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213/252

213.そんなんもう無理だよ!皆で逃げてよ!

「……奴らに指令を送っている施設を見つけよ。破壊は(イノス)に、か」


 アルビナスからの伝令鳥を受け取ったイノスは自身の目的の変更を理解した。


「……サマエル。動物たちは? それと、アレは使えそう?」


「この地にはほとんど動物がいません。おそらく意図的にどこかに集められています。国の外から集めるにせよ、例のアレを使うにせよ、やはり帝国を覆う結界が邪魔をします。害はなくとも動物たちは本能的に結界に入るのを嫌がりますので」


「……そう」


 サマエルはその気になれば動物たちの意向など無視して、強制的にスノーフォレストから帝国まで自身が操る動物たちを移動させることができた。

 しかし、命を尊重して動物たちの嫌がることはしないと考えるサマエルの主張をイノスは尊重したいと思っていた。

 自尊心が強く、スノーフォレストの王族以外には尊大な態度になりがちなサマエルが動物たちと接するときには穏やかな顔をしているのがイノスは好きだったから。


「……結界次第か。

 ならとりあえずは、僕たちがやることは変わらない。この国を一望できる山頂まで敵を露払いしながら進む。

 幸い、弱点は分かった」


 イノスはそう言うと、自身の持つ剣に雷を纏わせた。突出した属性を持たない代わりにオールラウンドに魔法を使う彼は雷魔法を使うこともできた。

 アルビナスからの手紙には魔導機械兵が雷魔法に弱いことも書かれていたのだ。


「隊列を変更。

 雷魔法を付与できる剣士ひとりに数人がつく形に。メインアタッカーはその者に。他はサポートに徹せよ。

 戦闘姿勢は変わらず専守防衛。

 目的地にたどり着くことが最優先。

 足止めと迎撃に徹せよ」


「はっ!!!」


 イノスの冷静な命令に兵たちは迅速に動いたのだった。














「えーと、巨大施設多数あり、か。

 あ、やっぱり雷魔法が弱点か。ちょうど良かった」


 同時刻。

 南で魔導機械兵と戦闘を行っていたリヴァイスシー王国のハイドもまた、アルビナスからの伝令を受け取っていた。

 

「リヴァイアサンとの戦いで改良しといて良かったー」


 目下、この地での戦闘が最も戦況としては順調だった。

 ハイドが見下ろす崖下では彼の発明品によって魔導機械兵たちは大幅に動きを制限されていた。


「中規模電磁フィールド。リヴァイアサン相手に使ったものよりも規模は小さいけど魔力は少なくて済む。威力は人間には効果が弱いけど、こいつらにはかなり効果があるみたいだね」


