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210.クラリスたん!愛しのクラリスたん頑張っとくれ!

「よし。いくわ」


 1人になって光学迷彩の魔法で自身の姿を消したクラリスは城を眺める丘を降り、大きな城壁沿いを歩き、これまた大きな正門までやってきた。

 さすがに正門を開けて堂々と入れば姿はなくとも気付かれてしまうので、クラリスはその横の通用口から城に侵入することにした。

 一応、正門前には見張りとして置かれた魔導機械兵が2人いたが、隠密系の魔法で姿を消した上にスケイルの氷雪系の魔法で温度まで周囲と同化させたクラリスに気付くことはなかった。


『近くに人はいないよー』


 ケルベロスは城の敷地に入ると少しだけ匂いが判別できるようになったようで、影の中からクラリスに報告してくれた。どうやらケルベロスの《影狼(シャドーウルフ)》は潜っている影の持ち主とは対話が可能なようだ。


「……改めて見ると、やっぱりとんでもない結界ね」


 城の入口である豪奢で大きな扉は開かれていた。しかし、クラリスにはそこに曼陀羅のように展開された無数の結界が視えていた。


「……動作感知、熱源感知、魔力感知があって、爆発、麻痺、毒ガス、電撃、爆音、他にも他にも……設置型・罠型結界のオンパレードね」


 その結界のひとつひとつをクラリスは実に丁寧に解析していく。


『結界自体を解除するのか?』


「いいえ。そんなことをしたら結界を張った主に結界が破られたことがバレてしまうわ」


『じゃー、どうするんだ?』


 首をふるクラリスにジョンが尋ねる。


「結界に感知されずに通過すればいいのよ」


『そ、そんなこと、できるのか?』


「やるのよ」


『ほえ~。俺こっちで良かったわ』


『……』


 クラリスはあっさりと言ってのけたが、その難しさを理解するスケイルは心配で仕方なかった。

 感知結界の類いを解除もせず、感知もされずに通過するというのは相当高度な技量が求められる。それをこれだけの量。

 スケイル自身もそんな芸当をやってのける自信はなかった。おそらくアルベルト王国でも問題なくできるのはミカエルぐらいだろう。

 そんな難題に挑戦しようというクラリスを心配するなという方が無理からぬ話だろう。


「ま。任せときなさい。これでも王女だからね。昔からこの類いのやり方はお兄様とお父様に叩き込まれてきたのよ」


 クラリスはぐいと袖をまくる。

 国王とゼンはクラリスが万が一にも何者かに捕まった際に自力で逃げ出せるように、それに特化した訓練を積ませていた。

 2人の彼女への溺愛がこんなところで活かされることになるとは、誰も予想していなかっただろう。


「んっと」


 クラリスは目を閉じ、多重結界に手をかざし、結界の内部構造を調べていく。


「ふむふむ。加重感知がないのは幸いね。動作、熱源、魔力だけなら何とかなるわ」


 クラリスは結界の種類に応じて自分の展開している魔法を変化させていく。


「……んー、動作は偏光迷彩でいけるし、熱源はスケイルの冷却魔法ね。

 スケイル。このまま周囲と私の温度差を10℃以内に。こっちは大雑把な設定ね。誤作動防止でしょうね」


『承知しました』


 温度に関してはスケイルの冷却系の魔法で対処していくようだ。


「あ、待って! 温度のところに、他に湿度感知も隠されてる! スケイル。周囲と湿度を変えずに温度だけ下げられる?」


『もちろんです』


「さっすが!」


 隠し感知に気付いたクラリスは一瞬不安げな様子を見せたが、当然のように頷くスケイルにウインクを返した。


「んー、あとは魔力感知ね」


『それはどうすんだ? 人はもともと魔力を持ってるし、そもそも姿隠すのに魔法使っちゃってるけど』


「そうねぇ。ちょっと難しいけど、この魔力感知の結界っていうのは魔力だけに反射する見えない光線を絶えず結界内に照射し続けて、空間内に魔力の発生がないかを光線の屈折の有無で感知している魔法なのよ」


