212.森での戦いは熾烈を極めてるみたいだよ
「……さて、ツユちゃん。あたしはどうにかして起きれないかね。あたしゃ、どうしても皇帝とバラキエルさんをぶん殴りたいんだけど」
クラリスたんとカイルとのやり取りを見終わると、あたしはよっこいしょっと腰をあげた。
カイルにあんな酷いことをして、呑気に儀式に明け暮れてる2人をぼこぼこにしないと気がすまないんだよ。
絶対に許しゃしないよ、あたしは。
「いやー、そうは言われましても~」
ツユちゃんは困ったように苦笑しながら頭をぽりぽりした。自分じゃどうしようもないってことらしい。
でもね……。
「……ツユちゃん。いくらあたしでも、そろそろなんかおかしいなって思うよ。
あなたがあたしが作ったイマジナリーツユちゃんだとしたら、こんなふうにあたしが寝てるときに他の場所の映像を見せたりなんてできないはずなのにって」
それに、あたしが知らないはずのことまで語ってくれたりして。
「ツユちゃん、あなた。いったい何者なんだい?」
「……」
ツユちゃんは微笑んだまま表情を変えない。
いつもはそのほんわかした笑顔に安心するのに、今はなんだか不穏な感じしかしない。
「ふふふ。影はいつでも、どんなところにも入り込めるものなんですよ~」
「……はい?」
ぱーどん?
「私が影を使った固有魔法を使うのは知ってますよね~」
「あー、と、そうだね。リヴァイさんとこの国で使ってたもんね」
あたしもお世話になったよ。
「その魔法の応用で、影を伝って他の場所の映像を視てるんです~。で、眠るイコール目をつぶるイコール暗闇イコール影って概念で、眠っている人の夢の中に入って夢想感覚を共有することもできるってわけですー。距離的な限界はありますがー」
「う、うむー」
そろそろあたしのキャパシティの限界がががが。
「で、私の本体はこのお城の地下深くに幽閉されちゃってるんですよー。私の魔法は厄介だってことで~。だから今の私にできるのは距離的に近くて私の影に入れたことのあるミサさんに外のことを教えてあげることぐらいなんですよ~」
「そっかー、そうなのね」
ツユちゃんも捕まってたんだ。
それでも自分にできることをやろうとしてくれてたわけだ。
それなのに変に疑っちゃって申し訳なかったね。
「でも、それはずいぶんすごい固有魔法だね」
かなーり強力かつ凶悪な気もするけど。
「それはほら、この世界には闇属性の魔力がいっぱいあるから使い放題なわけでー、それを余すことなく全振りするとこれぐらいはワケないんですよー」
「なるほどー……って、ツユちゃんて闇属性なの!?」
「そりゃそうですよー。影魔法とか、明らかに闇っぽいじゃないですか~」
いや、そんなニッコニコで言われても。
まあ、ミカエル先生も闇属性の人は世界に数人とかって言ってたから、あたしと先生以外にもいるはずなんだけど、まさかこんなところにいたとは。
「まあつまり、ツユちゃんには夢の中であたしに外のことを見せてあげられるけど、それ以外のことはできないってことだね」
「まあ、そうなりますねー」
そっか。それなら仕方ないね。
ホントは今すぐにでも皇帝さんたちをぶちのめしたいけど、我慢して視聴者でいるしかないわけかー。
「……ってことにしときますー」
「え? なんか言ったかい?」
「いえいえー。ではここで、そろそろあの王子様の活躍でも視てみますかー」
ツユちゃんは画面に手をかざすと、また映像を切り替えていった。
「王子って、あのバカ王子?」
「ふふふ。そうです。そのおバカ王子様ですー」
ツユちゃんは楽しそうに微笑むと、画面の中の映像が森の中を映したんだ。
「っああっ!!」
雷を纏わせた剣を振りかぶったシリウスが魔導機械兵に飛びかかる。
「ハァッ!!」
そして、それを受けようと剣を横に構えた魔導機械兵を剣ごとぶち抜いて見事に両断してみせた。
頭部から腹部まで切断された機械兵はぐらりと崩れ、そのまま地面に倒れ伏した。
「……はぁはぁ。全力で魔力をこめて、ようやく一体か」