 ハイドの眼下では巨大な魔方陣に囲まれた森の中で、リヴァイスシー王国軍が動きが大幅に制限された魔導機械兵相手に善戦していた。

 魔方陣の基点にはミサがリヴァイアサンを倒す際に海に設置した装置がいくつも並べられていた。

 その魔方陣の中は電磁フィールドの嵐だった。

 決して人間に対して無害というわけではなかったが、兵たちが動きが鈍った魔導機械兵を倒していくのには問題なかった。むしろそれによる恩恵の方が大きいと言えるだろう。


「本当は遠征先で魚とか捕まえるために持ってきてたものなんだけど、役に立って良かった」


 ほっと息を吐くハイドの側には彼の護衛にとどめを差される魔導機械兵の姿があった。

 司令官であるハイドを狙って別行動をとって急襲してきた魔導機械兵に、ハイドはとっさに自衛用のスタンガンを押し付けた。

 普通ならその程度の攻撃、まったく意に介さずにハイドは斬られていたはずなのに、電撃の直撃を受けた魔導機械兵はその動きを数秒止めた。

 その隙に護衛たちが兵を取り押さえたのだ。

 その後、雷魔法を受けているときは魔導機械兵の魔法抵抗力が低下することに気付き、ハイドは慌てて中規模電磁フィールドを展開するに至ったのだ。


「どうやら俺たちはここにいる奴らを全滅させられそうだね」


 少しずつ敵の数を減らすことに成功しているハイドはこの地での勝利を確信する。


「施設探しか。スノーフォレストの魔導天使が適任だけど、たぶん結界が邪魔だろうな……」


 イノスはその特異な頭脳で現状をほぼ理解していた。

 そのために自分が何をすべきかも。


「……よし」


 ハイドは魔法で探知されない機械仕掛けの空飛ぶ鳥を数匹飛ばした。動力源には魔法が使用された機械。

 バラキエルがかつて彼を狙ったように、バラキエルが強制的に科学を持ち込まなくても、いずれはハイドの手で魔法と科学の融合は為っただろう。まさに今それをハイドが空に放ったように。

 だが、それには途方もない時間がかかっただろう。


「……これは、悪いことには使うべきじゃないんだ」


 ハイドは飛び行く鉄の鳥を見送る。

 バラキエルが無理やり凶行に及んだ判断は、バラキエル側からすれば正しかった。バラキエルよりも先にミサと出会ったイノスは、その力をバラキエルが望む方向に使うことはないのだから。

 逆に言えば、そうでなければ。ハイドが自らの思い付くままにそれを開発していれば、あるいはハイドもまたバラキエルとなっていたかもしれない。

 図らずも、ミサはそういった側面で世界を救っていたとも言える。


「……さて、まずはこの場の敵の殲滅。そのあとは部隊をふたつに分けて、北の援護と施設の捜索にあたることにしよう。いいですね?」


 ハイドの投げ掛けに、兵たちは雄叫びをあげて応えたのだった。














「くっ……おおっ!!」


 一方、本隊であるシリウス率いる連合軍は圧倒的な兵力差に苦戦していた。


「……く、そっ。魔力が、もたん」


「私も、そろそろヤバイわね。こいつらの動きを止めるの、普通よりすごい魔力使うのよ」


 魔導機械兵への特効攻撃を発見したとはいえ、依然として敵の耐久力は健在であり、北や南と兵数の比率は同じでも、疲労のない敵の数の多さと進軍力に連合軍は後退を余儀なくされていた。


「殿下! 大丈夫ですか!?」


 疲弊するシリウスを心配してカークがやってくる。クレアもアルビナスも近くで戦いながら様子を窺っていた。


「……ああ。問題、ない」


 実際、シリウスの消耗は激しかった。

 度重なる全力攻撃。自身への強化魔法。そして自分を含めたカーク、クレアへの雷魔法の付与。

 常に全力疾走で長距離マラソンをしているようなもの。

 さすがに王国最強の剣士であるシリウスといえども、疲労を感じずにはいられなかった。


「強がるんじゃないわよ。さっきからあいつらを倒すのにどんどん時間がかかってる。無理をしてるのは分かってるわ」


 ルーシアの指摘通り、最初は一撃で敵を屠っていたシリウスだが、今は渾身の魔力を込めた攻撃を複数回頭部に集中させてようやく一体を倒せていた。


「……無理をしてるのは、おまえもだろ」


 そしてルーシアもルーシアでまた、そんなシリウスをカバーするために糸にシリウスの雷を伝わせて、シリウスがつけた傷跡から魔導機械兵の体内に雷魔法を流すことでダメージを深化させていた。

