214.いや、もうそんなん無敵じゃん!
「ちょ、ちょ、ちょっと! ツユちゃん! 早くあたしを起こして!」
「いや~、そんなこと言われましても~。そもそも今から起きて森に向かっても間に合いませんよー」
森での大量の魔導機械兵追加投入を見て慌ててツユちゃんにすがったけど、ツユちゃんはいつも通りにのんびりと微笑むだけだった。
今はその笑顔に少しイラッとしてしまう。
わかってるよ。
自分じゃどうしようもないからって、そばにいるツユちゃんに当たってるだけだって。
それでも。それでもこうして皆がやられていくのを見ているだけなんて嫌なんだよ。
「あ、お城の方でも進展があったみたいですよー」
「あっ!」
ツユちゃんは早々に話を切り上げて画面を切り替えてしまった。森での皆の続きが凄まじく気になるのに……。
「……え? あっ!」
でも、お城はお城でやっぱりけっこうピンチな状態になってて、あたしは画面に映された映像に目を奪われることになったんだ。
『神の定めた規律に槌を。神の喉元に槍を。
その恐るべき背信を堕とされし天使は許そう……』
帝国城の最上階。
儀式の間に余すところなく敷かれた魔方陣は強い光を放っていた。
その中心には眠っているミサとサリエルを左右に寝かせる形で皇帝が立つ。
そこから少し離れた魔方陣の中にはバラキエル。
そして、その巨大な魔方陣を囲うようにして多くの魔導士が等間隔で配置されていた。
皇帝もバラキエルも魔導士たちも、全員が同じ文言で儀式の呪文を詠唱していた。
魔導天使サリエルと世界に選ばれたミサの命でもって、その権限を皇帝に。
『……世界に溢るる闇の魔力でもって全ての魔なる力を滅せよ』
バラキエルは皇帝が闇の魔力を操れるようにすると同時に、その瞬間に世界中の魔力を闇の魔力でもって打ち消すための術式も儀式に組み込んでいた。
ミサの力が皇帝に移った瞬間に、即座に対消滅の魔法が発動するように。
それは儀式さえ終えれば余計な手出しができないようにするためであり、また、皇帝に無駄に心変わりさせないためでもある。
世界中の魔力を消滅させるほどの大魔法を放てば皇帝の命はない。しかし、皇帝はそれを知らない。
皇帝は儀式が終わり世界から魔法が消えれば、武力による世界統一ができると信じきっていた。
とはいえイレギュラーは付き物。儀式が終わってミサの力を皇帝が手に入れた途端、その力の大きさに心変わりしてしまうかもしれない。
バラキエルはそれを懸念して、儀式の終了とともに対消滅の魔法を発動できるように詠唱の文言を組んだのだ。
バラキエルによって盲信の魔法をかけられた皇帝も魔導士たちも、自らが唱える呪文の意味を考えることはしない。魔法が使えなくなれば、魔導士など魔導機械兵になる以外にバラキエルにとっては使い道がなくなるとしても。
この儀式は過去と未来。この世界とミサのいた世界。それらの技術の粋を集結させてようやく完成させた複雑な術式。
当然のように詠唱は長くなり、儀式には大勢の魔導士が必要となった。
バラキエルは当初、この場にいる魔導士たちも全て魔導機械兵へと変えようとしていた。自身は魔法も物理もほとんど効かないにも関わらず、強力な魔法を放つ魔導機械兵。実装されていれば他国に勝ち目はなかったかもしれない。
しかし、呪文の詠唱は流暢に文言を唱えることのできる通常の魔導士が必要であり、バラキエルは彼らを魔導機械兵にすることができなくなってしまった。
だが、兵士の魔導機械兵化に集中することでバラキエルは思わぬ収穫を得ていた。
それが魔導機械兵の量産だった。
当初は人間一人につき一体の魔導機械兵しか造れなかったが、研究を進めた結果、バラキエルは人間の腕一本分相当の生体情報さえあれば魔導機械兵を造り出せるようになっていた。
実際、最初にシリウスたち連合軍本隊が相対した魔導機械兵以外は、全てそれらから複製されたコピー体だった。
強力な魔法を扱う魔導機械兵がいるのが良いか、現在シリウスたちを苦しめている大量の通常魔導機械兵が投入されるのが良いかは微妙なところではあるが。
「……」
「どうした? バラキエル?」
儀式呪文の詠唱中、バラキエルが突然詠唱を止めて部屋の扉へと視線を移した。