本来ならば一撃で数体の魔獣を葬れるほどの攻撃。それでもってようやく、魔導機械兵の装甲を破れるに至っていた。
「さすが。腐っても王国最強の魔法剣士ね」
「誰が腐ってるか。失礼なヤツだ」
そんなシリウスと背中を合わせるようにルーシアが降り立つ。
「だが、貴様が糸でヤツらの動きを制限してくれているおかげで、俺様は防御を気にせずに全力の攻撃をヤツらにお見舞いできている。その点は高く評価し、褒めてつかわす」
「はいはい、光栄ですわ」
尊大な態度ではあるが素直に賛辞を贈るシリウスをルーシアは嫌な気はしなかった。
自分の動きに問題なくついてきて、かつ、きちんと成果をあげるシリウスを人間にしては評価に値するとルーシアも思っているからだ。
「次、いくわよ。まだまだへばるんじゃないわよ、人間」
「誰に言っている、魔獣」
対するシリウスも、ミサの影響を大いに受けたルーシアとともに戦場を駆けるのは存外、悪くないと感じていた。
「……すごいな、あのおふたりは」
「我々も負けてられませんな!」
その姿を見た連合軍の兵たちも士気を上げ、心が折れそうなほどに耐久力の高い魔導機械兵へと立ち向かっていった。
「……なかなか、良いコンビなのです」
その様子をアルビナスは魔力を回復させながら眺めていた。
自分がここで休んでいるだけで護衛を必要する。1人でも多く戦力が欲しい今の状況でそれは足手まといでしかない。
とはいえ魔力の回復を待つ他なく、アルビナスはせめて自分にできることをしようと戦況をじっくりと観察していた。
「……やはり、シリウスの攻撃だけがやけに効果的に見えるのです」
連合軍の兵たちは基本的に4~5人単位で一体を相手取っていた。
にもかかわらず、2人で魔導機械兵を倒しているシリウスとルーシアコンビとは異なり、彼らはだいぶ苦戦しているようだった。
「くっ! 硬いっ!」
「ダメだっ! 剣が折れたっ!」
「ぐあっ!」
連合軍の兵士たちは後衛の魔術師に強化魔法をかけてもらっていた。にもかかわらず、彼らの剣撃はシリウスとは違って魔導機械兵にほとんどダメージを与えられずにいた。
数で翻弄し、何度もその鋼の肉体に剣を打ち付けているのにもかかわらず。
「……あなた。シリウスに火魔法を撃つのです」
「え!? し、しかし……」
アルビナスはその様子を見ながら、自身の護衛を務めている魔術師の男にそう命じた。
「彼なら撃ってから説明しても対応するのです。さあ早く!」
「わ、分かりましたっ!」
アルビナスに急かされて、護衛の男はシリウス目掛けて小さな火の玉を放った。
かなり遠慮したようで、シリウスレベルなら当たってもダメージないほどに弱い魔法だった。
「シリウス! それを剣にのせて攻撃するのです!」
アルビナスは火の玉がシリウスに向かうことを確認すると、すぐにそう叫んだ。
「むっ!? こうかっ!」
アルビナスの声を聞いたシリウスは自分に向かう火の玉を見ると、剣に纏わせていた雷を解除し、火の玉を掬い上げるように受け取ると剣は火を纏った。
「ハァッ!」
そして、シリウスはそのままそれで戦っていた魔導機械兵へと攻撃した。
「ぐっ!」
しかし、その攻撃はあっさりと弾かれ、シリウスは剣が弾かれる衝撃とともに跳び、後ろに下がった。
「……っと」
シリウスはそのままアルビナスのいるところまで後退してきた。魔導機械兵はルーシアが糸で翻弄しながら時間を稼いでいた。
「……それで?」
アルビナスのもとまで下がってきたシリウスは剣を構えたままでアルビナスに真意を尋ねる。
何らかの意図があってシリウスにそんなことをさせたのだと分かっているから。
「……やっぱり。ヤツらは雷魔法に対しての抵抗力が他の属性よりも低いのです。
連合軍にはあなたの他にも魔法剣士は何人かいるみたいだけど、雷魔法以外を剣に纏わせている兵の攻撃では思うようにダメージを与えられていないのです」
「……ふむ」
アルビナスに言われて周囲の兵たちの戦いを見てみると、たしかに雷撃を使う兵とそれ以外では魔導機械兵に与えているダメージにかなりの差があるように見受けられた。