 無論、それにも大量の魔力を要する。


「完全に、負のスパイラルね。南の人たち、早く施設を見つけてくれないかしら」


 ハイドの放った伝令鳥をすでにシリウスたちは受け取っていた。

 魔導機械兵たちに効果の高い武器を持つハイドは作戦の要たるイノスの援護に向かう。そして他の南の兵たちは施設の捜索に。

 つまり、ここに助けは来ない。

 シリウスたちはイノスとハイドが施設を見つけて破壊するまで、この場で大量の魔導機械兵たちの相手をしておかなければならないのだ。


「……それでもあと一手。結界を、やっぱりどうにかしないと、なのです」


 それらの配置を視野に入れてもなお立ちはだかる結界という壁に、アルビナスはある種の絶望を感じてもいた。

 世界最強の異名を持つミカエルを阻むことに特化した帝国の結界。それがサマエルの固有魔法やイノスの切り札さえも塞ぐ壁となっていた。


「……まさかそれさえ見越していたのなら、バラキエルはもはや脅威すぎるのです」


 現状でさえ厄介すぎるバラキエルがどこまで見通していたのかは、アルビナスには知るよしもなかった。



『南は負けるか』



「!」


 そのとき、再び魔導機械兵のひとりが突然、流暢に声を発した。


「バラキエルっ!」


 それは魔導機械兵を操るバラキエルの声だった。



『まあ、仕方ない。あのとき無理やりにでもハイド王子を帝国に連れてこなかった俺の落ち度だ』



 バラキエルがそこまで言うと、何もない地面がバチバチと光を放った。



『ならば肝心の本隊を、まずは確実に叩くとしよう』



「……お、おい。嘘だろ」


 顔を青ざめるシリウスたちをよそに、光を放つ地面から新たな魔導機械兵が次々に姿を現した。

 その数は連合軍が最初に魔導機械兵たちと戦闘を始めたときと同じ数だった。

 連合軍がこれまでの戦闘で減らした魔導機械兵は戦闘開始時の4分の一ほど。そこに、戦闘開始時と同じ数の魔導機械兵が追加されたのだ。



『まあ、本隊といえどもアルベルト王国は第二王子、マウロ王国は騎士団団長。王国崩壊とまではいかないだろうが、本隊壊滅の報を受けても北と南が動こうとするかは見ものだな』



 バラキエルは本隊は切り捨てても何とかなる部隊だという考えでアルベルト王国もマウロ王国も派遣したのだと認識していた。ともに、そこに王太子がいないから。

 とはいえ、その壊滅は大打撃であることに変わりはなく。それによって帝国有利とみたスノーフォレスト・リヴァイスシー両国が降伏するのではないかと読んでいたのだ。



『では、せいぜい抗うがいい』



 彼らに到底、勝ち筋などない。

 バラキエルは捨てやるように魔導機械兵たちに殲滅を命じた。



「……はは。これはちょっと、厳しいのです」


「まいったわね」


 アルビナスもルーシアも、もはやから笑いしか出なかった。

 たとえ自分たちが魔獣化しても手に負えない兵力差。全滅必至。

 誰かひとりでも逃げ延びることができれば御の字といった状況だった。


「……カーク。クレア。分かってるのです?」


「もちろんだ」


「当然」


「ま、しょうがないわね」


 アルビナスが3人を見渡すと、カークもクレアもルーシアも当然とばかりに頷いた。


「おい。おまえら、何を考えている」


 魔力切れで青い顔をしたシリウスは、何となく嫌な予感がしていた。


「シリウス。あなたは逃げるのです。私たちが全力であなたを守るのです」


「な! なにをっ……お、おまえら……」


 シリウスは反論しようとしたが、言いかけている途中で気がついた。

 いつの間にか、連合軍のすべてが自分を囲うようにして最後尾まで下がらせていたことを。


「あなたは死んではいけない。

 世界のためにも、国のためにも、そして何より、ミサのためにも」


「そ、それはおまえたちもだろ!」


「そうかもしれないけど、それでもやっぱりあなたが誰よりもそうなのよ」


 前へ向かおうとするシリウスをルーシアの糸が止める。


「連合軍の象徴たる貴方が生きていれば俺たちは死なない。ミサ嬢を救うのは、貴方の他にはいません」


「そういうこと」


 シリウスを支えるようにカークが立ち、クレアがそれをサポートする。ふたりがシリウスの敗走を最期まで補佐するようだ。


「だ、駄目だ!」


「早く行くのです。あなたのワガママに付き合ってる間にも、前線で兵が死ぬのです。私たちがあなたを止めるのに使う魔力は、さっさと敵に使うべきなのです」


「っ!」


 アルビナスが言ったそばから、前線からは兵たちの断末魔が聞こえてきた。


「……ミサに、よろしくなのです」


「……っくそぉっ!」


 アルビナスの閉じられた目が潤んだことに気付いたシリウスは、悔しさに顔を歪めながらくるりと振り向き、帝国に背を向けてアルベルト王国へと走り出したのだった。





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