しかし、そこには何の変化もない。
皇帝は詠唱の隙間を縫ってバラキエルに問い掛けた。
「……扉を開けたことさえ認識させないとは、さすがは光属性魔法の申し子だな」
『!』
「は?」
バラキエルはポツリと呟くと、おもむろに扉に手を向けた。
『……え!? きゃっ!?」
すると、あらゆる認識阻害魔法で姿を消していたクラリスがその場に現れたのだった。
「貴様っ! アルベルト王国の姫か!」
「そ、そんな……強制魔法解除? いえ、それよりも、どうやって認識できないはずの私を……」
クラリスの存在に皇帝は声を荒げるが、クラリスはそれよりもバラキエルに自身の魔法を看破されたことの方が驚きのようだった。
「皇帝はそのまま詠唱を。ここは俺が」
バラキエルはクラリスに向かおうとしていた皇帝を制した。
一方で自分は魔法で自身の複製体を造り、ソレに代わりに詠唱を続けさせた。
「……ああ。任せたぞ」
皇帝はバラキエルに『命じられる』と、すぐにクラリスのことなど見えなくなったかのように詠唱に戻った。
バラキエルの盲信の魔法で意識さえ誘導されているようだ。
『……殿下。皇帝は彼に何かされています』
クラリスの影に潜むスケイルはいち早くそれに気が付いた。
「……ほう。他にもいるのか」
『!』
スケイルがクラリスに影の中から声をかけた瞬間、バラキエルはそれを看破する。
本来は念話の部類にあたるため、影からの声にクラリス以外が気付くはずはない。
そして、バラキエルは再びクラリスの影に手をかざす。
『わっ!」
『えっ!?」
『くっ!」
「ケ、ケルちゃんのまで……」
するとケルベロスの《影狼》は強制的に解除され、スケイル・ジョン・ケルベロスの3人がクラリスの影から飛び出してきた。
「ふむ。魔獣の長の固有能力か。最新式の魔導センサーさえ一時的にしのぐとは、さすがだな」
バラキエルはケルベロスを見つめて呟く。
どうやら、もはやケルベロスの正体にも気付いているようだ。
「……なるほど。もはや固有魔法レベルでさえ干渉しますか」
スケイルは相手の厄介さをすぐに痛感する。
固有魔法でさえ御するのならば、それを持たない完全な魔導士タイプの自分とクラリスは圧倒的に不利だと。
「いやはや、それよりも恐るべきはやはりクラリス王女の光学迷彩か。光学の知識など無いに等しいにも関わらずこの練度。さらには認識阻害で意識まで逸らされたらそれに気付ける者はほとんどいないだろう。たゆまぬ研鑽の証だな」
「……あ、あなたは、いったい……」
全てを見透かすかのようなバラキエルにクラリスは動揺を隠せずにいた。
だが、バラキエルはクラリスの問いには答えず、再びケルベロスに視線を移した。
「……ふむ。その影の魔法は収納型か。『彼女』の力に似ているがそこまでの汎用性はないか。
とはいえ自分以外の生体も影に潜めるとしたら脅威、だが、それだけの能力となると当然のように制約も存在するはず。
容量の限界設定と、クラリス王女の影に潜んでいたことから見るに不動、といったところか。
魔獣の長の魔力量とはいえ、一度に収納できる人数は自身込みで4、5人といったところか」
「……すごいね」
自分の能力をほぼ完璧に見立てられ、ケルベロスはひどく驚いていた。バラキエルが語った内容がほとんど合っていたから。
「……ジョン」
「!」
バラキエルが語っているうちに、スケイルはジョンに小声で話しかけた。
ジョンは剣を抜いて前を向いたままスケイルの話に耳を傾ける。
「……」
「ねえ、どうして分かったの?」
それに気付いたクラリスがケルベロスに寄り添うフリをして2人を自分の背に隠す。ケルベロスも2人の小声をしっかり拾いながら、バラキエルに話しかけることで注意を逸らした。
「手をかざして数秒で魔法キャンセル。あれでは私や殿下の攻撃はヤツには届きません。可能性があるとすれば完全物理攻撃。つまり君の剣です。
ケルベロスが噴煙等で目隠しをしたらジョンはバラキエルを。私は周りの魔導士たちを一掃します。殿下は皇帝に注意を払いつつミサさんとサリエル様に《起床》を。ケルベロスはジョンのサポートをしながら殿下に続き、3人をまとめて影の中に。
我々の目的は奪還でありヤツらを倒すことではありません。