それでも、シリウスほどに効果的にダメージを与えられている者はいないようだったが。
「それで、今度はあなたを含め、雷魔法を使う者たちの攻撃を中心に見てみたのです。すると、頭部に攻撃を受けた敵の動きが一瞬ぶれることに気付いたのです」
「……ぶれる?」
「……ここからは憶測でしかないのですが、たぶんヤツらはどこかからリアルタイムで微弱な雷魔法を受けているのです。それがおそらく命令の役割を果たして、ヤツらを動かす基点になってる気がするのです」
「……なるほど」
アルビナスの推察は的を射ていた。
正確には雷魔法ではなく魔法と科学を融合させた電波を受信しているのだが、彼女は電波の存在を知らない。
シリウスの雷魔法を纏わせた剣での攻撃がその電波の受信を一時的に阻害し、魔導機械兵の装甲魔法を弱体化することで彼の攻撃はより効果的なものとなっていたのだ。それでもシリウスレベルの魔法と剣撃でなければ大きなダメージは見込めないのだが。
電波などというものを知らないアルビナスが観察だけでそれを推察したのは、盲目である彼女の感覚器官が無意識にそれを感知していたのだと思われる。
それでもそれを言語化して理解できたのは、ひとえに彼女の優秀さゆえだろう。
「……だが、それが分かったところでどうする?
剣に纏わせることができるほどの雷魔法を扱える剣士は少ない。ましてや自分以外の者の剣にそんなことを施すのは、俺様でさえ数人が限界だ」
「……たぶん、微弱とはいえこれだけの数の兵に継続的に雷魔法を流し続けるには、1人の魔術師の力では到底不可能なのです。
きっとどこかに、大規模な魔方陣を敷設した儀式型の継続魔法施設がいくつかあるはずなのです。それを破壊することができれば、もしかしたらヤツらの動きを抑制……あるいは停止させることができるかもなのです」
「……なるほどな。別動隊が必要か」
だが、本隊にそんな余裕はなかった。
ただでさえ物理的にも魔法的にも強固な魔導機械兵に苦戦し、疲れや恐れを知らないヤツらに少しずつ連合軍は押されていたのだ。
「……まずは、情報共有なのです。これぐらいならできるぐらいには回復したのです」
アルビナスはそう言うと、何羽もの魔法の鳥を出現させた。
それらの鳥は空を羽ばたき、各地へと飛んでいった。
「見つけさえすれば、計画とは違うけどスノーフォレストを使えばいいのです」
「なるほどな」
アルビナスの意図するところを理解したシリウスは再び剣に雷を纏わせた。
「ならば、俺様たちは情報を受け取った仲間がその施設とやらを見つけるまで粘ればいいわけだ」
「そういうことなのです。私たちがそれに気付いたことを相手に悟らせないために飛ばした鳥には施設の捜索はさせないのです。
もう少ししたら私も戦う。
何としてもそれまで戦線を維持するのです」
アルビナスはゆっくりと立ち上がる。
どうやら少しずつ魔力は回復しているようだ。
「維持、ではなく、進行でもいいのだろう?」
「そういうこと」
「カーク。クレア」
再び魔導機械兵へと向かおうとするシリウスとアルビナスのもとに休んでいたカークとクレアが合流する。
「もういけるのか?」
「もちろんです」
「殿下が戦っているのに自分だけ休んでなんかいられないですよ」
気遣うシリウスに2人は剣を抜いて応えた。
「……よし」
シリウスはそんな2人の剣に雷を纏わせた。
「おまえらは自由に動け。その剣があればそれなりにヤツらと戦えるだろう。戦況を見極めつつ、押されているところをフォローするんだ」
「「はっ!」
「私は皆の治癒、強化、補助、および撹乱に動くのです。あとは引き続き戦況の分析を」
「頼んだ。それと……」
シリウスは頷くアルビナスたちに背中を見せながら、飛び出す前に最後にもうひとつ命令を下す。
「全員、死ぬな。
それだけは俺様からの絶対の命令だ」
シリウスはそれだけ言うと、ルーシアが足止めしていた魔導機械兵へと剣を向けて跳んでいった。
「……承知しました」
「やれやれ」
「とんだ王子なのです」
相変わらずの無茶苦茶な命令に、3人は静かに笑いながら戦場へと飛び込んでいったのだった。