抑える術式を魔導AIでもって解き明かしたようだ。


 魔導天使ミカエルによる魔獣の封印術式。

 ケルベロスが自力でそこから脱出するのは不可能に近いだろう。


「……く、そ……」


 魔獣としての力も抑えられ、ケルベロスは人の姿のままで押し潰されないように抗うだけで精一杯だった。


「ふむ。これ以上は無理か。オリジナルならば1体ぐらい、軽く潰せていただろうに。まだまだ改良の余地があるな」


 ミカエルは3体を同時に行動不能にしていた。さらにはそれさえ手加減されていた。

 魔法と科学を融合させた魔導AIでさえミカエルの領域にはまだ及んでいないことをバラキエルは残念に思った。


「……だがまあ、すぐにそれも必要なくなるか」


 しかし、そんな懸念もすぐに意味がなくなる。

 まもなく儀式は終わり、世界から魔法がなくなるのだから。


「……ミカエルは、魔法がなくなればこの世界から去るか? あるいは最後まで抗おうとよもや剣でも手にしてみせるか?」


 バラキエルはそこで、ニヤリと大きく口角を曲げた。


「……願わくば、残ってもらいたいものだな。

 万能でなくなったヤツを、じわじわといたぶるのは面白そうだ」


 その邪悪な笑みは、堕ちるべくして堕ちた者の顔だった。

 彼に、この世界でチャンスを与えた神の采配は過ちだったのではないかと思えるほどに。


「……スケイル。こうなったらもう、皆でミサたちを起こすために一か八かで突っ込むしかないわよ」


「……」


 スケイルは、たしかにもはや絶望的とも思えるその手段に賭けるしかないと考えていた。

 床はおそらくかなり強度が高い。

 ジョンが床に剣を突き刺すことさえ難しいだろう。

 とはいえ、自分やクラリスの魔法は放った瞬間にバラキエルに強制解除される可能性が高い。

 強引に、力ずくで崩壊させられそうなケルベロスは封じられた。

 自分たちにはもう特攻以外に手段が残されていないと、スケイルもまた感じていた。


「俺が先頭で行きます。

 2人は、剣は?」


 それしかないのだと悟ったジョンが剣を構えて2人の前に出る。


「あるわ。ナイフだけど」


「私も小太刀ならある」


「おっけ」


 ジョンの後ろで2人が剣を抜く。

 スケイルは野営用。クラリスは、自害用の刃だった。


『捕まり、辱しめを受け、利用されるのならば、その前に自らで命を絶て』


 まだ他国との協定がなかった時代の名残で、王族は他国に赴く際には必ず自害用の短剣を持つことが慣習となっていた。


「……」


 だが、クラリスにそんな想いは微塵もなかった。

 全て諦めて自分で自分の命を絶つぐらいならば、最期までその刃で敵を討とう。命が消えるまで大切な人に手を伸ばそう。


「……ミサ。待っててね」


 クラリスはそんな想いを胸に、手に持つナイフをぎゅっと握りしめた。


「やれやれ。無駄だと言うに。

 まあ、好きにするといい」


 バラキエルは呆れたように息を吐いた。

 が、内心には少しだけ葛藤があった。

 優秀な身体機能や能力を持つ目の前の3人を、バラキエルは出来るだけ無傷で捕らえたかったからだ。

 だが、周りの魔導士や皇帝は儀式に専念させなければならず、3人への対処は自分ひとりで行わなければならない。

 ケルベロスの封印を解くわけにもいかないが、実際問題としてそれへの魔力消費はかなり大きかった。急拵えで解明したミカエルの魔法が存外、使用魔力が膨大だったのだ。


「……手加減は、出来ないな」


 バラキエルは魔導機械兵を造る際に、その素材となる人間から魔力を徴収していた。

 10万を超える人間から集めた魔力を持つバラキエル。その膨大な魔力でもって、ミサの魔法抵抗力を打ち破ったのだ。

 だが、大きすぎる力は手加減というものを難しくしていた。

 ただでさえ儀式に盲信の魔法、ミサたちへの《催眠(ヒュプノ)》に魔導機械兵への遠隔指示、分身、魔獣封印と、集めた膨大な魔力を湯水の如く消費していた。

 その状態で、向かってくる3人を無傷で捕らえるような芸当は簡単ではなかった。3人が優秀であるがゆえに。


「……まあ、仕方あるまい。多少は壊れても何とかしよう。死にさえしなければいいのだ」


 バラキエルは両手を広げ、その魔力を解放する。


「……くっ」


 その圧力に圧され、クラリスは自分の手が震えていることに気が付いた。


「!」


 その震える手を、同じように震える手が上から優しく包んだ。


「魔法が使えない状態で、自分の体のみで立ち向かうのは恐ろしいものですね。

 でも安心してください。

 殿下のことは、私が最期まで必ず守るので」


「……スケイル」


 それは今まさに、敵に気負わされまいとクラリスが思ったことだった。


「なに言ってるのよ。私が、2人を守るのよ。男が女を守るだなんて考えは古いわ。ミサなら、きっとそう言うはずよ」


「……ふふ。そうですね」


 力強い目でスケイルの手を握り返したクラリス。

 2人の手は、もう震えてなどいなかった。


「やれやれ。こんなときまでイチャイチャしないでくださいよ」


 その様子をチラリと見ていたジョンが呆れたようにため息をついた。その姿に、力が入って固まっていた自分の体がほぐれたことは内緒にして。


「ふふふ。あなたこそ、シルバさんに悲しい想いをさせるわけにはいかないものね」


「な! なななななっ! なぜそれをっ!?」


「ああ、そうだったな。婚約おめでとうジョン」


「ス、ススススス、スケイル先輩まで! なんでっ!?」


「ふふふ。私は王族よ。貴族たちの婚姻事情を知らないわけがないじゃない」


「職権乱用だー!」


 ジョンが真っ赤な顔で叫ぶ。

 シルバとは、魔獣の森での演習でジョンとペアを組んだ先輩だ。

 彼女はその際にジョンに惚れ込み、絶えずアタックし続けた。

 ジョンがそんな彼女の想いに折れたのはつい最近のこと。いつの間にか、彼女の想いに応えたいと思っている自分がいたのだ。

 そしてそれは、自分のミサへの想いが、主を守りたいと思う忠誠心に変わっていたことを自覚したからでもあった。

 騎士としてミサのことは命に代えても守る。そして、男としてはシルバの想いに応え、ともに生きていきたい。

 ジョンはいつの間にか、そんなふうに考えるようになっていたのだ。


「まあ、皆ここでは死ねない理由があるということです。何とか頑張りましょう」


 スケイルがまだわあわあ騒いでいる2人を適当に収めた。


「そうね。まずはこの場を乗り切らないとね」


「うっす」


 2人はようやく切り替えて前を向いた。

 そこに、さっきまでの悲壮感はなかった。


「はぁ。もう茶番は終わりにしよう。おまえらは皆仲良く機械兵にしてやろう」


 軽く放置されていたバラキエルがローブをはためかせて鈍色の腕を見せた。

 その両の手には青白く光る剣が握られていた。

 

「光学バイブレーションソード」


 強い魔法で部屋を壊すことを懸念したバラキエルは3人を剣術で倒すことにしたようだ。


「手足の1本でも塵にすれば終わりだ」


 そう言ってバラキエルは3人に躍りかかっていった。




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