魔導士たちを一掃したら私がケルベロスの元に行くので私の影に接続。再び魔法で目眩ましをしたらジョンと私で全力で逃げます。
その間、約10秒ほど、バラキエルを自分に引き付けてください」
「……了解」
スケイルの端的で的確な指示にジョンはこくりと頷く。
魔導天使相手に時間を稼ぐ。
それがどれだけ大変なことかを理解した上で。
スケイルもそれを承知で指示していた。最悪、その命を賭してでもやり遂げろという意味合いがこもっていることを。
ジョンもまた、それを分かった上で頷いたのだ。
「……」
クラリスはそれに何も言えなかった。
王家の人間として、命の優先順位はつけなければならなかったから。
騎士志望の貴族の子息ひとりの命をかけて、ミサと魔導天使サリエルを救えるのなら。
スケイルたちはそれを瞬時に判断し、ジョンもまた同じ結論に至ったのだ。
「やれやれ。涙ぐましい作戦だが、それは徒労に終わるぞ」
「!」
しかし、バラキエルはそれを一蹴する。
ケルベロスからの質問には答えず、距離的にも絶対に聞こえないはずの2人の小声をバラキエルは聞き取っていたのだ。クラリスが密かに展開したスケイルたちへの認識阻害も、スケイルの防音結界も、その全てを看破して。
「これを見るといい」
バラキエルはそう言うと、ローブをまくって自分の腕をスケイルたちに見せた。
「そ、それは! まさかっ!」
その腕は金属で覆われ、メタリックに輝いていた。
「俺には、魔導機械兵同様、魔法も物理も効かないんでな」
「じ、自分までも、魔導機械兵に……」
「ま、一部だけだがな。頭にICチップを埋め込まないとAIと連動できなかったのもあったからついでに、な」
信じられないといった顔を見せるクラリスをしり目に、バラキエルは袖をもとに戻す。
「ようは、俺には彼の剣も効かないということだ。噴煙を舞い上げて目隠しされてもセンサーは感知するしな。
向かってくる剣士を殺し、魔導士たちへの魔法をキャンセルし、王女を捕らえ、魔獣の長を無力化する。
いま言った作戦ならそれで終わりだ」
「……くっ」
作戦を全て看破された上にその対処法も的確。
スケイルは顔を歪ませるしかなかった。
そもそもがジョンの物理攻撃ならば効果があるとした前提での作戦。自身の魔導機械兵化でそれさえ無力化されるのならば、もはや打つ手はなかった。
「さて思いの外、良い素材が多く手に入ったな。これは良質な魔導機械兵ができそうだ。
ああ。王女はそのままにするから安心しろ。次の素材を釣るのにエサは必要だからな。
王女ならば、アルベルト王国の王や王太子も釣れるだろう」
「……ちっ」
バラキエルは自分たちを捕らえて魔導機械兵とし、クラリスを人質としてゼンや国王さえ呼び込むつもりのようだった。たしかにクラリスを寵愛する2人なら、万一クラリスが捕らえられたと知ったなら本当に帝国に乗り込んでしまいそうだった。
スケイルは考えうる最悪の未来に思わず舌打ちしていた。
「……くそっ。あんなに、鍛えたのに……」
「ジョン……」
ジョンは悲嘆に暮れていた。
騎士として、ミサ付きの騎士となるために絶えず研鑽してきたジョン。
その磨いた力も、圧倒的な技術の前では無力。
それはスケイルの魔法もまた同じ。
スケイルにはジョンの気持ちが痛いほどよく分かった。
「圧倒的な力の前に無力感を感じる気持ちが分かったか?
だが安心しろ。もうすぐ自己の研鑽が実を結ぶ世界がやってくる。魔法などという馬鹿げた力はなくなり、己の努力で道を切り開く時代が来るのだ!
まあ、そのときに、貴様らに自我はないがな!」
バラキエルは両手を広げ、高らかに笑った。
勝ちを確信した、勝利の笑いだった。
まもなく詠唱も終わる。
世界から魔力を、魔法を消し去るというバラキエルの目的は間もなく達成するのだ。
「……ミサ」
どうしようもない絶望感の中、すぐそこにいるのに手を届かせられない状況にクラリスはぐっと拳を握った。
「……ケルちゃん?」
すると、ケルベロスがその拳を優しく包んだ。クラリスは涙をこらえた顔を上げる。
「……僕が何とかする。だから、ミサをお願い」
「……え?」
きょとんとするクラリスをしり目に、ケルベロスは床に四肢をつけたのだった。