『……お、おおう』


 ジョンは自分で尋ねたはいいものの、早くも話についていけなくなっていたが、クラリスは構わず説明を続けた。口に出すことで、自らも再確認しているようだった。


「だから空間自体を屈折させて、あたかも感知光線がまっすぐ進んでいるかのように結界に錯覚させながら進めば、魔力感知結界も反応しないわ」


『な、なるほど~。なんか難しそうだけどすごいんだな!』


 ジョンはとりあえずなんかすごいということは分かったらしい。


『……っ』


 スケイルはそれこそがなんかレベルではなく難しいのだと理解している。

 魔力感知結界は緊密に編まれた糸のように、上下左右から無数の光線が発せられている。

 それに反応されずに通るということはその数千以上もの光線の一本一本すべてに対処しながら進まなければならないということだ。そしてそれは、一歩進むごとにその形質を変えていかなければならない。

 スケイルはまだその緻密すぎる魔力操作を可能とする域には到達していなかった。

 それを、自分よりも実力的に劣るはずのクラリスにさせなければならない。

 いくら適性があるとはいえ、それはあまりにも無謀なことに思えた。


「……スケイル。大丈夫よ」


『!』


 スケイルの心情を察したクラリスが微笑みを見せる。


「言ったでしょ? 私はお父様とお兄様から、これだけは嫌というほど教え込まれたのよ。

 私を拐った者が私に指一本触れられないように、たとえ結界のなかに入れられても抜け出せるように。

 攻撃はあんまり得意じゃないけど、こっちなら、この世界の誰にも負けるつもりはないわ」


『……殿下』


「じゃ、やるわよ」


 自分の影に優しい笑みをこぼすと、クラリスは表情を引き締め、ぐっと力を込めた。


「……」


 ジリ、ジリ、と。

 一本一本、慎重に歩を進めていく。


「……」


 やがて、その結界の真ん前にまでクラリスは進む。


『……(ごくり)』


 影の中ならばべつに息をひそめる必要はないのだが、クラリスの邪魔をしないためにジョンたちもまた固唾を飲んでクラリスを見守った。


「……」


 そして、クラリスは結界へと足を一歩踏み入れる。


「……」


『……ふう』


 しかし、結界はクラリスを感知せず、なんの反応も示さなかった。

 ケルベロスも思わず安堵の息を漏らす。


「……」


 クラリスは少しだけ安心したが、再び表情を引き締め、細心の注意を払いながら少しずつ前に進んでいく。

 結界は大きな扉を覆うように展開されたドーム状。結界を抜けるのに直線距離で8メートルといったところ。


「……」


 クラリスは心を落ち着かせながら、頭の中では高速で詠唱と計算と感知とを巡らせながら臨機応変に対応して前進を続けた。

 スケイルの冷却魔法によって体を多少冷やしているのも良かった。これだけの集中の中では普通なら汗もかくし体温も上がる。スケイルはそれさえもコントロールしながら熱源管理をしているが、クラリスにはそれ以上にこのひんやりとした空気がありがたかった。


 そして、その後もゆっくりと時間をかけて突き進み……、



「……ふぅ」


『……お疲れ様でした。クラリス殿下』



 クラリスは無事に、結界に反応されることなく城内へと侵入してみせたのだった。


『クラリスすごーい!』


『やったな!』


「……へへ。ありがと」


 影の中でピョンピョン跳ねて喜ぶケルベロスとジョンにクラリスは額の汗を拭いながら笑った。どうやらかなりの魔力を消費したようだ。


『殿下。少し休憩しましょう』


 疲労を見せるクラリスにスケイルは休憩を提案する。


「いいえ。まだよ。もう少し進めるわ」


 しかしクラリスは座ることなく、足に力を入れて前へと進んだ。


『……殿下』


「平気よ。ミサたちを一刻も早く助けてあげましょ。それにね、べつに強がりじゃないの。

 偏光迷彩系の魔法は魔力消費が激しい。休憩だからってその魔法を解除するわけにはいかないから、体力を回復させてる間に魔力が尽きちゃう。だから気合いで何とかなる体力は頑張るのよ!」


 クラリスはそう言って、ぐっと拳を握ってみせた。

 実際、クラリスの魔力はかなり消耗していた。疲労も、一度座れば再び立つのが億劫になるほどだった。

 だからこそ、クラリスはこのまま進むことにしたのだ。


「それにね」


『?』


「帰りはスケイルたちが頑張ってくれるんでしょ? だったら、私はいま頑張んなくちゃ!」


『……殿下』


 ミサたちを回収したあとはスケイルとジョンが表に出て走り抜ける手はずだ。

 クラリスは2人を信頼しているからこそ、自分はここで使いきってもいいと考えているのだ。


『……わかりました』


『おう! 任せろ!』


「ふふ。頼んだわよ」


 力強い返事を返す2人にクラリスは微笑みながら先に進んだ。






「!」


『どうしました? 殿下』


 そして、しばらく進んだクラリスは通路の途中にあるものを見つける。

 当然、姿も消したままなので、音を立てずに静かにソレに近付く。


 そこにいたのは、傷だらけのカイルだった。


「……っ!!」


『カ、カイル殿下っ!?』


 クラリスは思わず声をあげそうになったが、慌てて口をつぐんだ。


『ひ、ひでぇ』


 クラリスの代わりにジョンが声を漏らすほどに、カイルの傷は深刻なものだった。

 身体中につけられた真新しい、生々しい傷跡。まだ血が止まっていないところもある。片足と片腕はそれぞれ不自然な方向に曲がっており、その部分が紫色に変色していた。


「……っ!」


『殿下! 待ってください!』


「!?」


 急いでカイルに近付こうとするクラリスをスケイルは声をあげて止めた。


『こんなところに不自然に殿下がいるのはおかしい。これは、帝国側の罠の可能性が高いです』


 クラリスはスケイルに言われてカイルの周囲を解析した。どうやら音声感知はないようだった。


「……入口の感知に加えて、加重・空間歪曲・空間移動・結界内登録物の状態変更の感知結界がある。

 ……これじゃ、彼に触れようとした瞬間にバレるわ」


 解析し終わると、クラリスは冷静になってカイルに伸ばしかけていた手を引っ込めた。


『で、でもこれ、早く治療してあげなきゃ』


 ジョンが焦るように、カイルの怪我は非常に深刻で、一刻も早く治療を施さなければ命に関わる状態だった。


『……ですが、我々の最優先すべき最重要任務はミサさんの救出です。

 地図を手に入れるのもそのため。

 カイル殿下とサリエル様も救出するべき対象ですが、アルベルト王国として何よりも優先すべきはミサさんの安全です』


「……」


 スケイルはこのままカイルはここに捨て置けと暗に進言した。

 これは確実に帝国の罠。

 ここに手負いのカイルを置くことで万が一、入口の結界を突破してきた者を感知する二重の手段。

 スケイルたちが何としてでもミサを助けたいのならば、ここはカイルを置いて先に進むべきだろう。


「……ダメよ」


『殿下っ!』


 だが、クラリスはカイルの前にしゃがんだ。


「……ミサなら、そんなことしないわ。彼を見捨てて助けられても、あの子は喜ばない。私たちは、ここで彼を助けるべきよ」


『し、しかし! ミサさんが喜ぶ喜ばないなどとっ!』


 そんなことは命あっての物種。

 スケイルの主張は決して間違ってはいなかった。


「……間違ってなくても、正解じゃないときもあるのよ。

 だって私たちは、人間なんだから。

 人を人とも思わないような奴らに感化されて、私たちまでそっちに堕ちてはダメよ」


『……殿下』


「……ふ。さすがは、かの、アルベルト、王国の、王女、だな……」


「!?」


 そのとき、まっすぐな目を向けるクラリスに、カイルが弱々しく笑いながら声を発したのだった。




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